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2019年6月10日 (月)

第十四回

 薩南示現流のほうは、帆裏藤兵衛とはまったくの反対、真っ暗闇の世界に封じ込まれていた。いつまでたっても、暗闇に瞳孔が慣れるということがナイ。これでは盲目同然だ。示現流はトンボに構えた刀をさやに納めた。もちろん闘うことを諦めたのではナイ。
示現流の開祖東郷重位が伝えた示現流の奥義は「刀は抜くものにあらず」だといわれている。もともと「トンボの構え」とは、左肘を固定して右上段に構えるものだが、構え自体の名称をいうのではなく、その切っ先に蜻蛉がとまってしまうほどの無念無想をいう。しかし、さらに奥義を究めれば、もはや刀を抜くという行為はナイ。まったくの無意識を創り出して、抜いて斬ったことすら記憶に残さない。それは示現流の刀捌きの刹那を超えた速度にも依ることだ。抜いて斬って鞘に納めるまでの速さは常人どころか達人といえども動体視力では捉えられない。薩南示現流の武士はいまその境地にあった。これには南蛮魔術者も傾首するしかない。あのサムライはもはや闘うことを諦めたのか、とも疑念したろう。
真っ暗闇の中の沈黙がどれくらい続いたろうか。何れかの呻き声が聞こえて闇が晴れた。薩南示現流に抜刀した様子はみられない。刀を納めたままで立っているだけだ。
が、その一間先に首と胴体を切断された紫装束の男の死体が転がっていた。階級が上がると装束の色も黒から紫になるらしい。倒されたのはもちろん南蛮焼きのほうだ。片手に黒く塗られた直刀を握ったままの格好だが、首を切断されているからにはもはや息は無い。
示現流も意識を取り戻して、その屍の様子を観た。
「勝った」
 ふっと安堵の息がもれた。と、今度はその息を吸い込まねばならない事態が起こった。
「なにいいっ」
 たしかに南蛮人の胴体は転がっていたが、首が宙に浮いたのだ。
「勝ったと思ったかサムライ。確かにいつ斬られたのか、こちらにもワカラナカッタ。だが、南蛮の幻術はこれからだ」
 咄嗟に示現流は小柄を首に投げた。額に深々とそれは命中した。
 だが、同様に同じような小柄が四方八方から示現流を襲って飛んできた。
 抜刀、これを示現流は僅かな刀の返しで撥ね飛ばす。だが、飛ばされた小柄がまたboomerangの如く示現流に戻ってくる。何度ヤッテも埒があかない。いったい何を用いて小柄を操っているのか。しかもそれらはみな同じ、示現流が投げた小柄なのだ。まさに幻術の最中にあるとしかいいようはナイ。今一度無念無想。眼を閉じた。
 と、瞬間、小柄は一本になって示現流の左胸に突き刺さった。
「虚を突かれたか。未熟でごわした」
 示現流は胸の小柄を引き抜くと、地べたに叩きつけた。
 もはや周囲は暗闇ではナイが、それが奈辺なのかはまったく見当がつかない。
「勝負はまだ、終わりもうはん」
 再び示現流は、トンボの構えをとる。
 敵手、南蛮バテレン魔術もこの構えには用心しているのか、暫し、どちらにも動きはみられなかった。示現流はあくまで後の先、刹那の初太刀を念頭においている。敵手もそれを察して攻撃の方法を思案しているといったところだろう。
 と、
「首なら、ここにもあるぞ」
 との声とともに現れたのは楠木右近。右手に例の帆裏藤兵衛を倒した南蛮人の首らしきものをぶら下げている。
 いつ斬ったのかはワカラナイが、その首を観てハッと驚いたのが闘争中の南蛮幻術子のほうだったのは仕方ないところだ。その気配の方向に示現流の初太刀が刹那、振り降ろされた。
「チェストォォォッ」
 真っ二つに切断された、首、ではなく、裸身に近い幻術使いの身体が地面に落ちた。
「今度こそ、其方の勝ちだよ」
 その肉塊を眺めてから、右近は示現流をみすえて、そう伝えた。
「よくぞ、薩南示現流をそこまで極められた。倒すのには惜しい、とはいえ、いずれは拙者との立ち会いを所望されよう。しかし、それは無益な勝負。精進なされて、薩南流派の流れを絶やさぬように生き抜かれよ」
 鍔が鳴った。瞬時、示現流の脳裏におのれと右近とが立ち会い、おのれの倒されるimageが生々しく映り込んできた。勝負を経験させられたといってよい。
「畏怖すべきかな、鍔鳴りの剣」
 いうと、示現流は己が刀を鞘に納めた。

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