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2018年10月 5日 (金)

第二十八回

 左近は、元松阪藩城代、いまは寺の住職に甘んじている北司伊右衛門の庫裏で、その運の無さに遭遇していた。

 一文字左近が、北司伊右衛門の住処である古寺をつきとめ、そこに忍び込んだまでは彼の作戦(というか思惑)どおりだったようだ。しかし、

 しかし、そこには先客が在った。これが想定外の運の悪さというワケだ。

 先客は楠木右近ではナイ。剃髪に作務衣からして、寺社にでも務めている修行僧かのようにみえるが、そうではない証拠に背中に大刀を備えている。つまりは剣客。その剣客が、北司と対峙しているのを左近は観たのだ。

 二人は懇談しているワケではなく、北司の額に浮かぶ玉の汗から推し量ると、作務衣のほうが何か難題をふっかけているといったふうにみえた。

 左近は庭の灌木に潜んで、耳を尖らせる。

「だから、単純明快なハナシだろ伊右衛門さん。朱鷺姫とやらを斬るか、楠木右近を斬るか、どっちかだといっているのだから」

 そう、左近は聴いた。聴いて、~何者~と、眉間に皺を寄せた。右近を斬るとはどういうことだ。あれは、新しい敵なのか。少なくとも卍組にはその顔をみたことはナイ。

「そのようなこと、ここで申されても、拙僧には答えられるワケがナイ」

「じゃあ、何処で申せばイイのだ」

 作務衣は立ち上がると、すたすたと、庭が一望出来る縁まで出てきた。

「ここで、あの灌木に隠れている御仁にも聞こえるように申そうか」

 左近は、おのれの刀の柄に手を置いた。潜んでいることを見破られている。

「おい、貴公、鍔鳴り剣法を使う、ナンタラとかいう野郎だな。なんなら隠れたままで柄を叩いてみたら、どうだ」

 憎たらしいことをいう。挑発にはチガイナイが、小馬鹿にされている。一文字左近ともあろうものが、だ。

「いわれるまでもナイ」

 こうなったら、と、左近は灌木から姿を現した。そうして、柄を拳で、

「んんっ」

 叩こうとはしたのだが拳が柄に届かない。つまり、片手が動かない。これはどうしたことだ。一文字左近、狼狽す。

「動かねえんだろ。アタリマエだ。動かなくさせているのはおいらだからナ。これがおいら、羽秤亜十郎(はばかり あじゅうろう)の兵法、傾斜流不動術ってヤツさ、おぼえておきナ」

 羽秤亜十郎、何者っ、と、思案、憤っている場合ではナイ。一文字左近、一寸も身動きが出来ない。しかしながら、なるほど、こうすれば、右近の鍔鳴りも防げるということか。と、この男らしく、しっかり経験学習はしている。

「斬られるとでもおもってるのかい。冗談じゃねえ、おめえを斬っても一文にもならねえ。そういう割に合わないことには手を染めないのが、羽秤亜十郎さまだぜ、ハハハ」

 今度は、笑われている。おのれっ、とはおもうが、カラダが動かない。これはいったい、なんだかワカラン兵法者ばかりが登場し過ぎではないか。左近、今度は、批評まで始めている。

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