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2019年6月

2019年6月29日 (土)

港町memory 23(改訂してます)

ここ一週間で三つ、医療機関に行ってきました。もちろん患者としてで、取材に行ったワケではありません。
とはいえ(この「とはいえ」といういい方をするひとには例のアスペルガー(症候群)のひとが多いんだそうです。アスペルガー「とはいえ」だけではなく、その概念もいろいろと便利なのでよく使います)この診療は私自身の命題の確認にもなりました。
まず、その命題を記しましょう。
/医師は三通りしか存在しない。〇そこそこの医者、〇それ以下の医者、〇最低の医者である/
/継いでにいうなら、看護師には、次の三通りがある。〇そこそこの看護師、〇それ以上の看護師、〇最高の看護師である/
以上の命題を哲学的に証明していってもいいんですが、具体的に書いたほうがオモシロイでしょうから、そういたしましょう。
どれがそこそこで、どれがそれ以下なのかは一応、医師の矜持もあるでしょうから、あまり具体的には書きませんが。(例えば、「吹上」の『あほ××準換気科医院』は最低で、患者さんのためにもならないので、いつかドローンで攻撃してやるつもりだ。とか)
その前に、この命題の証明を裏付けるさらに前提命題があります。
/医者の善し悪しは、診察室に入って五秒でワカル/
まず、こいつを証明してみましょう。
待合室に居ると名前が呼ばれます。ここで、町医者(開業医といわないと機嫌を損ねるかも知れませんが)になると、医師自身が自分で顔を出して患者を呼ぶ場合があります。これは良いことです。診察室にドンと待ってらっしゃるエライ御方に会いに行くより、一緒にそこまで行くほうが患者も安心だからです。こういうちょっとした患者さんの心的傾向に99%の医師は無関心です。医大では、医学は教えますが、医の仁(倫理や愛というふうに和訳します)は教えませんから。それに、ドンと待っているといそいそと患者が来る、という構図が好きな方のほうが多いからです。病院規模になると、アナウンスがあります。このアナウンスはあまり役に立ちません。たいてい私のような高齢者には聞き取れません。早口だからです。それに「〇〇へお入り下さい」といわれても、その〇〇が何処にあるのかがワカッタことが半分しかありません。出来れば「北村〇〇さん、診察の準備が出来ました。正面廊下右手に進んだ診察室の番号3番にお入り下さい。Doctorは〇〇センセイです」というのが礼儀です。礼儀というより、アナウンス(案内)というのはほんらいそうあるべきでしょう。
そうして、入室したら「お待たせしました。お疲れになりましたか」と、医師がいうのも礼儀です。ふつう患者は待合室でかなり待たされているからです。そんな礼儀、仁義を尽くしたコトバはついぞ聞いたことはありませんが。礼儀知らずの医者が多いのではなく、医者は礼儀などはのっけから知りません(学んでいません)。
さて、看護師さんが、「荷物を置いて、おかけ下さい」と椅子をすすめます。そうでないところは、こっちで勝手に坐ります。「北村です。よろしくお願いします」と、私、いいます。ときどき、渡世人になるときは「北村です。お預けいたします」と軒下仁義を切るみたいにいうときもあります。
そういうのは殆ど使いませんけど。たとえば、荷物をおく場所がワカラズ、しょうがなく傍らのベッドなどに置くと看護師さんが「そこは荷物を置かないで下さい」といいます。そういう場合は、ちょっと渡世人になります。虫の居所が良くないときは、医師の机上にドカっと置きます。そういうことは滅多にありませんけど。最近ではやっと、荷物を置く場所がつくってあるようになりました。飲食店なんかにある籠ですね。やっと、それなみになってきたワケです。つまり患者というのは一種の[客]だという認識が出てきたということです。
医師は、机上のカルテか、初診の場合は、私が記入した初診質問回答表を観ています。ここまでが五秒だとします。ここまでで、医師が私(の顔や単に方向)を観ていないとき、この医師は〈最低〉に入ります。医師は、まず患者の表情を観るべきなのです。私の書いたメモなど、私が入室する前に読み込んでおいて、そのぶん、治療方針の幾分かをシミュレートしておくべきなのです。
そんなことが出来るのか。出来ます。/そこそこの/、なら出来ます。診察経験が豊富、診療データ、専門の症例に多くあたってきた医師は、それくらいのことはします。(私だって、戯曲なら書き出しを読んだだけで、出来不出来くらいはワカリマス)。
データというものは、いくら24時間心電図や24時間血圧測定をやったとしたとしても、それが何のために行われたのか、測定の目的、的が絞り込まれていない限り、まったく役に立つものではありません(まったく、です)。ただ、単純に時間をかけただけのモノに終わってしまいます。(心電図などは短時間で測定したもので異常値は読めるようになっています)
それに、24時間心電図は24時間それを身につけていなければなりません。(進んだところでは時計バージョンになってますが)、そんなものを身につけて「普通に日常どおりに生活して下さい」といわても、出来るワケがありません。『巨人の星』の大リーガー養成ギプスをつけてるようなもんですから。ここに24時間血圧計なんてのが加われば、コードがぶら下がってテープで貼られた機械に、さらに30分おきに腕が絞られるマシンが付加されるのですから、ふつうの生活など出来ません。ふつう、私たちはそんなモノを付けて生活していません。ふつうでナイ状態でふつうに生活など出来るワケがありません。あきらかにこの測定は矛盾しているのです。こういう類は、もう半世紀前に医学的にだけではなく思想的研究においても「fieldwork paradox (観測矛盾)」として、アメリカでは学術研究の上で否定されているのですが、まだ、日本の医療分野のひとびとは気がついていないようです。てめえら、ほんとうにカンファレンスやってんのかよっ、と半畳入れたくなります。
さて、では、カルテや問診表を観ないで、患者の顔(表情)を観る医師はすべてそこそこなのかというと、そうでもナイのです。患者の容態ではなく、そのひとの生活レベルの「格」のようなものを吟味する医師もいるからです。つまり「上から目線」というものです。若いときにボランティアなどを無償で行った、ブルーシート暮らしの人々なんぞを善意(を冠した研修のつもり)で診ていた、そんな医師にこれが多い。そういう御方には「タダで診てヤってんだからな」が身についています。こういう/の/には、マチガッテも『国境なき医師団』に参加してもらいたくない。若いときに苦労するのはイイことです。しかし、無償はダメです。何かと正当に〔交換〕しないとダメです(でないと/責任/が生じてきません。『国境なき医師団』の医師やスタッフにはそれなりの賃金が支払われています。アタリマエです。
順序としては問診になります。(問診というのは、医師と患者の質疑応答ですが、昨今、これが少ない。というより、ナイに等しい。問題はすべて医師にあります。彼らに問診が出来る能力、コミュニケーションが著しく欠落しているのです~こういうのをコミュニケーション症候群とかいうらしい~)。昨今は初診問診表(初診の患者がまず自分の容態を書くもの)が殆どの医院で用いられますが、これは、私などのプロの物書きで、かつ演劇などヤっているものが読めば、「誘導尋問」だということがすぐにワカリマス。問いに予めこういう疾病に分類出来るように、という魂胆がみてとれます。私なんざ、ついつい悪戯心が起きて、それに上手く乗っかって提出してから、いざ、本診療の場で、その問診表は全部ウソの答えを書きました。そのとおりに辿っていくと、こうなるだろうという予想をたてて書いたので、たぶん、誤診されるとおもいます。でも、一度、その通りでヤってみますか。おそらくこれこれしかじかになるとおもいますが。と、ヤったことが過去に一度きりありましたが(あまりに誘導尋問的だったので)、すぐに診療中止になって帰されたもんで、それ以降は、逆に多少こんがらがるように書きます。わざと矛盾を承知で書きます。医師は腕組みして悩みます。アタリマエです。そういうふうになるようにワザと回答しているんですから。ここでですね、訊けばいいんです、患者に。当人(患者)が目前にいるんだから、とおもうんです。「ここのところ、ちょっとワカンナイんだけど」と訊けばいいだけなのに。そうしないで、考え込んでいらっしゃる。(もちろん、訊く医師もあります。殆ど誘導尋問ですが。~○○はこんなふうではありませんか。いやいや、そうはならないでしょう。たいていが○○になります。気がついてないだけだとおもいます。そらく○○になってるはずです。そうじゃありませんか~てなふうね)。
これが再診の場合「どうですか、何か変わったところはありますか」という医師は/それ以下/になります。変わったところがあるかどうかを診療してもらうために患者は来院しているのですから。しかし、患者は自信など何もナイので、おそるおそる異議めいたことを述べます。それはまだイイほうです。ここで医師の診察に遠慮して「特にはありません」と応えようものなら、医師は治療方針を変えません。関係は悪化の一途を辿るだけです。ここは患者としては、たとえoverな表現だとしても「何処も良くなっていません」と勇気を出していうべきです。よほどのことがナイ限り、良くなっていれば患者は再来院などしません。しかし、医師は心中(シンチュウ)~めんどうくせえなあ~とおもうでしょう。ですが、ね、医療というのは面倒くさいものなんです。ここがタイセツなんですが、医師も患者も、どうしてかそれを忘却しています。医療は生きるということと直結しています。生きるということは面倒くせえんです。

