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2019年4月 8日 (月)

seasonⅡ第二回

一文字左近が師匠の新野仙洞のもとを訪れ、これまでの経緯を語ると、師匠の仙洞は、
「左近、ついて参れ」
 と、近隣の山中にある、滝の流れ落ちる荘厳なる風景の修行場へと左近を誘った。こういうところで修行していると修行している気になるから、わりに武芸の修行というのもlocationがタイセツということになる。
「左近、着衣をみな脱げ。下帯もじゃ。脇差しだけは手にしてもよい。これより半時、滝に打たれて身を清める」
 左近、いわれるままに師匠と並んで滝に打たれながら、
「師匠、以前の修行のときより不思議でござったが、滝に打たれるとなにゆえ身が清められるのでしょう」
 合理主義者らしい問いかけだ。
「それはこの仙洞も、幼名仙太郎の名のときから不思議で、思いに沈んだことがある」
「で、何がわかり申されたか」
「要するに、滝に訊けっ、だの」
「御意」
 なんだかワカランが、ワカッタようになるからこれまた不思議なものだ。この手の禅問答のようなものを「禅天魔」とかいうらしい。(ほんらいは禅宗を外道、邪道とみての罵倒のコトバなのだが)
 いきおいづいて横道に逸れていくが、一休宗純の生きた時代も、この手のコトバ遊びに過ぎない禅が上流階級では流行したらしい。それゆえ一休禅師の派閥は「純禅」と称される。上流階級に媚びへつらわないという意味で、で、ある。しかし、そうなると経済的に難しい道を歩くことになる。困窮する。一休は師匠の病のクスリの代金を調達するために内緒で小間物を糾い、京都の店舗に売ってもらった。これはよく売れて師匠の薬代にもなったが、困ったもんで、その一部は一休が京都のハズレの筵がけの売春集落で娼女を抱くのに使った。一休の子供を身籠もったり産んだりした、つまり避妊に失敗した娼婦も幾人かはあったらしく、まったく罪な禅坊主ではあった。(本音をいえば作者は、こういう一休を羨ましく、いや、好きだなあとも畏敬しているので始末が悪いでんな)

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