第十五回
柳生玄十郎は腰のものを大小両方とも帯から抜くと地に置いた。南蛮の一張羅らしい着衣を着込んだ背の高い赤毛の者はそれを観て怪訝な顔をした。まさか闘いを放棄するワケではあるまい。
「ナンのマネかね、サムライ」
玄十郎はだらりと両腕の力を抜いて南蛮の者の問いに応える様子はナイ。おそらくこれが石舟斎の完成させた新陰流の奥義〈無刀取り〉の基本態型だということは、その知識の何処にも無いとおもわれる。
「何れにせよ、死んでモラウが、サムライ」
南蛮衣の袖や裾から無数の蛇が姿を現した。それらは地に落ち地面を這って玄十郎に近づいていく。玄十郎はその忌まわしい朽ち縄どもに気をやるでもなく、真っ直ぐ南蛮の者を観ているだけだ。
「いま、オマエに近づいているのは、日本には棲息していない毒蛇ばかりダ」
「どんな毒蛇だろうが、噛まれなければ死ぬことはあるまい」
初めて玄十郎がコトバを発した。
毒蛇の群れは玄十郎に一間まで迫った。すぐに牙を剥くにチガイナイ。が、そこで動きがピタリと止まった。それは南蛮の賊の指示や合図があったからではナイ。
玄十郎の丹田から発せられる〈気〉を感じて動けなくなってしまったらしい。南蛮衣は首を傾げた。
「妙ナ、不思議な術を心得ているヨウダナ」
「幻術などのまやかしや妖かしではナイ。これも兵法。では、柳生玄十郎、参るっ」
いうや、玄十郎の姿がかき消えてみえなくなった。こうなると、どちらが魔法使いだかワカラナクなってきている。
次に南蛮衣に玄十郎の姿がみえたのは、南蛮衣のとの攻撃間合いに入る真正面だ。
咄嗟に南蛮衣は直刀を抜いた。反射的な行為だ。
ここから先は説明、描写が面倒になるが、南蛮衣はふわっと宙に浮いて頭蓋から地面に叩きつけられた。もちろん、玄十郎に投げられたのだ。
柳生無刀取りは、敵手の刀を奪う兵法ではナイ。自らは無刀にて敵手を倒す。結果的に敵手の刀を取ることにはなるが、刀が弾き飛ばされる場合もある。本来は「居合」の技術を工夫したものとおもわれる。居合とは、敵手のふいの攻撃にどのようにも対処出来る技だ。刀を抜いている間のナイ場合は、このように空気のように敵手を投げる。
この南蛮衣が、どのようなバテレン幻魔術を用いるのか、それがワカル前に南蛮衣は息絶えていた。
「見事だな、尾張柳生」
その声は右近だ。声の方に玄十郎、ふり向いたが、
「むっ、其方は。気配を感じなかったが」
「消していたからね」
いともたやすく右近はいう。柳生玄十郎ほどの剣客に気配を覚られないとは余程のことなのだが。
「バテレンどもの仲間ではナイな」
「拙者、楠木右近と申す。いってみれば、お主の仇敵になるのかな」
これまた気楽に右近はいった。
「なるほど貴様が楠木右近。たしかに拙者はお主を倒さねばならぬ」
「時と場所を改めてということにしておこう。逃げも隠れもせぬ」
そういうと、今度は右近の姿が消えた。
「ほほう。凄腕の噂は嘘ではナイな。あそこまで貴奴の身技は高見にあるのか」
玄十郎、険しい顔で、そう、吐いた。