長くなりました。結語めいたことをいってオワリにしておきます。
実は私、頸椎狭窄という疾病で第六頸椎と第七頸椎に神経が圧迫され、ヘルニアではナイのですが、首、肩の痛み、歩行バランスがときどき、慣性重力で後ろに崩れるなどありまして、手術するかどうかということで、日本に五人しかいない(多少古い記録ですが)顕微鏡内視鏡の手術の権威である脳神経外科医の診断をあおぐことになったんですが、診断は五分ちょっとで終わりました。このdoctorはMRI像影写真をみせたり(持っていったんですけど)しません。素人が読影など出来るワケないし、指示してここがどうだ、といったところで、素人にどの程度のものかはワカラナイということは、診察データと経験の豊富さで理解してらっしゃるようです。診療資料の記憶蓄積とでもいうのでしょうか。
まずdoctorの正中線(姿勢)がハッキリしています。これは「使い手だなあ」とすぐワカリマシタ。つまり容易に斬り込めない、一対一の勝負なら、おそらく一太刀で決まる。そんな姿勢で私を観て、「第六頸椎と第七頸椎が、といっても首の骨はどの動物も七本なんですが」と、ここで、ゆるんで微苦笑。おそらく「なんでなんだろうなあ」という、このdoctorの学生時代からの愉快な疑問なんでしょう。私は、進化論を学んだときにキリンの首について読んだことをおもいだしました。そこで、おもわず私も「そうですよね」と微苦笑。この、患者とのコミュニケーションの取り方、緩急の診察への持ち込みが実に上手い。で、「日常生活にすこぶる不便のナイ場合は、メスはなるたけ入れないでおきましょう。どうしようもなくなったら、そのときはそのときで、また検討しましょう」これでオシマイ。カルテも写真もデータもなにも余計なものははさまない。ただ、私と話すだけ。私への質問も殆どナシ。それはすでに紹介状に書かれてあるので。と、いうか質すまでもなくデータでワカルという感じ。よって結論を単刀直入。何故なら「手術の可否」だけが問題なのだから。よって無駄なし。理解了解納得ヨシ。という私の心情も見抜いている。このdoctorは自身の手術法と執刀技術にはなみなみならぬ信頼を持っている。とはいえ、/それが絶対である/とはおもってはいない。まだまだstandardには遠いとさへおもっているフシもある。従って、二日に一度の手術数を背負いながら「メスを入れるのはまだ後でもいいでしょう」と逆に明確に述べることが出来る。
私のようなアスペルガーはこういうシンプルな診療を好みます。「ここはああだねえ、ここはこうだ、さて、ここをこうするとこうなるが、どうするかだなあ。うーん、こうしてああしてみてもいいんだけど」と、医師という職業は/独り言/が多い職業らしい(ハッキリとした統計ではナイが、そんなふうにいわれることは多い)。そんなことは患者のわたしにはどうでもイイことなのでござんす。
手術になったら、2~3ヶ月待ちでしたから、まあ、痛いの痺れるのは、泳いでなんとかするかと、一件落着。「では、そのときになりましたら、よろしく」と、一礼して帰ってきました。


2019年6月28日 (金)

第十六回

「なかなかオモシロイところだな。といっても何処でもナイのかも知れねえが」
 羽秤亜十郎の周囲は歪んで動いている。亜十郎は陽遊(かげろう)の中に在ることを嘲笑った。なるほど陽の遊びとはいったものだ。陽炎というふうではナイ。陽の光が地面からではなく天空からゆらめいて降りてきている。これが幻魔術か。とはいえ羽秤亜十郎はその情況に不敵に笑んでいる。
 と、熱線が放たれた。熱線っ、そうとしか呼びようがナイ。いまでいえばレーザーのようなものかも知れないが光学的なものではナイ。火炎放射器をごく細くしたようなものだ。それは羽秤亜十郎の着物の袖を貫いた。焦げている。胸を貫こうとすれば出来たはずだ。とすれば示威行動というワケだ。
 第二撃が来た。亜十郎は宙に舞う。三撃、四撃、いつまでも躱しているばかりでは能がナイ。だが、毎度のことだが、敵手の姿も気配もナイ。とはいえこんなことに慌てる亜十郎ではナイ。こういう術ならあの朧十忍もやれるはずだ。と勝手にそんなことをおもった。
「へへ、あの女忍にちょいと惚れたかな」
 至って呑気な独り言をいってのけたが、それも、自身のココロの昂りを鎮めるためだ。
 敵手は気配を消している分だけ、そのぶん亜十郎に対しての照準は甘く、命中率は低くなる。と、いうことは命中率が上がってくれば自ずと敵手の気配は読める。そう冷静に判断して亜十郎は機を待っている。
 と、いきなり眼前に帆裏藤兵衛が現れた。
「羽秤、ここだったか」
「なんと、藤兵衛ではないか、そちらの首尾はどうだった」
 これが羽秤亜十郎の油断になった。いうや否や、兵衛のカラダが散り散りに崩れ、散り散りになったものが鋭利な武具になって一挙に羽秤亜十郎を襲った。
「ちっ、やりやがったナっ」
 羽秤亜十郎ほどのものでなければ、その身体は鋭利な武器に貫かれて蜂の巣になっていただろう。これをかすり傷程度に防御したのは亜十郎精一杯の体術だ。
「藤兵衛の偽影を使うとは、帆裏の野郎ひょっとして」
 陽遊のゆらぎが激しくなってきた。一気に勝負を決めるつもりでいるなと、羽秤亜十郎は踏んだ。
「目には目を、てなことをどっかの宗派だか教派だかのエライのがいっていたとか、禅師に聞いたことがあったが、こっちもそれでいくぜ」
 羽秤は懐から、なにやら取り出すと、それはちょうど里芋くらいの大きさで数丁あったのだが、滅多やたらに放り投げた。
 さまざまな場所でその里芋は炸裂した。これはいまでいう手榴弾だ。
 手榴弾の殺傷能力はその爆発力にあるのではナイ(そういう類もあるが)。炸裂によって散弾銃の弾のような鉄片が飛ぶ。これが一個の爆発でおよそ周囲三間のものを攻撃する。こういうことはおよそ剣の道に生きているものならやらないことだが、羽秤亜十郎はチガウ。彼は賞金稼ぎであり、殺し屋だ。つまりはナンデもアリの類だ。
 案の定、敵手の攻撃が中断して、そやつの存在するらしい気配を羽秤亜十郎は掴んだ。里芋の破片が幾つか敵手に損傷を与えたにチガイナイ。亜十郎、抜刀すると、その方向に跳躍した。
 敵手も抜いたようだったが、亜十郎の刃の手応えのほうが早かった。
「手こずらせやがったナ」
 血の臭いを嗅ぐと、荒い息とともに羽秤亜十郎、そういった。

2019年6月24日 (月)

