第三十七回
一方、女忍の朧と、羽秤亜十郎はふいに対峙する羽目になった。それには幾つかの理由がある。
まず、両人とも楠木右近を倒すために、かの闘争のさい、ともにあった敵の剣技、忍法らしき術技に興味以上のものを感じていた。つまりは双方の術が双方の何らかのmissによって右近に利用されて敗れたワケなのだから、まず、両者の技量を計らねばならないという思いがあった。右近を倒すために、そういう段階をも踏まねばならぬという同じ算段を、朧も羽秤亜十郎もalgorithmしていたのだ。
次に、双方ともが刺客ゆえ、その行動、営為の活動時空は似たようなものになる。この二人の遭遇する確率は高いといわねばならない。
さらにいうならば、この両人、一度、相対して頂くとオモシロイという作者の趣味、趣向だ。
「追ってきたのかえ」
と、人里を離れた山道を下りながら振り向きもせずにいったのは朧のほうだった。
「そういうワケでもナイが、結果的にそうなったナ。なにやら、オレとあんたと、かんがえていることが同じような気がしていたのでネ」
例によって剽軽に羽秤亜十郎は朧の背中にコトバを投げた。
「双方がおもうことといえば、あの楠木右近を倒すことに尽きようが、では、私からおまえに質すが、よろしいか」
「なんなりと」
「あの戦いのとき、汝の放った刀剣は何故にcurveを描き、それが私の無数の影の中の実体に飛んできたのかえ。それは、おぬしの仕業というのに非ずとしても」
「ワカランね。それをオレもあんたに訊こうとおもっていたところさ。あれが右近の用いる鍔鳴りとやらの兵法の一つならば、直截の刺客のあんたのほうが研究しているだろう」
ほほほっと、顎をしゃくって朧が笑った。
「オモシロイ男じゃの。たしかに事前researchはしてみたが、楠木右近については、その氏素性、鍔鳴りという剣技、なにからなにまでワカラナカッタといっていい」
「つまり、あんたの戦略としては、十忍を一つ一つ仕掛けていって徐々に右近に近づこうとしていたワケか。けれども、いまとなっては、そのどれもがアヤツに通ずるとはおもえない、といったところか」
「侮るナっ。そこまで卑屈ではナイわっ」
朧は振り向いたが、当然、そこに羽秤亜十郎の姿はナイ。陰身の法でいずこかに潜んでいるのだ。もちろんそんな術は朧にとって何の障害にもならない。
「いま、其方を撃たぬは無駄に我が術を披瀝したくナイゆえ。命拾いをしているとおもいや、若いの」
気づくと、いつの間にか羽秤亜十郎の襟元に吹き針が刺さっていた。朧のものだ。
「なるほど、朧十忍、おそるべしか」
だが、その朧も己れが忍び装束の帯が一寸ばかり斬られているのに気がついた。いつの間にかは知れぬが羽秤亜十郎の仕業にチガイナイ。
「女衒坊主、やるな。だが、双方、これだけの陰行の術をもってしても、あの右近には手玉にとられた。不思議なのは、あの右近とやらに空(す)キがナイとはいえぬことだ。いつ、何処からでも仕掛けられる気がしてならぬが、仕掛けると、」
「逆に斬られるというワケだ、ナ」
「柳生新陰をはじめ、一流の流派には後の先がある。あの右近の鍔鳴り、後の先にはチガイナイという見得(けんとく)はあるにはあるが、同時に私と其方の両方の後の先をとるとは、かんがえられぬ」
「しからば一度、同時にヤル、なんてことはprideがゆるさねえな」
「あたりまえだ」
「では、何れが先に右近を倒すか、あるいは倒されるか。どっちにせよ地獄に向けての競争になりそうだな」
そのコトバを最後に二人の気配はかき消すように無くなった。

