第七回
〈音無しの構え〉とはもちろん、中里介山の世界最長の小説『大菩薩峠』のダーク・ヒーロー、ニヒリスト(精神疾患だとする説もある)机竜之介の使う剣技だが、原型は江戸時代後期の実在の剣客、高柳又四郎の用いた剣法を中里介山がヒントにしたらしい。
カタチだけを説明すれば、青眼(正眼)から馬手の方向に刀を三寸から五寸近く開く。つまり弓手が隙だらけになる。ということは、相手方からみると、敵の右半身がまったくのがら空きになることになる。ここで打ち込んでいいものやら、しばしの或いは、やや長き逡巡の沈黙が訪れる。この無音と、打ち込んださい、高柳又四郎は、一度も剣を交えることなく相手を斬り倒したとされることから、刃の触れ合う音も聞こえない。その無音とを統合して称された構えをいう。
右近にしてみれば、なんであろうと、ともかく相手になるしかあるまい。
「ほほう、それは珍しい。というか、珍し過ぎるワ。しかし、ほんとうに観られるなら一興だな」
たしかにそうにチガイナイのだが。
「お手前の秘剣鍔鳴り、破ってみせる。これが拙者の一義だと知れっ」
「明治になって廃れはしたが、武士は武士か。悲しいものだな。しかし、その意気は買おう」
もちろん、その語彙どおりではない。この対峙する二人を遠くからみつめている他のものは、右近の皮肉と、そう聞いた。
鰓水は中段(正眼)からやや左に刀身を開いた。これは、映画では市川雷蔵の演じた、机竜之介の〈音無しの構え〉だ。
「なるほど、僅か三寸に正眼を開くことで、スキをつくり、よって、相手を誘いこむことも出来、そのまま喉、脇腹への攻撃に移すことも出来る。その構えは、そういうことだな」
聞くと、鰓水は不敵に笑って、
「手の内を読んだつもりらしいが、拙者の工夫はここからだ」
と、刃を内に向けた。これで刀身はほぼ水平になったことになる。
「その工夫、さらに、オモシロイ」
右近、口辺でほんのすこうし笑うと、鈴が鳴った。右近が抜いた。相手より先に抜くところをみせるのは初めてのことだ。おそらく、相手の構えに乗ってみようという酔狂な魂胆。なんという不敵さ。
「鍔鳴り、敗れたりっ」
と、一声、鰓水は一足ばかり踏み込むと刀身をハネ上げた。しかし、右近は受け太刀をとらナイ。
鰓水の逆袈裟に伸びた刀身があっというまに水平にはらわれた。誰の眼にも、最初の逆袈裟の一撃をかわした右近の左肩か首が、二撃目に仕掛けられた虎尾の靡(なび)きの如き流れの太刀で、斬られた、かに、みえた。しかし、鰓水の剣は空を斬っただけで、鰓水の横を通り過ぎただけの右近の剣は、いつのまにか、鰓水の胴をはらっていた。
鰓水、工夫の二段斬りは、ただ、彼の横を擦り抜けただけにみえた右近によって、一瞬のうちに無に帰したのだ。
「そ、そんなっ。斬ったはずだ」
「はず、だけではひとは斬れぬ。音無しの構えとは、面白いフェイクだったが」
これは、先程の赤毛の剣士、蝉丸との闘いとまったく同じ出来事だ。お堂の前に居並ぶ面々には、右近は確かに鰓水によって斬られたかに、みえたからだ。
鰓水が倒れ伏すのを待っていたかのように、作務衣の男が右近の前に立った。
「赤毛結社、組頭を務める、木之井幽心。どうやら、不思議な剣法を使うようだが、ご覧のように、こちらは帯刀してはおらぬ。いかに楠木右近の鍔鳴りといえど、斬ってこぬ相手を封じることは出来まい」
なるほど、道理。
「組頭か。すると、少しは使うワケだな。素手とはいえ、唐手や拳法使いでもナイとみたが」
「神田お玉ヶ池の千葉道場、しかしながら、お察し通り北辰一刀流ではござらぬ。そこに通う少年剣士、通称、赤胴鈴之助より伝授されたる〈真空斬り〉。それがしの技は無刀でござる」
「真空斬りっ。シンクウギリィィィ。赤胴鈴之助とは、もう珍しいどころの騒ぎではナイな」
失笑だか、哄笑だか、右近の頬のゆるみを判断するのは、もう難しい。
おそらくは読者が失笑している。
「さあ、これを如何に防ぐや」
木之井、拝むように片手を差し出すと、
「参るっ」
これに応えて右近、ほんの暫し、頭を掻いたが、
「参れっ、」
鍔の鈴が鳴った。
木之井の掌は、空間に何やら文字でも書くように動いていたが、大上段に構えが変わると、気合いとともに振り降ろされた。
しかし、それによって倒れたのは、勝負を観ていた物売りだ。
「そ、そっ、そんな、まだっ、」
泡を吹いている物売りをみると、鳥追は、物売りのいいたかったコトバを続けた。
「闘ってもいないのに。冗談じゃナイわ」
そうして、アッというまに、その場を去った。つまり逃走、逃げたワケだ。
「どうも真空斬りの方向が違ったようだな」
「まさかっ」と、木之井、もう一度手文字を書き始めるが、
「懲りない御仁だな、まだヤル気か」
再び鍔の鈴が鳴った。
木之井、気合い一発。だが、倒れたのは、当人の木之井だ。
「わ、ワカラヌっ。こんな、はず、では」
「申し上げたであろう。はず、では、ひとは倒せない。真空斬りとは、要するに〈かまいたち〉。修練によって、空気中に真空状態をつくり、それを飛ばず技の類だろう。おぬしが、どのような修練、修行を積まれたのかは存じあげぬ。ただ、いわせてもらえば、真の修行をなさったほうが良かった。赤胴鈴之助の技も、千葉道場での剣の修行のはてに手にしたものだ。けしてケレンな技ではナイ。秘剣鍔鳴りには、真空だろうが、孫悟空だろうが、ましてや、ケレンな小手先の技など、通用は、せぬ」
では、何が通用するのか、と、さぞやいいたかっただろうが、木之井真空斬りは、地に伏したまま、もはや息すらしてはいない。
と、刀を収めた右近に、~では、これならどうかな~、嘲笑うような声がかかった。