港町memory 22

チャンバラ小説のほうの書き置きが残り少ないので、essayでお茶をにごしておりますが、チャンバラなんかよりこっちが好きなひとが多いかも知れません。相も変わらずmax150人の読者ではありますが、愛読者も数少なからず、ちょいと開店休業すると「なんでもいいから書いてっ」という叱咤やら、「このブログを読むと、他のブログなんて読めなくなる」という激励やら、そういうものにささえられての虚々実々。
もはや還暦を遠に過ぎ、心身ともに壊れきる日も目にみえているゆえ、何を書こうが天下ゴメンの退屈男ですから、なんでも書いてますが、最近、ブログの量が増えているのは、あきらかに双極性障害(そうきょくせいしょうがい)の発現だということくらいは、書き手のほうも識知はしております。/双極性障害(英: Bipolar disorder)は、躁病(そうびょう)と抑うつの病相(エピソード)を循環する精神障害である。古くは躁うつ病(そううつびょう・躁鬱病)と呼ばれた。双極I型障害と、より軽い軽躁病のエピソードを持つ双極II型障害とがある。双極性障害の躁状態、うつ状態はほとんどの場合回復するが、90%以上再発する。単極性の(躁病のない)うつ病は異なる経過をたどる。発病のメカニズムや使われる薬は異なる。気分安定薬による予防が必要となることが一般的である。双極II型障害に対しては証拠が少なく薬物療法はケースバイケースで判断する。生活習慣の改善が必要となる。障害とは生涯にわたるつきあいとなる。20年後の自殺率は6%以上高く、その他の不安障害、薬物乱用などの併発も多い。世界保健機関(WHO)は世界で6000万人が罹患していると推定している。/
というふうにウィキペディアのほうでは解説されていますが、こういうのは、何かの資料の丸写しでしかナイですね。たとえば、/世界で6000万人が罹患している/と、ありますが、これはいったい何年(いつの)どういう統計なのかがハッキリしていません。新しい統計であることはマチガイナイのですが(SNRI-第四世代の抗鬱剤が出回る以前は4000万人となっておりました)。いまのところでは、日本の場合四人にひとりが、軽いか重いか、この双極性障害を患っているか、その予備軍であるという報告があります。(これは数年前)。つまり、統合失調症の100人にひとりより多いワケです。そんでもって、悪徳医なんかは、こりゃ銭になると、大急ぎで「心療内科」「神経内科」なんて看板をあげるか(それはあくまで/内科/でして、精神医療の専門知識なんてアリマセン)。で、内科なのに、デパスを患者さんに乱発する。(デパスは向精神薬なんですが、偏頭痛やら、頭痛薬の効果のナイ頭痛持ちの患者さんに効くもんですから。何故かというと~ここっからは医師の営業妨害になるので書きません~。私なんか、30年服用してきたデパス(依存ですな)を二年近くかけて断薬しました。いや、よくヤッた。
デパスは離脱症状が苦しいですよ。数ヶ月ではヤメラレマセン。これまた、ヤルといったらヤルというアスペルガー進化生命体の長所です。
で、と、本論にもどりますが(そう、本論があったのです)、私の場合、現在は鬱疾患の真っ最中で、朝、起きたときにまずかんがえるのは「死にたいナァ」でして、で、死なないために何をしているかを幾つか記憶から探る。んで、「まあ、死なんでもエエか」に辿り着いて布団を離れます。こういうときは、積極的逃避がもっともよろしい。症状特有のaggressiveを活用して、こういうブログを書くということになります。
本論はそんだけ。オシマイ。

2019年6月22日 (土)

港町memory 21

印象が確かなあいだに、印象を書いておきますが、これは〈批評・評論〉ではござんせん。私は物書きでして、評論家ではありませんので、その点についてはまったく無責任です。
ひょんなことから『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(大島真寿美・文藝春秋)を読むことになってしまいまして、(どういう〈ひょん〉なのかは、面倒になりますので省略)読みました。
太宰治老師の名言に「人生は退屈な映画を最後までみる勇気が必要だ」(とかなんとかだったとおもうんですけど、正確ではナイでしょう)というのがあるんですが、この小説を読み出した半分(いわゆる前半とでもいいましょうか)はその〈勇気〉を持たねばならないなという覚悟をしました。ところが、残り半分(いわゆる後半)は、そうでもなくなってくる。あきらかに、前半は下手です。私が編集者なら、かなりsuggestしていたとおもいます。
ずいぶんとベテラン(中堅なのかな)なのに、それに、この作品、今年度後期の直木賞候補ですから、そのようなホンに対してのほほんとこういうことをいえるのも私の特権だとおもって下さい。(どういう特権かというと精神疾患者ですので)。
そのずいぶんと、なのに文章が素人です。amateurさんが書かれるような書き方が多々あります。それと、これはもちろん前半なのですが、「話体」と「文章体」の融合にあきらかに失敗しています。挑んでいることは理解出来ました。これ、うまくいくと読む方もstressが少ないんですけど。どうもチグハグの範疇にあるもんですから、読むのがしんどい。ところがそれが、後半になると、俄然、良くなってます。元は連載小説だったので、そのへんは仕方ないのかも知れませんが。後述しますが、後半ではまたチガウところで良くなってます。
それとこれは作者の資質なのかどうかワカリマセンが、「諄い(くどい・これは〈口説い〉でも正解)です」。何がかはよくワカランののですが(評論家ではアリマセンので)要するに、クドイ。文章自体がなのか、同義反復なのかが判然としないんですけど、よく飲んだらクドクなるひとっているじゃナイですか。そのひとのハナシを聞かされているようにクドイ。あのですね、関西弁というのはただですらクドイんです。関西出身・在住の作家さんではナイようなので、登場人物が関西弁を用いる場合、そこは注意せなアキマセン。ともかく、これは常人には許容範囲なのかも知れませんが、「あんたはアスペルガーね」とよくいわれる私にとっては、ともかくクドイ。(クドイという不平もここまでクドクなってきました)。
それと、これは直木賞候補ですから、芥川賞よりも大衆向けなはずですが、扱っているのが、古典芸能です。これは私のような不勉強には辛い。能狂言、歌舞伎あたりまでならついていける部分はあるんですが、なんとまあ、浄瑠璃ときている。
主人公の半二というのが浄瑠璃の戯作者(狂言作者でもイイのかな)で、その半生を扱っているので、浄瑠璃作品が多々出てきます。浄瑠璃作品と主人公との関係について、あたかもNHK大河を観るかのように虚構は虚構として読んでイイのですが、出てくる作品は実在しますから史実を曲げるワケにはいかないので、こっちは、浄瑠璃の原作の知識が必要になってくる。いまブームらしいですけど(たとえば文楽なんかはチケットとれないらしい)、まともに勉強したことのナイ輩にとってはキビシイ。とはいえ、これは、ヤってみると悪いことではありませんでした。教養程度に知っていたところから、一気に、浄瑠璃とは何かという考察まで進むことができました。これはアリガタイことでした。
後半から登場して、ここで一気にqualityの上がる『妹背山婦女庭訓~いもせがわおんなていきん~』なんてのは、まさに伝奇ロマン、山田風太郎老師の作品がごとき妖気、それでいてstoryは和風Shakespeare、さらには、泉鏡花につらなるがごとき美学の仕掛けが実にオモシロイ。
後半は、ここに至る主人公半二さんの思考と経験の描写が、これはたしかに読ませるのです。さすれば、もう前半はその布石にしか過ぎないので退屈なのも仕方ないかとおもいますが。(いやあ、しかし、十作以上、浄瑠璃の作品にあたらねばならなかったというのは、アスペルガーでしか出来ないことでしょう。これをたった二日でヤったというのもアスペルガー。アスペルガーというのは症候群ではありません。人類進化の能力の段階なのです)
ともかく、そういう意味で、ひさしぶりに勉強になりました。
しかし、小説としては、私は(あくまで私はです。私は直木賞選考とはなんの関係もアリマセン)「何を読めば」いいのか、殆どのところでよくワカリマセンでした。
いい方を変えると、「もっと書かねばならない」とおもわれるところが、かなり端折ってあり、「そんなもん書かんでも、どうでもええやん」とおもわれるところがいっぱいで、「どう読めば」いいのか、後半の盛り上がりを除いては、「読み方」がワカラナクテ、苦労しました。それは、この作品のlevelとは関係のナイことで、私の嗜好性だけの問題ですけど。
さらにいうならば、私、劇作家(狂言作者)ですので、かくなるback stageものはあまりに身近過ぎて、苦手なのかも知れません。「世界がこの小説のように美しければナア」てなことを何度も感じましたですけど。
また、人形浄瑠璃と歌舞伎について、その〈人形〉と〈役者=生身〉のチガイに触れている部分もあるのですが、その辺りの考察は少々薄っぺら過ぎる(というか、まともに思想、研究したことはナイようにおもえましたが、たぶんそうでしょう。理路で攻めねばならないところを感性で逃げているフシがありますから)。
まあ、このブログは読者max150人ですので、こういう印象感想で、オシマイとします。

