十四回
その鍔鳴りの最中にsceneは移る。
アタリマエのことだが、鎖鎌は敵対する相手に距離をとらねば戦えない。しかし、敵対する楠木右近は団 衣紋のすぐ傍らから離れない。左右に動くどころではナイ。飛ぼうが、転がろうが、まるで背後霊のように寄り添っているのだ。
振り向いても、振り向いても、右近は背中に在る。いったいこんなことが、いやそれよりも、これはどうすればイイのか。団 衣紋は焦りの色が隠せない。
「なな、何故だっ。如何なる術、兵法を用いている」
それが叫び声になった。
「術でも兵法でもナイ。これが鎖鎌を封ずる最善の手段だということは、おぬしも察しているはずだ。いうておく、おぬしはすでに、秘剣鍔鳴りの中に在る」
「ワッ、ワカラン」
「ワカッテもらおうとはおもわぬ。もちろん、ワカルものでもナイ。ワカッタところで、おぬしに成す術はナイ」
団 衣紋の焦りはここで恐怖に転じた。
「た、戦え。まともにヤロウじゃナイか、右近。尋常に勝負せい」
「尋常な勝負。奇怪(おか)しなことをいうときではあるまい。古今、勝負は勝ちと負け。その何れかに決まっている。そうして、おぬしに勝ち目はナイ。おとなしく負けを認めれば、離れてもやろう」
冗談ではナイ。団 衣紋もまた剣客。離れたときは一太刀あびせられていることくらいは承知している。では、参ったとでもいって土下座すればイイのか。まさか、道場剣術でもあるまいし。
と、このとき、何処からか、団 衣紋に向けて手裏剣らしきものが飛来してきた。団 衣紋は、それを分銅で叩き落として、
「何者っ」
「俺だ」
と、団 衣紋のその声に向かって、駆け寄ってきた者がある。あの、〈薩摩 白波五人衆〉の中にいた一人、菊間佐野介と名乗ったオトコだ。
「おう、菊間佐野介ではないか。どうしてここへ」
「それより、団 衣紋どのは、何をしてござるのだ」
「何をと・・」
振り向いたが、右近の姿は無い。
「いや、その、つまり。それがしは、楠木右近との戦いの最中だったのだが」
たしに、そのはずだった。
これは恥ではナイか。そう、団 衣紋は感じ取った。菊間佐野介は周囲をみやると、
「右近とやらは、何処に在る」
と、問うた。
「今し方まで、それがしの鎖の、いや、背中に、いや」
「団 衣紋どの、しっかりされよ。うぬは、我らが首魁ぞ」
だから、恥だとおもったのだ。
「拙者が、手裏剣を投げなければ、団 衣紋どのは、何やら鎖をぶんまわしながら、崖へ崖へと、あたかも、誘われて、そのまま、」
体よく右近の術中で踊らされていたらしい。
「鍔鳴りとやらの兵法、侮っていたわ。しかし、団 衣紋ともあろうものが、そのような瞞(まやか)しやら、妖々な怪しき術に落とされるとは、おもいもせなんだ」
なんとか、イイワケを繕った。
「では、噂に聞く、鍔鳴りの秘剣とは、そのような催眠の、」
「いや、そんなものに陥るワシではナイ」
「然らば」
「わからぬ。ワカランが菊間、彼(か)の兵法、鍔鳴りとやら予想に違わぬ恐るべき剣ぞ。油断めさるなよ」
油断していたのは、もちろん団 衣紋なのだが。
而(しかして)、右近は何処に。
岩礁にぶつかる波の音だけが騒がしい。