第三十九回
この「ズッコケ」と、さらに「天晴れ」は井上ひさしさんの発明されたるコトバらしい。井上センセイの初期の作品、主にコントグループの「てんぷくトリオ」の台本に頻繁に登場する。
たとえば「三波、ここでズッコケる」とか、「伊東、天晴れをする」とか、そんな具合なのだが、これは、喜劇役者にとってもlevelの高い「芸」なのだ。
それが証拠に演劇なんぞをやってる連中、つまり役者ですな、そういうのに「えーと、Aさん、ここはズッコケてみて」と演出missionしてごらんなさい。意外どころか当然といってもイイくらい出来る役者は殆どいないのだ。
やってみようとする役者は在る。「はい」と返事してやってみせようとするのだが、まず、十人が十人、「んんっ」と悩む。ハテ、ナニヲやればイイのだ。という顔をする。で、演出家の顔を覗き込むようにして「あのう、ズッコケというのは、どういう・・・」、と、これに演出家も「そりゃあ、ズッコケはズッコケだよ」てなことをいう。つまり、演出家もその技術の詳細についてはワカッテらっしゃらないのだ。
ハナシは横に逸れるが、時代劇の台本に「代官さま、おめこぼしをっ」と書かれたせりふがあって、この「おめこぼし」という意味が演出家も役者もワカラず、そう申し立てたのが女優の役だったので、「ここは、股を開いてもらって、オメコを干すんじゃナイでしょうかね」と演出助手が助言したために、演出家、膝を打って「うん、そうだ。おめこぼし、してもらおう。えーと、お日様はあっち側にしておこう」と、これをヤラセたために女優は降板することになった。(辞退ですナ)
さて、ズッコケだが、これはたいてい読んで字の如しで「ズッ」ときて「コケ」るのが正しいとされている。正しいのだが正式に型が在るワケではナイ。さらに「軽くズッコケ」とか「おおいにズッコケ」というふうにmissionが示されていると、またまたこれが極めて難しくなる。
「ズッ」ときて「コケ」る、のだから「二挙動」の動作なのだが、ハッキリと二つに分かれていてはいけない。この「二挙動」を「一つ」にして演じなければならない。ここに「ズッコケ」の難しさがある。
さて、次なる「天晴れ」だがカタチは決まっている。扇子、扇ですな、これを頭上にかざして「あっぱれ」とやればイイだけなのだが、これもえてして簡単とはいえぬ。これはほんとうのハナシなのだが、とある新劇の老舗劇団(文学座でしたけど)の中堅からベテランの役者さんたちに、この「天晴れ」をヤッていただいたことがあるのだが、軒並み、お出来にならなかった。みなさん、大真面目に「天晴れ」をされる。しかし、それでは面白くとも何ともナイ。ここは「天晴れ」をすることによって眼前の戯言に拍車がかからねばならない。ところが、拍車がかかるどころか「水をさす」ような事態になる。能狂言の天晴れでは困るのだ。てんぷくトリオさんの「天晴れ」でナイといけない。それが、スタニスラフスキー・システムには組み込まれていないらしく、誰も出来ない。
閑話休題。