2019年6月21日 (金)

港町memory 20

〔19〕が少々深刻めいたので、ちょっと、軽く飛ばしてみましょう。

私は、現在幾つもの病院を掛け持ち通院していますが、その一つ。自ら『クロマティ病院』と称している(これはcomic『魁 クロマティ高校』にその名前を由来します)ほぼ野戦病院の救急病院を兼ねた個人病院のこと。ここは、かつてテキ屋と暴力団の抗争で、ケガ人がニ十四時間あったものだから、設立されたという都市伝説を持っております。
ここの、医師と看護師を時代劇ふうに振り分けるとオモシロイ。
まず院長は旗本の次男坊だったのが、部屋住になるところを長男が若くして亡くなったために跡継ぎになって、こりゃ、死んだら損だなと蘭学、外科本道を始めたというふうで、剣の腕前は定かではナイ。まず、剣など抜かない。
副院長は、町道場の主といったところ。たいていのキッタハッタは彼が片付ける。剣の腕前はそこそこだが、町道場ゆえ、祿高の高いところの師弟には高く目録を売りつけているのではナイかとおもわれる。
女センセイは、父は博徒の大親分。関八州に睨みを利かしているようすだが、すでに二代目が継いでいるので、自らは好きな医学の道に進み婚期を逸した。部屋住の好いた相手があるにはある。部屋住ゆえ、嫁ぐこともできないでいるが、それはそれなりに、ほどほどの逢瀬はしているようだ。
Nurse・R、とある武家に勤めるお女中(女中頭(かしら)か、その次あたり)。その武家の長男を好いてはいたが、そこはそれ、家という問題があって、長男には別の武家から嫁が嫁いできた。とはいえ、双方とも煮え切らず、しかし御法度をおかす勇気もなく、時は過ぎ行く。
Nurse・M、大店のいとさん(とうさん・店の主人/・・の次女)。とうさんの友人(海運業)の薦めもあって、蘭学の療養所に務めに出ている。医学知識も広く、明るく闊達だが、療養所の若センセイに思い届かず、酒豪ゆえ、酒で憂さを晴らしている。
Nurse・Y、花街(かがい)の下働き。吉原のような大門ではなく、よって、忘八者の中に好いた男がいるというのでもなく、江戸の花街四宿(板橋・品川・新宿・千住)あたりでの寝食の世話係。何事にも無表情で、どぶ板長屋で母親と慎ましく暮らしている。ようにみえて、裏の稼業は仕事人。
Nurse・I、実は将軍家ゆかりの落とし胤。ワケあって(そりゃあ、ワケがあるのはアタリマエだが)、貧乏長屋に預けられ、そこから、やはり療養所のほうへ働きに出ている。Nurse・Mほどの医学知識はナイが、来院者の世話をしている。Nurse・Yとは打って変わって笑顔を絶やさぬ娘だが、宿痾を持っていて、先はそう長くはナイ。
Nurse・N、茶屋の娘。まったくの町娘だが、無垢と真面目とひとの良さから、不貞の族に手込めにされた経験があり、それがココロのしこりとなって、かつ、町人職人の陰の噂ともなって、嫁ぐことも許されず、終には尼となる道を選ぶ。ところが、宗派が浄土真宗だったので、住職とやがて縁を持つ。まあ、それくらいの功徳があってもいいだろう。
Nurse・F、町方同心の妻女。子息、子女に恵まれている。

港町memory 19

長いが引用する。
/たとえ君が三千年生きるとしても、いや、三万年生きるとしても、記憶すべきはなんびとも現在生きている生涯以外の何ものをも失うことはないということ、またなんびともいま失おうとしている生涯以外の何ものをも生きることはない、ということである。したがって、もっとも長い一生ももっとも短い一生と同じことになる。なぜなら現在は万人にとって同じものであり、〔従って我々の失うものも同じである。〕ゆえに失われる時は瞬時にすぎぬように見える。何人も過去や未来を失うことはできない。自分の持っていないものを、どうして、奪われることがありえようか。であるからつぎの二つのことをおぼえていなくてはいけない。第一に、万物は永遠のむかしから同じカタチをなし、同じ周期を反復している。したがってこれを百年観ていようと、二百年観ていようと、無限にわたって観ていようと、なんのちがいもないということ。第二に、もっとも長命の者も、もっとも早死にする者も、失うものは同じであるということ。なぜならば人が失いうるものは現在だけなのである。というのは彼が持っているのはこれのみであり、なんびとも自分の持っていないものを失うことはできないからである。/(『自省録』マルクスアウレーリウス、神谷美恵子・訳)

私たちに在るのは現在だけです。
そこで、これ以上、自身の現在を失いたくないという心情や傾向から、私自身を失ってしまえばよいのではないのかという誘惑にかられます。
自死への招致とでもいえばいいのでしょうか。
私にとって、この誘惑や招致から積極的に逃避するすべは、好奇心というものだけです。

もういっちょ。
/エピクテートスがいったように「君は一つの死体をかついでいる小さな魂に過ぎない。」
(同前)

異議ナシ。
ただし、この死体の重いことといったらありゃしない。

2019年6月20日 (木)

港町memory 18

コルク仏壇が満タンで、なんだか申し訳ナイのだが、ナニに申し訳ナイのかというと、遺影を貼る場所がなくなったからいってんじゃなくて、ですね、生き残らねばならないことに後ろめたさが多少はあるワケですよ。でも、まあ、数十年と差があることじゃナシ、いっぺんに壊れたか、私のように徐々に壊れて壊れきるかのチガイでしょうから、多少はあるが、そんなに多くはありません。
だいたい、私は近頃は〔死〕というものを認めていないので、このコトバは使いもしません。代わりに「ニュートン力学的な存在の終り」と、カッコつけていってます。
で、終わったらどうなるのかを図式してみたんですが、未だ解決がハッキリしていない部分が多々あるので、あまりに断片的(フラグテーション)し過ぎているもんですからお披露目するワケにもいきません。
昨今、コルク仏壇やら、デスクトップの背景画面やら観ながら(いまの画面は/四人~よったり/で旅の途上ですが)、それでも、痛かったろうな。急にきたからビックリしたろうな。長い患いだったね。もう少し存在したかったろうね。悔しいんだろ。俺の腑抜けな生き方を笑っているな。とかなんとかココロの呟き交ぜながら、あのな、俺も壊れているところ多々あれど、悪いところ、壊れているところを悩むより、まだ、ここの部分、この箇所、ここいらあたりは使えると、壊滅していないところにおもいを馳せて、さて、晩飯は何を創ろうかとかんがえていること、これが、いわゆるニュートン力学世界を生きるというコツなんだぜ、と、嘯いているのがイイのです。
卑近なコトバでいうのなら「死にたくて死んだ、死にたくないのに死んだ、生きたいから生きてる、生きたくないけど生きなきゃならないので生きてる」この世を生ききるのも辛いもんなんだ。中井英夫さんふうにいうのなら、つまりは懲役刑、島流し、遠島、流刑、流人、その地が地球ということになっております。

どういうワケだか、鬱疾患の具合はヒドイんですが、再来年の舞台の(だから、上演出来るかどうかもワカンナイだけど)ホンだけは、書けるんです。comicを読む気力もナイのに、せりふの一つ、二つ、頭に浮かぶとpersonal computerのswitchを入れる。
これは作家の業とか執念というより、やはり、〈遊戯〉なんでしょう。遊んでるんですね。一人遊びはオモシロイということです。

じゃあ、まあ、ハートランドでも飲むか。銭の切れ目が命の切れ目とお題目唱えて。

2019年6月18日 (火)

