第三回
二、簪宝朱鷺姫(すさぎひめたからのかんざし)
袈裟こそ身につけてはいないが、僧侶姿は先程の城代であろう、右近と呼ばれた巴紋の武士と向かい合いながら座している。
庭の東屋ではなく、寺の庫裏にしつらえられた、簡素な茶室だ。茶釜からの湯気だけが音も無く二人を包んでいる。
「この寺はたまたま住まいにしておるだけで、このような茶室があったものでの、このようなことを始めた、いわば真似事。習い覚えた茶の道ではござらぬのでな、表も裏もワカラヌ見よう見まねでござる。しかしながら、大事の頼みごとに酒というワケにもいかぬゆえ不作法はお許し願いたい」
質素な素焼きの碗を右近の前に、すうっと滑らせるかのように静かに差し出した。
「こちらも無調法。あいにく剣を振り回すこと以外は知らぬ無骨者ゆえ、お許しねがいたい」
と、それらしく片手で碗を手にした。そうして、
「茶が裏であろうと、表であろうとかまわぬが、大事の依頼に裏表、あってはならぬぞ」
伏せ眼だが、それでも眼光が感じられるこの男、碗を口に運んだ。
城代は右近の膝の右に置かれた剣に目をやると、
「その太刀、鍔に鈴が根付のごとく結わえられておるが、先程の暗闇での鈴の音は、それでござるか」
と、問うた。
「さて、どうかな」と、これには、右近、含み笑いで応じた。
「如何に暗闇といえども、お手前がその刀をいつ抜いて、どう斬ったのか、拙僧にはみえなんだ。これでも、元は武士の端くれ、腕前も流派も自慢出来るものではござらぬので、口には出来申さぬが、闇に目の効く忍びの者すら、いつ斬られたかわからずに倒されたようだったが。あれが、噂の〈鍔鳴り〉の技とすれば、秘剣と称されるだけのことはござるな」
「あのような手踊りをお褒めにあずかって恐縮だが、秘剣といえども、すでに、この時世にあっては無用の長物。もはや誰に伝えることも無意味な技でござるよ」
「なるほど、それは然り。では、最後の仕事と思うて、当方の頼み、お聞きくだされ。それがしが城代を務めた松阪藩は十二万石の祿高といえども、実質は八万石足らずの雑穀でござってな、そこで、先達は養蚕と、畜牧、さらには医療用の薬草の育成によってこれを補ってまいった。ところが、この補祿のほうが米の石高を上回り蓄えになりもうした。特に取り締まりの殆どなかった薬草と養牧の産高で、おおいに潤った。維新直前に外様であった我が松阪は、持てる小判を全て溶かし、これを金塊に換え、およそ十万両相当の財を蓄えることが出来もうした。維新となり、新政府に没収されることを逃れるためでござる。この財の隠し蔵の場所は大殿の孫娘、朱鷺姫にのみ伝えられておりまする」
ここまで、釜の湯気を眺めながら話すと、剃髪の元城代は、穿つように右近に眼を向けた。
「で、その朱鷺姫とやらの身辺が、昨今、危険に晒されていると、おっしゃりたいのだな」
右近、碗の茶を飲み干すと、畳に置いた。
「見事なお察し」
僧は碗を下げた。
「事の成り行きから察したまで。で、十万両、朱鷺姫の敵、その刺客というのは」
「はっきりとしているのは、次の二つ。幕府の飼い犬の残党、いまは強盗集団と成り果てた、くずれ忍びで、卍組と称しておる。いま一つは新政府の密偵組織で、何故か、髪の毛を赤く染めておる赤毛結社と名乗る手練の集。この二つ」
「くずれ忍びの強盗集団に、新政府の密偵とは、いずれも十万両に群がるに相応しい喰わせ者だな」
そんな右近の冗談めいた口調に、一息ついたか、やおら城代は懐から簪を差し出して、右近の前に置いた。
「朱鷺姫の居場所、この簪が導いてくれましょう。礼金は朱鷺姫自らが守りたる十万両より、お好きなだけおとりになるとよい」
右近は、簪を手にとると、古物商にでもなったかのように、じっと、それを眺めたが、
「珊瑚に翡翠をあしらった簪。これは粋な判じ物。で、朱鷺姫とやらはお幾つでござるかな」
逆に、お宝のことなど意に介さぬ、といったふうに、そう問うた。
「かぞえで十五」
「お年頃でござるな」
「お引き受けいただけるか」
右近は簪を懐に仕舞うと、
「諾(うなべ)いて、お引き受けいたそう。而(しかして)、その根拠を二つ申しあげる。先程から血の臭いがしておるが、城代、そなた、陰腹を召されてらっしゃいますな」
「おわかりでござったか」
城代の片手が己が腹を軽く押さえた。
「さて、もう一つは、先程からこの庫裏の屋根裏に忍んでおるもの一人、在り」
と、刀の柄を軽く叩くと、鈴の音がリイイ~ンと庫裏の闇に響き渡った。
その音に驚いたワケでもあるまいが、黒い衣の男が天井辺りから降って来た。男は古畳に着地ざま、抜刀すると、右近に斬りかかった。一太刀、二太刀。だが、これはまったくの無駄骨に終わったようだ。右近、傍らの太刀をいつ抜いたか、いつ斬ったか、黒装束はその場にのめって伏した。
「これはっ、」
「お試しの続きではござらぬようですな」
「戯れたことを」
城代はおもわず立ち上がる。
「庫裏の茶室を汚さぬよう、血が流れぬように斬りもうした。何れの手の者にせよ、すでに拙者が敵の標的となったことは明白。ご依頼の仕事、急がねばなりませんな」
なるほど、畳の何処にも血飛沫はみえぬ。
「この陰腹にかえて、お願い申し上げる」
が、こちらは血が滲み出している。
「とはいえ、血の臭いからして、そりゃあ、腹に仕込んだ牧畜の馬肉のものですな」
右近、微かに笑った。
「えっ、バレておりましたか」
「馬肉ゆえにサクラに使われましたか。まあ、よろしいことにしておきましょう。せっかく幕末を生き延びたニンゲン、そう簡単に死んではイケマセンからな。しかし、覚悟のほどはわかり申した。では、そのお年頃の姫を探すといたしましょうか」
「ありがたき、おことばでございます」
城代は、坊主頭を畳みに擦りつけた。
「に、しても、拙者をお選びになった理由は、如何に」
「右近どのは、〈隠れたるもの〉と、聞き及んでございますれば」
「〈隠れたるもの〉、なるほど、そう称されることも、あるにはあるが」
右近の笑みは苦笑いともおもえた。(つづく)

