第十一回
いま一度、赤毛結社の本拠と思しき場所、あの奥の間へもどる。
何処からともなく聞こえる、寄る辺なき声が、いま、座しているものと、帯刀して立っているものの二人になった座敷に暗く響いた。
「センガンツウ、ヲ、ヨベ」
「千眼通でございますな」
座しているものが応えた。
「なるほど、それなら、拙者も観たい」
左近も頷く。
しばしあって、茶坊主に手を曳かれながら、盲いた老人が白装束で現れた。
「初陣は天下分け目の夏の陣、齢、もはや数えず、されど衰えず。千眼通、罷り越しました」
「楠木右近の戦いぶりが観てみたい。おそらくご支配さまも、そうでござろう」
そう、左近が白装束の老人に命じた。
ご支配さまと左近が呼んだのは、寄る辺なき声の持ち主のことだろう。
千眼通、というのは、白装束の老人が用いる何らかの術、技とかんがえていいようだ。
「楠木右近、ふむ。くすのき、うこん」
そう、右近の名を二度唱えると、老人は、骨と皮だけになった二の腕を差し出した。掌は上に、何かその掌に乗せているようなふうに観てとれるが、とくに、何もナイ。
とくに何もナイ、のだが、老人の身躯だけは小刻みに震えている。
「んっ」
と、声を発したのは、左近だ。続いて、座したものも、同様の声を発した。
「うん、さすが、千眼通っ、みえてきたぞ」
左近、今度はそういって、眉間のあたりに手をあてると、頷いた。
これが、「千眼通」という、術、あるいは技なのだろう。何かが二人の脳内で、像となってみえているにチガイナイ。テレパスとはやや異なるがcategoryは同じらしい。
「千眼通」、その奇妙な儀式は小半時ほど奥の間の座敷を占領した。
やがて、老人の手がその儀式のオワリを告げるかのように、畳の上に落ちた。
「如何、か」
息がだいぶ荒くなっているが、絞り上げる声で老人は、問うた。
「左近どのは、どうでござった。拙者には、何故、同志の剣が空を斬っているのかがワカリ申さんが」
座したものは、左近に問う。
「いや、あれが、鍔鳴りだ。同志たちは、確かに右近を斬っているのだ」
「斬っているのですか」
「ああ、斬ってはいる。しかし、袈裟懸けも、逆袈裟も、抜き胴も、斬ったとき、右近はその場にはもう、おらぬ」
「見切っているとでも」
「見切っているというより、躱しているといったほうがよい」
「躱している」
座したものは疑問をあらわに、怪訝な面持ちをみせた。
「ワカラヌのも無理はナイ。同志たちが斬っているのは、ほんの一瞬前の右近だからな」
「ますます」
「ワカランのも無理はナイ」
と、左近は、座しているものの表情とは、まったくチガウ、何やら嬉しくてたまらないといった顔をしている。
「これは、楽しみになってきた。拙者の鍔鳴りと、右近の鍔鳴り、如何に、相成るや」
そうして、堪えきれぬといった笑い声が、左近の喉からこぼれた。
果たして一文字左近は、秘剣鍔鳴りの秘密を見破ったのか。
どうも、そうではナイらしいということが後ほど判明する。この一文字左近、なかなかのハッタリ屋らしい。