港町memory 17

ラジオから(テレビは無いので)、多くはニュース関連なのだけど、「東京オリンピック」というコトバが聞こえると、戦後派で戦中のことなど知らないはずなのに、官製用語(非常時、進め一億火の玉だ、贅沢は敵だ、八紘一宇、五族共和・・・まあ、なんでもイイんですけどね)と同じnuanceでそいつを聞いてる気分になるから不思議なもんですナ。
そんでもって、地震関連で「ともかく地震になったら命を守れっ」なんてことを朝のあいさつおはようさん、みたいに(そいつをややヒステリックにしたみたいに)アナウンサーが口にするから、このひとたちは/どこまで正気なのだろうか/と疑ってしまう。ここはいっそ「命を投げ出せっ」といわれたほうが、覚悟が決まるってもんです。誰だって命を守ることに一所懸命になるのはアタリマエです。それが命令一下でそうさせられるような、このmission、command、めいたコトバはなんなのだろう。このコトバは聞いているだけですが、書き言葉にすると、やはり「地震ニナッタラ命ヲ守レッ」とカタカナになってきます。
カタカナは軍用によく使われます。
かつては漢字しかなかった敷島の国でござんすが、(ですから万葉集だってみんな漢字)ひらかなの発明で、紫式部たちの文学も誕生しました。(色事も柔らかい)
そうして、カタカナの発明は上位下達の感触をもって存在することが多いんです。(なんでかなあ。たぶん、逆なんでしょうけどね。そういうふうに軍部が命令に多く使ったから、がマトモな解釈なんだろうけど)
それから、「ブロック塀」。バカの一つ覚えのように「ブロック塀に気をつけろ」。
うちの近所にも幾つかあります。今年亡くなった知人の画伯などは、病床で「うちのブロック塀は、まず、端っこの・・・」と、高さ1m未満の自宅のブロック塀のことを気にして、その対策まで講じてらっしゃいましたが。地震で倒壊するのはブロック塀だけみたいな様相ですナ。

いまの若いひとは(いや、私のような還暦を遠に過ぎたものにしても)みんな「猫」です。
『猫に未来はない』(長田 弘・作)という本もありますが、猫は前頭葉が小さい(のか、まったく無いのか)ので、だいたいが、その瞬間(現在)のことしか考えないのだということが生物学的にもいわれています。
いま、この世界において、だれが、未来や将来について真面目にかんがえることが出来ましょう。
とはいえ、目的がなければ生きていけないのもニンゲン。とりあえず、未来、将来は在るという、あくまで〈仮定〉のもとにそいつを考慮し、実際(ほんとうのところ)は、現在を実感で乗り切るしか手立てはナイようです。
「東京オリンピック」はパンドラの箱の底が抜けた世界では、まったく効き目のナイ呪文だとおもってます。「希望」は箱の底に在ったんですが、抜けちゃってんだからなあ。どこに落っこちたかなあ。
メーテルリンクの『青い鳥』のラストシーンは、たいていのひとが誤解してるか錯覚していすが、/青い鳥がいなくなるところで〈終わり〉/ます。

2019年6月16日 (日)

第十五回

 柳生玄十郎は腰のものを大小両方とも帯から抜くと地に置いた。南蛮の一張羅らしい着衣を着込んだ背の高い赤毛の者はそれを観て怪訝な顔をした。まさか闘いを放棄するワケではあるまい。
「ナンのマネかね、サムライ」
 玄十郎はだらりと両腕の力を抜いて南蛮の者の問いに応える様子はナイ。おそらくこれが石舟斎の完成させた新陰流の奥義〈無刀取り〉の基本態型だということは、その知識の何処にも無いとおもわれる。
「何れにせよ、死んでモラウが、サムライ」
 南蛮衣の袖や裾から無数の蛇が姿を現した。それらは地に落ち地面を這って玄十郎に近づいていく。玄十郎はその忌まわしい朽ち縄どもに気をやるでもなく、真っ直ぐ南蛮の者を観ているだけだ。
「いま、オマエに近づいているのは、日本には棲息していない毒蛇ばかりダ」
「どんな毒蛇だろうが、噛まれなければ死ぬことはあるまい」
 初めて玄十郎がコトバを発した。
 毒蛇の群れは玄十郎に一間まで迫った。すぐに牙を剥くにチガイナイ。が、そこで動きがピタリと止まった。それは南蛮の賊の指示や合図があったからではナイ。
 玄十郎の丹田から発せられる〈気〉を感じて動けなくなってしまったらしい。南蛮衣は首を傾げた。
「妙ナ、不思議な術を心得ているヨウダナ」
「幻術などのまやかしや妖かしではナイ。これも兵法。では、柳生玄十郎、参るっ」
 いうや、玄十郎の姿がかき消えてみえなくなった。こうなると、どちらが魔法使いだかワカラナクなってきている。
 次に南蛮衣に玄十郎の姿がみえたのは、南蛮衣のとの攻撃間合いに入る真正面だ。
 咄嗟に南蛮衣は直刀を抜いた。反射的な行為だ。
 ここから先は説明、描写が面倒になるが、南蛮衣はふわっと宙に浮いて頭蓋から地面に叩きつけられた。もちろん、玄十郎に投げられたのだ。
柳生無刀取りは、敵手の刀を奪う兵法ではナイ。自らは無刀にて敵手を倒す。結果的に敵手の刀を取ることにはなるが、刀が弾き飛ばされる場合もある。本来は「居合」の技術を工夫したものとおもわれる。居合とは、敵手のふいの攻撃にどのようにも対処出来る技だ。刀を抜いている間のナイ場合は、このように空気のように敵手を投げる。
この南蛮衣が、どのようなバテレン幻魔術を用いるのか、それがワカル前に南蛮衣は息絶えていた。
「見事だな、尾張柳生」
その声は右近だ。声の方に玄十郎、ふり向いたが、
「むっ、其方は。気配を感じなかったが」
「消していたからね」
 いともたやすく右近はいう。柳生玄十郎ほどの剣客に気配を覚られないとは余程のことなのだが。
「バテレンどもの仲間ではナイな」
「拙者、楠木右近と申す。いってみれば、お主の仇敵になるのかな」
これまた気楽に右近はいった。
「なるほど貴様が楠木右近。たしかに拙者はお主を倒さねばならぬ」
「時と場所を改めてということにしておこう。逃げも隠れもせぬ」
 そういうと、今度は右近の姿が消えた。
「ほほう。凄腕の噂は嘘ではナイな。あそこまで貴奴の身技は高見にあるのか」
 玄十郎、険しい顔で、そう、吐いた。

港町memory 16

六年前だったかとおもうのですが、そんなことは記録をみればワカルことですが、面倒にクサイのつく性分で、それはどうでもイイヤのココロ。劇作家大会が、兵庫県の豊岡、つまりは城崎温泉であったんです。
私の仕事は(このときはまだ会員だったんだけど)樋口ミユさんの適当な質問に適当に応えるというもので、これは、あんまり良くなかった。失敗。ちょっと事前の打合せと段取りを軽視し過ぎた。(ので、大分大会のときは、かなり綿密にメールなどをやりとりして、同じ様なイベントをやりましたが、これは大成功。嬉しかったのは、二十一年務めた私塾の塾生が大勢わざわざヤってきてくれたこと。そうなんだよなあ。みなさん、いま何処に立ってどこに進めばいいのか、底の抜けた世界で、路頭に迷ってんだなあ。ま、それはともかく)
このときね、夜はナニもすることがナイので、遊技場でスマートボールなんてので遊んでたワケであります。すると、従業員のお姉さん(オバサンなんですが)が、「蛍は観てきましたか」と声をかけてくれて、「蛍なんて出るんですか」と、場所を訊くと、なんのことはない、温泉街の中心を流れる河川が、くねって細くなって、裏手にまわって、と、要するにその遊技場の裏口抜けたら、そこなの。
冗談じゃねえぞとおもいました。
その数。十匹や二十匹じゃナイ。桁がチガウ。200~300。これはもう雪。(ちなみに蛍の光、窓の雪というのは、蛍の光が窓からみると雪のようにみえたという解釈はマチガイ)。しかし、もう、蛍の群れというより、点滅する淡い青い雪なんですねえ。
「うちのおなかんなか、百億のネオンサインと千億のイルミネーチャンや」
でござんした。

