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2018年10月 2日 (火)

第二十六回

「その失血ではあと六十を数えることは出来ぬ。拙者の刀身は心の臓を貫いたのでな」

 と、右近はすでに勝利宣言を発したが、

「いや待てっ、右近。十数えることが出来たら、おぬしなぞ、」

 只飲理兵は踏み耐えて、槍を構えなおそうとした。が、その槍が手からポロリと落ちた。

「なっ、なにぃ」

 只飲理兵はおのれの手首を観た。左右とも半ばまで斬られている。腱が切断されていたのだ。それでは、槍を持つことは不可能だ。

「いつのまに、おっ、おそる、べし」

 只飲理兵の伏したとき、すでに右近の背は遠ざかっていた。 

 

 ほんとうの達人は、一文字左近のように相手の力量を識るすべを持っている。推し量るにチガイはナイが、勝負の世界は、驕ったものが負けだ。そうして、負けは即ち死を意味する。古に名を遺す剣豪もまたそうだった。死なぬためには敵手に勝たねばならない。この単純明快な真理。勝てなければその闘いは避けねばならない。しかし、避け得ぬ闘いというものは在る。

 北辰一刀流の始祖、千葉周作の有名な逸話がある。まったく剣など持ったことのナイものが、仇を討つために周作に必勝の方法を訊ねたのだのだ。このとき、このものは仇討ちを成し遂げるのだが、千葉周作のadviceは、後の武道研究家によると、おそらく「肉を斬らせて骨を断つ」だったのではないかといわれている。

 つまりは相討ち覚悟ということなのだが、相討ちでも、仇に致命的な一太刀を入れねばならない。何処を斬らせて、何処を斬るか。それはかなり難しいことだ。

一文字左近は逡巡する。右近の鍔鳴り、果たして相討ちにまで持ち込むことが出来ようか。

これまでの見聞では、どのような巧みな類まれなる仕掛けも、右近によって無効化されている。敗れたものが抱くおもいは一様だ。何故、負けたのかがワカラナイ。これに尽きる。

と、このとき、盲点ともいえる矢の的がふいに左門の脳裏に浮かんだ。

~待てよ。奇奴を雇ったのは、たしか元松阪藩家老の北司伊右衛門。かの元城代は奇奴が何者か識ってコトを運んだのか。さすれば、〈隠れたるもの〉の正体を識っているのは、北司ということになる。射る矢は同じでも的は変えることが出来る。~

ずいぶんと狡猾な考えではあったが、たしかに、そのとおりといえなくもナイ。一文字左門は、その標的のVektorを、北司伊右衛門に転じた。(Vektor、ドイツ語は一単語を記す場合すべて頭は大文字で書く)。

 

 

 

八、密命狗千里(みつめいせんりをはしる)

 

 まったくアテのナイ道中だった。朱鷺姫が何処に在るのか、未だに簪の謎が解けぬままだったこともあるが、イチバンの理由は楠木右近がいわゆる〈方向音痴〉だったからだ。(ほんとうのほんとうは、作者が朱鷺姫やら簪やら財宝やら、そんなことにはちっとも興味を持っていないということなのだが、とりあえず、ここは、それを誤魔化すために、〈方向音痴〉というもっともらしい・・・というほどもっともらしくはナイが・・・そういうことにしておく)よって、〈方向音痴〉、これだけが楠木右近の欠点といえばそういえた。何故、そのような欠点が在るのか、もちろんそれなりの理由もあるにはあったが、そうして、それは〈隠れたるもの〉ゆえの特徴ですらあったのだが。(おっ、もっともらしくなってきた。書いてみるもんだな)

右近は西へ西へと歩みを向けていた。もちろん、西へ、の、根拠などはナイ。

 その後を、陰に陽に薩摩白波衆の残命となった団 衣紋と菊間佐野介が追っていた。こちらも右近を尾行していれば、着くべきところへ着くだろう、そこで首尾よく〈お宝〉が奪えればという、少々狡賢い戦術だったことは否めない。いい加減にみえるが、情報のあふれている現代とは世界がチガウ。

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