第三十二回
「眠狂四郎の円月殺法も禅から学んだものだ。妖剣といわれているが由緒は正しいのだ。円月殺法は催眠術の応用だが、応用だけで催眠術のようなまやかしでもナイ。あれは、真のココロのワザだ。おぬしの不動術もその応用にしか過ぎぬが、単に応用。褒めるほどのものではないが、応用だけだとしても常人がこれを会得するには三年はかかる。坊主がよく修行したナ、とは、いっておいてしんぜる」
「てめえっ、なっ、何故、おめえに、不動術が使えるっ」
「申したではナイか。いまここで会得したと」
「そんなことが出来るっうっうっ・・」
「ワケがナイとは、そちらの勝手な思い込みにしか過ぎぬ。常人ならば三年はかかるが、私ならば三年も一瞬も同じこと。さて、羽秤亜十郎とやら、その背中の大刀が抜けるようになったらまた相手になろう」
「なっ何ィっ」
「どうやら、お次の番というのがお待ちのようなのでな」
そういうと右近は地面に伸びる羽秤亜十郎の影をみつめた。
「影に潜むとは忍びの技か。にしても、めずらしい技だな、女」
羽秤亜十郎の影だけが、むくむくと起き上がってきた。
それが黒ずくめの装束の女だということがワカルのに、ほんのわずかの時間を要したが、
「朧十忍が一、影隠れ。よくぞ観抜いた。さすがは楠木右近」
真っ黒なのっぺらぼうとでもいえばいいのだろうか、いや、紅い唇だけが動いた。
「影に隠れるから〈影隠れ〉とは、まんまの名付けだな。そうそう、そういう忍法は、すでに山田風太郎老師の『忍法八犬伝』で用いられているぞ。まあ、それはイイ。この物語だとてヤマフーさんの真似ごとだからな。さて、隠遁の術が得意とみえるが名を聞こう」
「不知火朧(しらぬい おぼろ)、そう、名乗ってはいる」
「赤毛結社が新しく雇った女忍者だな。十通りの奇態な術に長けているという、忍び世界のlegendだそうだが、さて、拙者のまえで、そのうち幾つが使えるか試してみるがよかろう」
なんという高慢。自信というより高慢チキではないか。コーマンなんて、いまどき芸能界でも使わないslangだが、ふと過ったので一応書いておくけど何の関係もナイ。
すこうし、朧の紅い唇が引きつったようにおもえた。もちろん、高慢という感情の前に、右近のresearchの行き届き方に少なからず驚いたからだ。しかし、高慢。右近の挑発的、嘲笑的な言動に対する憤怒のほうが多かったにチガイナイ。
そのとき、羽秤亜十郎が背中の刀を抜いた。右近による不動術が解けたらしい。
つまり、右近は、この二人を同時に眼前の敵にしたことになる。
「では、ご覧にいれましょう。さて、幾つまで朧十忍をその眼で観ることが出来るか、右近どの、お試しあれ」
との、コトバと同時に、朧の影が増殖を始めた。ひとつの影からもう一つ、さらにもう一つ。
「朧十忍の一、不知火舞影(しらぬいむえい)」

