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2018年9月18日 (火)

十四回

 その鍔鳴りの最中にsceneは移る。

 アタリマエのことだが、鎖鎌は敵対する相手に距離をとらねば戦えない。しかし、敵対する楠木右近は団 衣紋のすぐ傍らから離れない。左右に動くどころではナイ。飛ぼうが、転がろうが、まるで背後霊のように寄り添っているのだ。

 振り向いても、振り向いても、右近は背中に在る。いったいこんなことが、いやそれよりも、これはどうすればイイのか。団 衣紋は焦りの色が隠せない。

「なな、何故だっ。如何なる術、兵法を用いている」

 それが叫び声になった。

「術でも兵法でもナイ。これが鎖鎌を封ずる最善の手段だということは、おぬしも察しているはずだ。いうておく、おぬしはすでに、秘剣鍔鳴りの中に在る」

「ワッ、ワカラン」

「ワカッテもらおうとはおもわぬ。もちろん、ワカルものでもナイ。ワカッタところで、おぬしに成す術はナイ」

 団 衣紋の焦りはここで恐怖に転じた。

「た、戦え。まともにヤロウじゃナイか、右近。尋常に勝負せい」

「尋常な勝負。奇怪(おか)しなことをいうときではあるまい。古今、勝負は勝ちと負け。その何れかに決まっている。そうして、おぬしに勝ち目はナイ。おとなしく負けを認めれば、離れてもやろう」

 冗談ではナイ。団 衣紋もまた剣客。離れたときは一太刀あびせられていることくらいは承知している。では、参ったとでもいって土下座すればイイのか。まさか、道場剣術でもあるまいし。

 と、このとき、何処からか、団 衣紋に向けて手裏剣らしきものが飛来してきた。団 衣紋は、それを分銅で叩き落として、

「何者っ」

「俺だ」

 と、団 衣紋のその声に向かって、駆け寄ってきた者がある。あの、〈薩摩 白波五人衆〉の中にいた一人、菊間佐野介と名乗ったオトコだ。

「おう、菊間佐野介ではないか。どうしてここへ」

「それより、団 衣紋どのは、何をしてござるのだ」

「何をと・・」

 振り向いたが、右近の姿は無い。

「いや、その、つまり。それがしは、楠木右近との戦いの最中だったのだが」

 たしに、そのはずだった。

 これは恥ではナイか。そう、団 衣紋は感じ取った。菊間佐野介は周囲をみやると、

「右近とやらは、何処に在る」

 と、問うた。

「今し方まで、それがしの鎖の、いや、背中に、いや」

「団 衣紋どの、しっかりされよ。うぬは、我らが首魁ぞ」

 だから、恥だとおもったのだ。

「拙者が、手裏剣を投げなければ、団 衣紋どのは、何やら鎖をぶんまわしながら、崖へ崖へと、あたかも、誘われて、そのまま、」

体よく右近の術中で踊らされていたらしい。

「鍔鳴りとやらの兵法、侮っていたわ。しかし、団 衣紋ともあろうものが、そのような瞞(まやか)しやら、妖々な怪しき術に落とされるとは、おもいもせなんだ」

 なんとか、イイワケを繕った。

「では、噂に聞く、鍔鳴りの秘剣とは、そのような催眠の、」

「いや、そんなものに陥るワシではナイ」

「然らば」

「わからぬ。ワカランが菊間、彼(か)の兵法、鍔鳴りとやら予想に違わぬ恐るべき剣ぞ。油断めさるなよ」

 油断していたのは、もちろん団 衣紋なのだが。

 而(しかして)、右近は何処に。

 岩礁にぶつかる波の音だけが騒がしい。

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