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2018年9月 8日 (土)

第五回

 柳生石舟斎との逸話は、いま書いてしまうと少々、今後の展開に支障があるので、例の茶髪との対決にハナシをもどす。

「わっしのことはおわかりと思うが」

と、赤毛の着流しがオノレの頭を撫でて、悪戯小僧のように微笑んだ。

右近は、その微笑に苦笑を以て応えてみせた。

「赤毛結社の御仁だな。一目瞭然、髪の色をみればワカル。というかワカリヤスイなあ。しかし、その理由はさっぱりワカラヌ」

「ナニ、ホレ、いまこの国でふんぞりかえっている、外人たらの赤毛ものを揶揄しているだけでござるよ」

「なるほど、新政府のように、外国のものに腰を低くはせぬという、心意気というワケか」

着流しは、右近のそのコトバに大きく頷いてみせた。

「左様。では、もはや問答無用、参るぞっ、楠木右近。赤毛結社、羽儀蝉丸(はぎせみまる)。この名、覚える必要はナイ。何故なら、お主はここで地に伏すゆえに」

「もとより、覚えはせぬが、地に伏したくもナイ」

両者が間合いに入った瞬間、蝉丸と名乗った剣客の居合が放たれた。右近はこれをたやすくした。

蝉丸、抜刀したまま暫し、呆気にとられていたが、剣を鞘に収めると、

「なるほど、噂どおりの使い手だな。わっしの抜刀を刀以外であしらった者は、お主が初めてだ」

「ふつうなら血飛沫があがっていたというワケだな。残念だったな」

 今一度、羽儀蝉丸の右手が仕込みの柄に乗せられた。

と、同時に右近の鍔の鈴が鳴った。

それが合図でもあったかのように、こんどは両者がほぼ同じ速度ですれ違った。

「勝負っ」

蝉丸の仕込みは瞬速で抜かれ、右近を胴斬りに払った。

たしかに蝉丸は、そのごとく斬り込んだようなのだが、すれ違って振り返ったときには、夢でもみているのか、といった顔だけが残った。

蝉丸の仕込みに網代笠がぶら下がっているだけで、抜刀したアトがみられないのだ。

「これは、どういうことだ」

 夢みる顔が驚愕に歪む。

「どういうことだ、も、そういうことだ」

 平然として、右近がその顔につぶやきを投げた。

「まさか、たしかに、一太刀浴びせたはずだ」

 今度は幽霊でもみるかのような表情で、蝉丸、右近をみた。

「そういう夢でもみていたのではあるまいかな」

 しばし、蝉丸とその仕込みは沈黙していたが、唸るような声が蝉丸から漏れた。

「なるほど、よくワカッタ。秘剣鍔鳴りとはかくなる剣法か。しかと覚えて、」

 が、その声もここまで、蝉丸は、なんの支えもなく真っ直ぐ前に棒のごとく倒れ伏した。

「覚えておく必要はあるまいが、秘剣鍔鳴り。これと交えて、この世でそれを覚えておる者など、未だひとりとしておらぬ」

いつ抜いたのか、右近の刀は右手に抜かれてある。右近はそれを鞘に収めると、網代笠をかぶりなおした。

着流し、羽儀蝉丸は地に伏して、もはや、動かない。

右近が去っていくと、おそらくは忍びの組織、卍組のもの、三名。現れはしたが、頭らしきものが、アトの二人のイキリを制した。

「お頭、何故っ」

「まあ待て、いま襲っても斬られるだけだ。観たであろう、あれが楠木右近の秘剣鍔鳴りだ。あの赤毛の男にしてみれば、たしかに右近を斬っているのだ。しかし、じっさいはそう思い込まされているだけだ」

「すると、何か、瞬間催眠の法でも」

「鈴の音で相手を催眠状態にするには、闘うまえに、そうなるような仕掛けが必要だ。それは我が忍法にも似たような術がある。しかし、武士である、かの右近が、相手にそのような術を使ったとは思えん。それに我々も観たであろう。あの赤毛の仕込みは確かに右近とやらの胴を払った。そのとき、右近は抜刀してはおらぬ。受け止めもせず、もしなかった。ただ通りすぎて、赤毛が振り向いたとき、これを斬っている」

「では、お頭、如何にして」

「鍔鳴りという剣法、如何なる技か、いまはワカラヌ。しかし、その正体を見破らねば、みな、あの赤毛の如く犬死になるは必定。いまは退け」

 おそらくは苦渋の選択。あるいは、忍びならではの慎重な判断、対策とでもいえばイイのだろうか、〈忍び〉とはまた耐え忍ぶことの、成せる業にはチガイナイ。かくして卍組の面々は姿を消した。

 

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