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2019年6月 4日 (火)

港町memory 13

山田風太郎老師のエッセーに/たしかトルストイであったか「人間の幸福のかたちは一様だが、不幸のかたちはさまざまである」というよう言葉があるが・・・/というのがありまして、つまり、山風老師このあたりから、hint、motifを得て『人間臨終図鑑』という奇書を認(したた)められるワケですが(これは、一度、いや折に触れて、読んだがヨロシイ。どんな人生訓話よりもimpactは強大です)、私も還暦を過ぎたあたりからの諸々のinterviewにおいては「これからは、如何に生きるかではなくて、如何に死ねるかを考える世界になりますよ」と、応えていますね。
「如何に生きるか」などと悠長なことは、もう考えられる世界状況ではナイことは、みなさん知ってるくせに知らんフリしてんだから、まあ、それは好き好きとして、「如何に死ぬか」ではなくて「いかに/死ねる/か」です。
〔死に方〕の自由すら、私たちはもう奪われています。
歩道にいたら車に突っ込まれる。バスを待っていたら包丁で刺される。コンピュータ制御の電車に乗ったら、逆走される。これはまだまだ日本のことですから、些細なことのようで、通学バスに乗っていたら、ミサイルロケット弾打ち込まれて吹っ飛ぶ、劇場にいただけなのに自動小銃の乱射にあう、なんてことは、海外では日常茶飯です。
『person of interest』を全巻box買いして、再度観ていますが、主演のうちの、ジョン・リースくんとサミーン・ショウさんは、かたや陸軍特殊部隊からCIAへ、かたや女性のほうはCIAの特殊部署でテロ阻止テロリスト殺戮を仕事にしていて、どっちも上司(本部)に騙されて殺されそうになったんですが、命とりとめて、いまはハロルド・フィンチくんなんかとともに、ルートさんもご一緒して、サマタリアンと闘って(というか逃げてんだけど)おります。
その物語については、観ればワカルので、どうでもよろしい。
問題は、前述のお二人の生きいてる動機です。
仕事はたしかに「人助け」なんですけど、ようするに(そういうことには人一倍勘の鋭い私からみれば)二人とも、生きる目的というのを/如何に死ぬか/とさだめています。早いハナシ、どっちも/死にたい/んだけど、どうせなら、死闘の中で死にたいという、もともとが諜報部員でしたから、(まあ、ショウさんの場合は人格障害でもあるんですが)、「如何に死ねるか」を模索の生き方で、よって、死を恐れない(犬死にはベツですが)。
これは重いThemaのようですが、plotがcomedy touchですので、血圧が上がることもありません。
私は二度目ですから、ラストプロットも知っておりますし、号泣した記憶も逸しておりません。しかし、記憶とは便利なもので、たいていstoryは忘却しているので、毎度オモシロイのであります。
「いかに死なせてくれるか」これは、もう現状世界の個人的な課題ですな。
ところで、ハナシ変わって、こういう名文句もございます。
/もはや世界は底が抜けた 人類が初めて体験する 悲観的な世界に 己(おのれ)の実感で立ち向かっていくしか手段はあるまい/(リバース エッジ 大川端探偵社・ひじかた憂峰、作 たなか亜希夫、画)
昨今、マンガとDVDばかりの毎日でござんす。

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