そいで、今年、ふいに行きました。そのまえにウェブを観たら「六年前までは数百匹飛んでいましたが、いまは数匹」と書いてある。
でも、まあ、これも見納めかなあと、行きました。
8時頃から9時ころまで、数えて十匹にとどいたかどうか。ともかくは舞っていました。
むかしは、蛍というのは、亡くなったひとの魂が現世に戻ってきて、光ってるんだよとかいわれていたらしい。とくに戦時中は、そのハナシは盛んで、「お兄ちゃんがもどってきよったけんね」なんてドラマでせりふになってたりネ。
たしかに、それは〈死〉に近い色合いかも知れません。が、私は、チガウ意味で、あの輝きもまた、光の波動なんだから、なんらかのenergieであるはずで、たしかに死したものの仮の姿(仮のenergie)かも知れないねとはおもいました。
昨今、私の周囲は死が澱んでいて、私にまでまとわりついているから、それならそれで、これをどう泳ぎきるかも、一興。もとより三途の川の渡し賃など用意する気はありませんから、私は、泳いで渡るつもりですから。
一匹の蛍が、ことば通り〔水先案内人〕とやらをしてくれそうな、今年の夏の初め。
/五月雨近しと雲流れ 五月雨すぐと風の囁く くわえ煙草の死に損ない/

2019年6月10日 (月)

第十四回

 薩南示現流のほうは、帆裏藤兵衛とはまったくの反対、真っ暗闇の世界に封じ込まれていた。いつまでたっても、暗闇に瞳孔が慣れるということがナイ。これでは盲目同然だ。示現流はトンボに構えた刀をさやに納めた。もちろん闘うことを諦めたのではナイ。
示現流の開祖東郷重位が伝えた示現流の奥義は「刀は抜くものにあらず」だといわれている。もともと「トンボの構え」とは、左肘を固定して右上段に構えるものだが、構え自体の名称をいうのではなく、その切っ先に蜻蛉がとまってしまうほどの無念無想をいう。しかし、さらに奥義を究めれば、もはや刀を抜くという行為はナイ。まったくの無意識を創り出して、抜いて斬ったことすら記憶に残さない。それは示現流の刀捌きの刹那を超えた速度にも依ることだ。抜いて斬って鞘に納めるまでの速さは常人どころか達人といえども動体視力では捉えられない。薩南示現流の武士はいまその境地にあった。これには南蛮魔術者も傾首するしかない。あのサムライはもはや闘うことを諦めたのか、とも疑念したろう。
真っ暗闇の中の沈黙がどれくらい続いたろうか。何れかの呻き声が聞こえて闇が晴れた。薩南示現流に抜刀した様子はみられない。刀を納めたままで立っているだけだ。
が、その一間先に首と胴体を切断された紫装束の男の死体が転がっていた。階級が上がると装束の色も黒から紫になるらしい。倒されたのはもちろん南蛮焼きのほうだ。片手に黒く塗られた直刀を握ったままの格好だが、首を切断されているからにはもはや息は無い。
示現流も意識を取り戻して、その屍の様子を観た。
「勝った」
 ふっと安堵の息がもれた。と、今度はその息を吸い込まねばならない事態が起こった。
「なにいいっ」
 たしかに南蛮人の胴体は転がっていたが、首が宙に浮いたのだ。
「勝ったと思ったかサムライ。確かにいつ斬られたのか、こちらにもワカラナカッタ。だが、南蛮の幻術はこれからだ」
 咄嗟に示現流は小柄を首に投げた。額に深々とそれは命中した。
 だが、同様に同じような小柄が四方八方から示現流を襲って飛んできた。
 抜刀、これを示現流は僅かな刀の返しで撥ね飛ばす。だが、飛ばされた小柄がまたboomerangの如く示現流に戻ってくる。何度ヤッテも埒があかない。いったい何を用いて小柄を操っているのか。しかもそれらはみな同じ、示現流が投げた小柄なのだ。まさに幻術の最中にあるとしかいいようはナイ。今一度無念無想。眼を閉じた。
 と、瞬間、小柄は一本になって示現流の左胸に突き刺さった。
「虚を突かれたか。未熟でごわした」
 示現流は胸の小柄を引き抜くと、地べたに叩きつけた。
 もはや周囲は暗闇ではナイが、それが奈辺なのかはまったく見当がつかない。
「勝負はまだ、終わりもうはん」
 再び示現流は、トンボの構えをとる。
 敵手、南蛮バテレン魔術もこの構えには用心しているのか、暫し、どちらにも動きはみられなかった。示現流はあくまで後の先、刹那の初太刀を念頭においている。敵手もそれを察して攻撃の方法を思案しているといったところだろう。
 と、
「首なら、ここにもあるぞ」
 との声とともに現れたのは楠木右近。右手に例の帆裏藤兵衛を倒した南蛮人の首らしきものをぶら下げている。
 いつ斬ったのかはワカラナイが、その首を観てハッと驚いたのが闘争中の南蛮幻術子のほうだったのは仕方ないところだ。その気配の方向に示現流の初太刀が刹那、振り降ろされた。
「チェストォォォッ」
 真っ二つに切断された、首、ではなく、裸身に近い幻術使いの身体が地面に落ちた。
「今度こそ、其方の勝ちだよ」
 その肉塊を眺めてから、右近は示現流をみすえて、そう伝えた。
「よくぞ、薩南示現流をそこまで極められた。倒すのには惜しい、とはいえ、いずれは拙者との立ち会いを所望されよう。しかし、それは無益な勝負。精進なされて、薩南流派の流れを絶やさぬように生き抜かれよ」
 鍔が鳴った。瞬時、示現流の脳裏におのれと右近とが立ち会い、おのれの倒されるimageが生々しく映り込んできた。勝負を経験させられたといってよい。
「畏怖すべきかな、鍔鳴りの剣」
 いうと、示現流は己が刀を鞘に納めた。

2019年6月 7日 (金)

港町memory 15

都市伝説というものがありますが、似たようなplotが古代史エピソードにもあるんです。
「近頃の若いものは」「むかしは良かった」、これは世間じゃ飲み会、宴席、屋台、まあなんでもイイんですけど、そういうところじゃほろ酔い以上にアルコールのしみわたった年配の方々が必ず口にされるコトバです。(幸いにして、私はまだ一度も口にしたことがナイ。それには理由があって、私は未だに私のことを/いまどきの若いもの/だと信じている認知症に陥っている)
このもっとも古い出典には諸説ありまして、これまた似たようなもんなんですが、/エジプトの或る象形文字を解いたら/であったり、/マヤ文明の文字の中には/であったりするんです。ひょっとすると『古事記』あたりにもそんなnuanceのものがあったりして、ね。
『古事記』といえば、私なんかがイチバンに思い描くのは、なんとこれこそが「むかしは良かった」なんです。
なんでかというと、私が読んだ限り、『古事記』に〔恋愛〕という面倒なものは出て来ない。男でも女でも、出くわす、観る、ヤリたくなる、ヤル。これだけ。いやあ、アダルトビデオでも、そうは短絡しない。つまりですね、古事記の時代のひとは「性=セックス=せっちゃん」には何の罪悪感も持っていない。愛することと恋することとせっちゃんが同義。愛することと恋することとせっちゃんなんてのは、ほんのいっときの出来事なんですから、終わればさっさとパンツはいて「じゃあぁね」でよろしい。潔くて、実直で、素直で率直。
蒼井優ちゃんと南キャンの山ちゃん、よろしいですねえ。
蒼井優ちゃんは「魔性の女」だが、それでもええのかと、マスコミがいうとりましたが、私はシス・カンで一度ご一緒しましたが、なるほど魔性の女です。潔くて、実直で、素直で率直でした。読み合わせ初日、ワザと下手くそにヤッてんのかとおもいましたが、終わってから演出の寺十(じつなし)が私の耳もとで囁きました。「彼女だけは、なんとかしますから」
で、なんとかなった、というか、なり過ぎだったなあ。
本番の中日あたりかなあ、アクシデントがありました。柄本佑くんの飲んでいるコーラがデスクの上で倒れてこぼれたんです。ところで、相手役だった蒼井優ちゃん、慌てず騒がず、演技の中で、そのアクシデントを処理してしまいました。ごくごく自然に。
いやあ、袖から、あるいはモニターを観ていたスタッフが大騒ぎ。「おい、蒼井優が芝居したぞ」「すっげえ、蒼井優が演技してる」とてんやわんや。
それがいまでは、どっかの演技賞を受賞する女優になっちゃって、まあ。
あのね、他に私が記憶していることをいいますと、打ち上げのとき、乾杯があって、まず、彼女がイチバンにしたことというのが、取り皿に料理をとって、これまた自然に私の前にひょいと置いた。一応、私、作者ですから、礼を尽くしたおもてなしなんでしょう。でも、特に媚びることなど一切なく、当然のごとくにです。これには、私、胸キュンしました(ごめんね山ちゃん)。おそらく彼女にしてみれば、アタリマエのことをしただけで、記憶にはナイでしょうけど。だって、そうしたアト、私と何か話したかというとまったくそういうことナシ。あのとき、彼女にどういう指導をしたのか寺十に聞いておけば・・・って私も劇作者ですからたいていはワカリマスけど。
ともかく、魔性でもナンでもイイです。これからは『奥様は魔性』(ちょっと苦しいオヤジギャグの駄洒落でした)でイケばよろしい。
Max150人のブログから、祝福させていただきます。

