第四十回
閑話をしている間に終久門の姿が消えた。
「お頭」
「ワカッテおる。前金で渡した一円はニセ札だ。ニセモノにはニセ札。順当だろう」
「なんだ、気づいてらしたんですか」
「しかし、ニセモノとはいえ、あの終久門という乞食侍、この儂(わし)に〈隠れたるもの〉をお探しかと近寄ってきた。つまり、ナニかを知っているにはチガイナイ」
「とはいえとはいえとは、いえいえ、逃げたじゃないですか」
「すぐに捕まる。この時代、一円は一圓という文字が使われておる。然るにニセ札には一円と印刷されておる。使えば捕まる。今頃は何処ぞの邏卒に引っ張られている頃だ」
「それで、どうするんで」
「儂のかんがえるに、あの小柄のもの、おそらくは密偵か或いはそれを仕事にしていたものだ。つまり、こちらの欲しがっている情報を売りに来たのだ。欲しがっている情報といえば楠木右近のことについてに決まっておる。」
「それが、どうして、トンズラこいたんですか」
「それは、あのものに尋問、詰問、拷問、してみないとワカランが、密偵などと立派な名はあるが、所詮は下ッ引き。ふいに別の販売ルートをおもいついたのかも知れん」
「なんだか、溺れる者は藁をも掴むなんていいますが、お頭、糞でも掴んだじゃナイんですかねえ」
「朱鷺姫の十万両、当初は我が卍組と政府御用達の赤毛結社だけが狙っているという構図だったが、妙な禅坊主くずれまで現れるしまつ、情報が漏れて賞金稼ぎまでが動き始めてきた気配がある。あの終久門もmarketの値踏みをしているにチガイあるまい。さて、邏卒から身柄を奪いに参るぞ」
「へい、合点です」
十 尚尚乱闘続続行(さらにみだれてたたかいはつづいていく)
赤毛結社のアジト。道場らしき板張りの広間で、いましも一文字左近の楠木右近が鍔鳴りについてのlectureが終わったところらしい。
結社の精鋭らしき者が頭数を揃えて、あるものは黙考、あるものは苦渋、あるものは疑問をあらわに、あるものは闘志をみせて、あるものは関節を鳴らしながら、
「要するにっ」と、後方から誰ぞやが声をはっするまで無言だった。
左近はその声の主を観た。切場銑十郎(ぎば せんじゅうろう)だ。隻眼を隠すためなのか長髪で、その髪の先端は細い黒数珠で結ばれている。
「朧からの伝報も途絶えているのだな」
切場銑十郎は鍔の無い黒塗りの長刀を肩に預けるようにして、これを両腕で抱いていた。そのまま、左近をみるでもなく、そういった。
「とはいえ、死んではおらん」
と、左近は応えた。
「あの不知火朧が手を焼くとは、それだけで、その右近とやらの兵法に背筋が凍るというものだな」
とはいいつつ、その言とは裏腹ひれほれに、獲物をみつけた猟師の如く切場銑十郎、この情況を面白がってでもいるような気配さへ感じさせる。