第五回
柳生石舟斎との逸話は、いま書いてしまうと少々、今後の展開に支障があるので、例の茶髪との対決にハナシをもどす。
「わっしのことはおわかりと思うが」
と、赤毛の着流しがオノレの頭を撫でて、悪戯小僧のように微笑んだ。
右近は、その微笑に苦笑を以て応えてみせた。
「赤毛結社の御仁だな。一目瞭然、髪の色をみればワカル。というかワカリヤスイなあ。しかし、その理由はさっぱりワカラヌ」
「ナニ、ホレ、いまこの国でふんぞりかえっている、外人たらの赤毛ものを揶揄しているだけでござるよ」
「なるほど、新政府のように、外国のものに腰を低くはせぬという、心意気というワケか」
着流しは、右近のそのコトバに大きく頷いてみせた。
「左様。では、もはや問答無用、参るぞっ、楠木右近。赤毛結社、羽儀蝉丸(はぎせみまる)。この名、覚える必要はナイ。何故なら、お主はここで地に伏すゆえに」
「もとより、覚えはせぬが、地に伏したくもナイ」
両者が間合いに入った瞬間、蝉丸と名乗った剣客の居合が放たれた。右近はこれをたやすく躱した。
蝉丸、抜刀したまま暫し、呆気にとられていたが、剣を鞘に収めると、
「なるほど、噂どおりの使い手だな。わっしの抜刀を刀以外であしらった者は、お主が初めてだ」
「ふつうなら血飛沫があがっていたというワケだな。残念だったな」
今一度、羽儀蝉丸の右手が仕込みの柄に乗せられた。
と、同時に右近の鍔の鈴が鳴った。
それが合図でもあったかのように、こんどは両者がほぼ同じ速度ですれ違った。
「勝負っ」
蝉丸の仕込みは瞬速で抜かれ、右近を胴斬りに払った。
たしかに蝉丸は、そのごとく斬り込んだようなのだが、すれ違って振り返ったときには、夢でもみているのか、といった顔だけが残った。
蝉丸の仕込みに網代笠がぶら下がっているだけで、抜刀したアトがみられないのだ。
「これは、どういうことだ」
夢みる顔が驚愕に歪む。
「どういうことだ、も、そういうことだ」
平然として、右近がその顔につぶやきを投げた。
「まさか、たしかに、一太刀浴びせたはずだ」
今度は幽霊でもみるかのような表情で、蝉丸、右近をみた。
「そういう夢でもみていたのではあるまいかな」
しばし、蝉丸とその仕込みは沈黙していたが、唸るような声が蝉丸から漏れた。
「なるほど、よくワカッタ。秘剣鍔鳴りとはかくなる剣法か。しかと覚えて、」
が、その声もここまで、蝉丸は、なんの支えもなく真っ直ぐ前に棒のごとく倒れ伏した。
「覚えておく必要はあるまいが、秘剣鍔鳴り。これと交えて、この世でそれを覚えておる者など、未だひとりとしておらぬ」
いつ抜いたのか、右近の刀は右手に抜かれてある。右近はそれを鞘に収めると、網代笠をかぶりなおした。
着流し、羽儀蝉丸は地に伏して、もはや、動かない。
右近が去っていくと、おそらくは忍びの組織、卍組のもの、三名。現れはしたが、頭らしきものが、アトの二人のイキリを制した。
「お頭、何故っ」
「まあ待て、いま襲っても斬られるだけだ。観たであろう、あれが楠木右近の秘剣鍔鳴りだ。あの赤毛の男にしてみれば、たしかに右近を斬っているのだ。しかし、じっさいはそう思い込まされているだけだ」
「すると、何か、瞬間催眠の法でも」
「鈴の音で相手を催眠状態にするには、闘うまえに、そうなるような仕掛けが必要だ。それは我が忍法にも似たような術がある。しかし、武士である、かの右近が、相手にそのような術を使ったとは思えん。それに我々も観たであろう。あの赤毛の仕込みは確かに右近とやらの胴を払った。そのとき、右近は抜刀してはおらぬ。受け止めもせず、躱しもしなかった。ただ通りすぎて、赤毛が振り向いたとき、これを斬っている」
「では、お頭、如何にして」
「鍔鳴りという剣法、如何なる技か、いまはワカラヌ。しかし、その正体を見破らねば、みな、あの赤毛の如く犬死になるは必定。いまは退け」
おそらくは苦渋の選択。あるいは、忍びならではの慎重な判断、対策とでもいえばイイのだろうか、〈忍び〉とはまた耐え忍ぶことの、成せる業にはチガイナイ。かくして卍組の面々は姿を消した。

