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2018年9月15日 (土)

第十二回

  しかして、その右近。

 眼下に海を眺める険しい崖に、吹きつける風を全身に浴びるように受けながら、毅然とした面持ちで立っていた。

「つい、数年前、あの海の向こうに幾つもの文明を持つ数多の国のあることを、この国の若き獅子たちはそれぞれの思いの中で描いたのだな。その広きココロもいまは何処に、ありやか。開化とは笑止。のう、そうは思わぬか」

 誰に話しかけたのか、たしかに、それは独り言ではなく、その右近の呟きを聞いているものが在った。ただし、呟きを聞くために、そこに在ったワケではナイ。

「赤毛か、卍か、どちらに属しているのか知らぬが、命知らずも生きているうちにいえる戯れ言と知れ。拙者の命、そう簡単にくれてやるワケにはいかぬ」

 すでに、鈍く唸る音が右近に迫っていた。

「分銅、ほう、鎖鎌か」

 そうはいったが、右近、振り向こうともしない。

 鉄塊の一撃が右近を襲った。

 鎖鎌の分銅は、相手の刀に巻き付けるために在るのではナイ。むしろ、巻き付けられたら鎖鎌の負けだ。分銅と鎖の部分を敵に奪われたことになる。鎖で相手を引き寄せるなどということは力学的に無理だ。刀の側が、鎖の動きを決めてしまうだろう。従って、ほんとうに相手を封じようとするなら、相手のカラダに鎖を巻き付けるようでなくてはならない。相手の腕、足、手首、そこに巻き付けるなら、勝てる確率はかなり高くなる。しかし、そんなことをやすやすと許す武芸者は、そう、いるものではナイ。

分銅は、もともとは、天秤秤で重さを計るさいの計量具だった。これを鎖の先端に取り付け、あるときは地を撃って敵の立ち位置のバランスを欠き、回転させながら分銅で打撃を狙う。またあるときは分銅を真っ直ぐに飛ばして飛び道具のように相手を攻撃する。つまり、鎖鎌の分銅とは、二種の攻撃武器を一つにした武具といえる。

 まだ名乗りもしない敵の分銅は正確に右近の頭蓋骨、その後頭部に飛来した。

 が、右近の髪の毛一本に掠ることもなかった。さぞかし、鎖鎌を用いた敵は驚いたろう。たしかに鉄塊は右近の頭蓋を直撃したはずだ。と、そうおもっただろう。しかし、右近の鍔はすでに鳴っていたのだ。

 唸りと分銅の回転が起こす旋風の中で、

団 衣紋と申す。〈薩摩 白波五人衆〉が、ひとりと心得よ。楠木右近、相手めされい」

 鎖鎌の男の、そう叫ぶ声が聞こえた。

「やっと、名乗ったか」

 右近も、ようやく敵のほうに顔を向けた。と、敵の相好がくずれた。右近を観て笑ったのだ。

「何を笑う」

 いかな右近といえど、これには少々憤慨したらしい。

「いやいや、楠木右近、ゆるせ。それがし、さまざまな剣豪、達人と戦ってまいったが、みなそれなりに、それなりの顔つきでござったよ。されど、右近さんよ、あんたの顔、イケメンというのではナイな」

 これは、分銅の一撃よりも強く右近の胸を抉った。

「むしろ、なんつうかな、主役を演ずるには、なんつうかな」

「みなまでいうな。こういう顔の主人公があっても、不思議ではあるまい。たしかに、劇画的ではなく、いうなればマンガ的だということは、本人がもっとも承知している」

 剣の達人でも、顔の造作にケチをつけられることにココロ穏やかになれぬのは、人の子ゆえ。

「その顔は、それがしのような敵を欺く作戦か」

 これも、揶揄にチガイナイ。まったく予想だにしなかった陽動戦術。

「生まれつきだっ」

 右近の怒声に、鎖鎌の敵は破顔した。が、その間に、右近の姿が視界から消えた。

「えっ」

「ここだ」

 先程の怒鳴り声とはうって変わっての、右近の静かな声は、団 衣紋の耳元で聞こえた。右近は、鎖を回転させる団 衣紋に寄り添うように立っている。

「少々、愚弄が過ぎたな、鎖鎌。猿飛佐助も痘痕面だったことを知らぬのか」

 それは初耳。とはいえ、右近の顔面がアバタだらけというワケではナイ。寸尺で計れば、多少は身長とのbalanceからいって顔が大きいという程度なのだが、そうして、これは時代劇役者にとっては必要条件なのだが、あいにく、右近は役者ではナイ。ではナニモノかということについて、sceneはそのresearchに喧しい、かの赤毛結社、奥の間にまた戻ることになる。

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