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2018年11月 4日 (日)

塾長lecture ③

舎利子 色不異空 空不異色/シャリシ しきふいくう くうふいしき/

舎利子は仏陀の弟子の中でもっとも頭脳明晰だった弟子、シャーリープトラのことですが、この「教説/教典」(すべての宗派がこの教典を認めているワケではナイので、そんな場合は教説と称される)は、シャーリープトラに仏が教えを説くというカタチになっています。それがまず〈色不異空 空不異色〉として述べられているのです。単純にこれを訳せば「色は空と異ならない 空は色と異ならない」になります。〈色〉とは五蘊だったことから、そのとおりに〈代入/交換〉すれば、先述した如く「五蘊と空は同じものだ」になります。しかし、ここで混乱と迷走と錯綜の扉が開く音を、わたしたちは聞くことになります。何故「五蘊と空が同じなのか」がワカラナイのは必定と予想されるからです。

そこで、ここを「色と空は同じものだ」というよりも、前述したごとく「色と空は分けられないものだ 分けてはいけないものだ」と訳してみましょう。こちらのほうが理にかなっているはずです。

ここを安直に「色と空は同じものだ」と訳すと、先述したようにさまざまの錯誤が生じてきます。何故なら〈空〉とはナニかがワカッテいない/説かれていない/からで、そこで諸々雑多の〈空〉論が説かれることになるのです。ここは「色と空は分けられないものだ 分けてはいけないものだ」としたほうが、次の「色即是空 空即是色」へと簡明につづく論理を生み出すことになるはずです。でないと単に論理は混迷し、解釈 解読の多産は錯綜し、まさに机上の空論になってしまいます。

色は前述した如く五蘊として認識/理解が出来るとして、では〈空〉とはナンなのか。この前後を転じて繰り返される文言「色不異空 空不異色 色即是空 即是色異」は、おそらく釈迦仏陀の〈悟り・発想 発見〉として存在するところの、つまりここが『般若心経』の〈キモ〉なのだとかんがえてマチガイありません。ここで古今東西の坊主たち、また仏教学者の諸々の思想が展開されてきました。そうして、そのことごとくは「ドクサ/dox/思い込み/ワカッタつもり/宗派によるguideline」という程度ゆえに、この教典/教説は、おそらくマチガッテ流布され伝えられてしまったといってイイのです。再度述べますが、ここは『般若心経』のいわば胸突き八丁、正念場です。

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