2019年6月 6日 (木)

第十三回

 帆裏藤兵衛は血風塵の可能な砂地を戦場に選んだが、いきなり周囲が真昼のごとく真っ白に輝いた。まだ夜明けまでには時がある。さらにこの明るさは空にある太陽のものではない。藤兵衛の観たこともナイ真っ白な世界だ。氷の平原というのがあるとすれば、ちょうどそこに立っているのと同じかも知れぬ。藤兵衛は周囲に気をやったが、敵手の位置がワカラナイ。そのうちに藤兵衛の耳に鞭が空を斬るような音が聞こえてきた。しかし、未だに敵手がみえぬ。
 確かに撓ってそれは襲ってきた。藤兵衛の粗雑に束ねた髪の一部が鋭利に斬られた。そうなってもまだ敵手の位置が藤兵衛にはワカラナイ。真っ白に輝く世界に立たされているだけだ。
「こいつは、確かに命懸けになりそうだナ」
 二刀を抜いてみたが、おそらく敵手から自らの位置は完全に間合いに入れられているにチガイナイ。防げるだけ防いで敵手の位置を掴まねば確実に殺られる。帆裏藤兵衛、恐怖の汗を額に浮かべた。と、そのとき。
「精神を統一して気配など探っても無駄だよ、帆裏の藤兵衛さん」
 その声は敵手の声とはおもえなかった。眼球だけを動かして声のした右方向を観ると、そこに胡座をかいて座っている着流し長羽織の男がみえた。陰陽巴紋、風体からして羽秤亜十郎に聞かされた楠木右近、まさにそやつではないか。
「お主はっ」
「いまはあんたの敵ではナイとだけいっておこう」
 胡座こそかいているが、その胡座はいつでも立ち上がって戦闘出来る特殊な胡座。これを物見胡座ともいう。
と、もう一種の声がした。
「キサマ、何処から侵入シタ」
 敵手の声に相違ない。右近に対して問うているのだ。
「どこでもドアという便利なものがあってナ」
 長羽織、そういって白い歯をみせた。
「帆裏の藤兵衛さん、精神なんてものはもとより統一出来る質のものではナイのだ。ここはお前さんの血風塵をおもいだしてみるに限る。チガイといえば、砂嵐か、ギヤマンの微細な粉だけだ。この白い世界は、ギヤマンの微分に包まれているだけだよ」
 と聞いた藤兵衛、みえぬ敵手の鞭を二刀で跳ねると、
「この鞭もギヤマン造りか」
「撓るギヤマンというモノだな。飴細工だとおもえばいいのさ」
 帆裏藤兵衛は二刀の鬼包丁の一方に鎖をつないだ。約二間ばかりの長さだ。それが回転し始める。この武器の動きを避けようとすれば、おのずと敵手の居場所がワカル。
 しかし、砂とガラスの粉とでは吸い込んださいのriskがチガウ。わずか数分だったが、帆裏藤兵衛の肺にガラスの微細な粉が入り込んでいた。しまったと藤兵衛が鼻孔を押さえたときは遅かった。込み上げる痛感。気道から血反吐が飛び出した。
「みえぬ鞭はおとりだったか」
 とはいえ、一矢報いねば気がすまぬ。藤兵衛はギヤマンの微粒空間から抜け出さんと一気に駈けた。
 うっすらと足下に砂地がみえた。その砂地に帆裏藤兵衛は倒れ伏した。両眼は悔しさに見開いたままだ。その両眼のあいだ、眉間を撓るギヤマンの鞭の先端が貫いた。
「これが、南蛮の幻魔術というシロモノか」
 右近、ゆっくりと立ち上がった。鍔が鳴る。ザッという音をたてて、ギヤマンの微細な粉は地面に落ち、白い世界は消え、敵手の姿があらわになった。

2019年6月 5日 (水)

港町memory 14

日本には銃刀法があって、まず、銃は猟銃を持つのにも認可が要る。拳銃なんてものは認可もへったくれも持てない。刀は真剣を持つのには認可が要る。余程の使い手でなければ認可されない。されたところで、おいそれとヒトを斬ることは出来ない。
ところが、(銃が裏では買えるのは例外として)刀剣とまではいかないが、包丁の類となると、その類を扱っている商店にいけば買える。昨今、平刃の菜っ切り包丁で賄いをしている台所の主婦なり、調理の出来る性別を問わずの輩はあまり多くはナイはずだ。たいていの家庭の厨房では〔鎌型〕と称されている牛刀の進化系を用いているとおもわれる。肉、野菜、刺し身もともかくそれなりに使い勝手がヨイ。普通の料理であれば、これ一本で間に合う。洋画ドラマ(映画)などを観ていると、台所包丁の種類の多さに感心することがあるが、日本人はおそらくそこまで不器用ではナイのだろう。
ところで、ですね。正夫(しょうぶ)という呼称が本式の柳刃と称されている包丁は、刺し身包丁なのですが、これは充分に武器になりますね。殺傷能力があります。斬るぶんには難点があるでしょうけど(刃の厚さから)、刺すとなると、殺せます。匕首なんか要りません。
最近の三つの事件のツナガリが、どうも世相の錯綜を招いているようで、不気味な感触を得ます。
まず、少女ひとりと青年ひとりが刺されて亡くなってます。もちろん、この二人を狙った事件ではなく、大量殺人の類の犠牲者が二人だったというワケなんですが、この事件(のニュース)を観た良識ある父親が、良識からハズレていると判断した実の息子を刺し殺しました。この場合の殺意は怨恨ではありません。集団殺傷事件(大量とは称さないことにします)の犯人の病歴がおそらく箝口令されているようなのですが、世間、庶民大衆はそんなにバカではありません。集団殺傷事件の犯人の〔像〕は、良識ある父親にはみえていたといってイイはずです。つまり、こういう連鎖というものもあるということです。この場合の連鎖は「包丁」という凶器です。
さて、その次の日、コンピュータ制御の自動運転列車が逆走して、重軽傷者が出た。
早いハナシ、三つとも、何処かが〔狂ってしまった〕連鎖としかいいようがナイ。
まず、コンピュータにせよ機械というものは、人工知能がどうのこうのと持て囃されていても、/正確に狂うもの/だと心得ておいてマチガイはナイでしょう。
また、狂気なき殺意も、一種の狂気であると分析出来るはずです。/あらゆる主観は、なんらかの狂気である/といったのは、フランスだかの思想家だったとおもいます。
問題は、事件の一つ一つにも存在はしているのですが、もっとも問題にすべきは〔連鎖〕です。この連鎖をもう少し深く探ってみます。これは気にし過ぎると、フロイト精神分析の〔関係妄想〕に入り込んでしまいます。その点は留意しておきます。
マスコミは震災以降、〔絆〕というコトバをやたらめったら放言して、世情を煽りました。「絆」という共同幻想が潜在的に蔓延っているのが現在かも知れません。とするとですね、そこからハズレてしまったもの(ヒト)、いまふうにいうとネグレクト(ここでは、本来の意味で用います。Neglect、「怠慢・粗略」「無視・軽視」)されたものが生じてくるのは論理的な帰結です。これに似たものに、かつては「村八分」というものがありました。まるで世相は、ネグレクトされたもの、包丁という凶器、ひともものも「狂う」という「三題噺」の連鎖が存在しているかのようです。さて、ほんとうにそうなんでしょうか。現在の世界には何らかの[操作](function)が刷り込まれいます。
私は〔絆〕を、意識的に或いはなんらかの政治的な運動として扱うのは危険だとおもいますし、血縁などというアプリオリなものを奉るのも好みません。そこからは「因果応報」という宿命論しか生まれてきません。「因果」は「連鎖」を宿命的に捉えたものですが、「連鎖」というものは、ほんとうはもっと/自然な現象/です(食物連鎖がそうです)。私たちはむしろ、絆という因果な連鎖からいったん飛び散って、単純な固有として覚醒したほうがイイとかんがえています。もし、飛び散ってもなお集まってしまうモノがあれば、自らを必要とするその重力のほうを信ずるべきです。『水滸伝』にしても『八犬伝』にしても、集まるべきものは集まるべくして集まるものです。
この観点から、私は、現行の〔国民=国家=政府〕という安直な図式を嫌います。この図式は縮小していけば、自治体と世間に及びます。図式だけの自治体の連携や、自治体と世帯のつながりなど、いまのところ、日米同盟の「同盟」のように信頼するに値するものではありません。

