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2018年11月10日 (土)

塾長lecture ⑨

ここで数式をおもいだしながら〈空〉を定義してみます。

〇〈等式の両辺に同じものを加えたり、両辺から同じものを引いたりすることが許されるのはそのような操作をした結果、両辺がともに「意味」を持つときのみである〉

そこで、「在る」というコトバを「成る」に置き換える操作をしてみます。すると「空とは 色/五蘊 が 色/五蘊に〈成る〉ことである」になります。

主語を換えてみます。

「色/五蘊 は 空において 色/五蘊に〈成る〉ことである」というふうに記述出来ます。

〇〈等号は換言すれば「右辺と左辺が思想的に同じ表現である」という重要な定義でもある〉

この定義に従って「色即是空 空即是色」をわたくしなりに訳してみると

「色は空の表現で在り/表現として成り/、空は色の表現で在る/表現として成る/」になります。 

これは色と空を「分けてはいけない」という最初のルールから逸脱することなく成立します。

 

無無明 亦無無明尽/むむみょう やくむむみょうじん/ 

乃至無老死 亦無老死尽/ないしむろうし やくむろうしじん/

ここは要するに十二因縁による苦しみを謳いあげて、それらを空が救うということが略式に述べられているだけです。

このあたりになると現在の苦しみの原因が前世にあるなど、もはや釈迦の思想の領域を逸脱して釈迦入滅以降の勝手なコジツケ仏教に堕しています。 

こういうものは無視してイイとわたくしはかんがえます。

 

無苦集滅道/むくしゅうめつどう/

これは「四諦」について、それを過去世の因縁のせいにしているだけのバカバカシイ部分ですので、よって無視します。(過去世という〈時〉が設定(規定)不能)

以下、

無智亦無得 以無所得故 菩提 依般若波羅蜜多故 心無 礙 無 礙故 無有恐怖

遠離一切 倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提

故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚

故説般若波羅蜜多呪 即説呪日

これらは訳すほどの価値はまったくナニもアリマセン。何故なら、『般若心経』の宣伝文句の羅列に過ぎないからです。すべて〈般若の智恵〉によって〈空〉は理解出来、そうしてそれが理解出来たら〈般若の智恵〉さえも〈空〉となって仏法の教えを学ぶこともなくなる、で締めくくられています。

最近流行の、テレビ、ラジオの通信販売のご託のようなものです。

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