2019年6月 4日 (火)

港町memory 13

山田風太郎老師のエッセーに/たしかトルストイであったか「人間の幸福のかたちは一様だが、不幸のかたちはさまざまである」というよう言葉があるが・・・/というのがありまして、つまり、山風老師このあたりから、hint、motifを得て『人間臨終図鑑』という奇書を認(したた)められるワケですが(これは、一度、いや折に触れて、読んだがヨロシイ。どんな人生訓話よりもimpactは強大です)、私も還暦を過ぎたあたりからの諸々のinterviewにおいては「これからは、如何に生きるかではなくて、如何に死ねるかを考える世界になりますよ」と、応えていますね。
「如何に生きるか」などと悠長なことは、もう考えられる世界状況ではナイことは、みなさん知ってるくせに知らんフリしてんだから、まあ、それは好き好きとして、「如何に死ぬか」ではなくて「いかに/死ねる/か」です。
〔死に方〕の自由すら、私たちはもう奪われています。
歩道にいたら車に突っ込まれる。バスを待っていたら包丁で刺される。コンピュータ制御の電車に乗ったら、逆走される。これはまだまだ日本のことですから、些細なことのようで、通学バスに乗っていたら、ミサイルロケット弾打ち込まれて吹っ飛ぶ、劇場にいただけなのに自動小銃の乱射にあう、なんてことは、海外では日常茶飯です。
『person of interest』を全巻box買いして、再度観ていますが、主演のうちの、ジョン・リースくんとサミーン・ショウさんは、かたや陸軍特殊部隊からCIAへ、かたや女性のほうはCIAの特殊部署でテロ阻止テロリスト殺戮を仕事にしていて、どっちも上司(本部)に騙されて殺されそうになったんですが、命とりとめて、いまはハロルド・フィンチくんなんかとともに、ルートさんもご一緒して、サマタリアンと闘って(というか逃げてんだけど)おります。
その物語については、観ればワカルので、どうでもよろしい。
問題は、前述のお二人の生きいてる動機です。
仕事はたしかに「人助け」なんですけど、ようするに(そういうことには人一倍勘の鋭い私からみれば)二人とも、生きる目的というのを/如何に死ぬか/とさだめています。早いハナシ、どっちも/死にたい/んだけど、どうせなら、死闘の中で死にたいという、もともとが諜報部員でしたから、(まあ、ショウさんの場合は人格障害でもあるんですが)、「如何に死ねるか」を模索の生き方で、よって、死を恐れない(犬死にはベツですが)。
これは重いThemaのようですが、plotがcomedy touchですので、血圧が上がることもありません。
私は二度目ですから、ラストプロットも知っておりますし、号泣した記憶も逸しておりません。しかし、記憶とは便利なもので、たいていstoryは忘却しているので、毎度オモシロイのであります。
「いかに死なせてくれるか」これは、もう現状世界の個人的な課題ですな。
ところで、ハナシ変わって、こういう名文句もございます。
/もはや世界は底が抜けた 人類が初めて体験する 悲観的な世界に 己(おのれ)の実感で立ち向かっていくしか手段はあるまい/(リバース エッジ 大川端探偵社・ひじかた憂峰、作 たなか亜希夫、画)
昨今、マンガとDVDばかりの毎日でござんす。

2019年6月 2日 (日)

港町memory 12

クセなんでしょうねえ。どういワケか、いやワケはハッキリしてるんですが、口にすることもあるし、文章にすることもあるし、ナニかというと口癖というか、書き癖というか、それはですね「もう、ちょっとだ」という一言なんですが、なるほど、これ戯曲の中でもラストシーンに使ったことがあります。
ところで、かなりむかし出版した自著(エッセーとノベライズが入ってます『北村想大全★刺激』而立書房から1983年4月、編集者の村井さんは、数年前に癌で他界。で、このエッセー自体は昭和54年4月~55年3月号に〔名古屋プレイガイドジャーナル〕という小雑誌に掲載されたもんです)、ここの『風聞くろしろまる』というところに出てくるのであります。
/今年はいろんなことに覚悟を決めてかからなければいけないなァと、ひとりバクゼンと思っている。冬の冷たい風の中で、ややもすると心がメゲそうになる。そうすると、耳もとで声がする。もうちょっとだ、もうちょっとだ。とその声はささやく。何がもうちょっとなのかは分からないが・(以下略)/
ここ数年、この〔もうちょっとだ〕がつづいております。
相変わらずなにがもうちょっとなのかはワカリマセンが。
んで、この〔もうちょっとだ〕は、ちょうど三十年前が初出ということになります。
三針縫った指の怪我はなんとか癒えましたが、どうもphysicalにもmentalにも疾病がありまして、いまは類まれなる身体能力だけで生き延びているようでござんす。
年齢的にもさすがに〔もうちょっと〕でやんしょ。
ちょっとずつは、書いていきますが、突然プツンてなことになるやも知れませんので、予めお詫びしておきますワ。

第十二回

「けれども用心しろよ藤兵衛、次の敵手はおそらく手強い」
「おい、銭にならないのに、次のとやらともヤラねばならんのか」
「これが成り行きってもんさ。イヤならやめときな。ここからはオレの趣味みたいなもんだ。それに、こちらには頼もしい助っ人が二人もいるってんだから、面白くなりそうでやめられねえ」
 みると、夜道をこちらに歩いてくる大柄の武士ひとり、そうして、やや痩躯だが足どりは飄々としていながらも正中線を崩していない剣士ひとり、薩南示現流と尾張柳生新陰流だ。
「こりゃあ、余祿の報奨金にありつけそうだな」
「欲を出すなよ。生き残ればのハナシだぜ」
「そんなに手強いのが次に来ると、どうしてワカル」
「もう、来ているからサ。東の屋根に五人、西っ側に三人。どうやら示現流と新陰流のダンナ方も気づいたらしい。殺気を屋根に向けたゼ。藤兵衛、いきなり血風塵を使うんじゃネエぞ。同士討ちはゴメンだからナ」
「承知」 
 示現流、新陰流と羽秤たちが合流する、そのときを待っていたかのように、やや広い路を挟んだ東西の屋根から八つの影が浮遊しながら舞い降りた。
「雑魚を最初に使ったのが油断ダッタ」
 と、その影の中のひとりはそういうと、頸動脈からの出血で首を赤く染めている黒装束の実体を、なんらかの方法で屠った。どんな武器を使ったのかは、羽秤亜十郎にもワカラナカッタ。血飛沫の雑魚の首から上が南瓜のように潰れたのだ。
「仲間を殺るときは、手妻はナシか」
 羽秤亜十郎の苦笑がピタリと止まって、視線は鋭く八つの影を観た。他の三人も同様に、いつでも抜刀出来る気合を丹田に込めた。
「名も知らずにインフェルノの落ちるのも辛かろう。我ワレは、四剣八槍と呼ばれている渡来の者だ」
「十二人なのにここにいるのが八人なら、数が合わねえな」
「残りの四人は未だ船の上だ」
「なるほど、今夜地べたするのは八つだけか」
 と、いう亜十郎に、
「いや、四つだ。我々のうち半数は手を出さぬ。オマエたち四つの死体を見届けたら引き上げる。これで同数。handicapはつけない主義だ」
「ほほう、それはそれは、丁寧なご挨拶だ」
 いうや、四つの影を残してそれぞれが一対一、四組の強者たちは文字通り四方に飛んだ。

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