第十回
「これは、一文字左近どの」
座した幹部は、現れた痩身の武士を一瞥して、そう、名を呼んだ。
「その楠木右近とやらの奇怪な剣法というは、これか」
不躾に帯刀すると、一文字左近は右近と同じ仕種で柄を叩いた。
「さて、某は直に観てはおりませぬが、おそらく」
座したものが答えた。
「おそらく、その剣法は秘剣鍔鳴り」
「ご存知で、ございますか」
「拙者と似たような剣を使う者在りとは、噂に聞いたことがあるが、なるほど、その右近とやらが、そうだったか」
「似たような剣と申されましたな」
間、髪を入れぬやりとりが続く。それが、何やら不思議な緊張感を漂わせて、奥の間の空気をさへ冷たいものに変えている。
「この一文字左近が使う鍔鳴りと、手合わせしたいものよの」
「斬れますか」
「あちらは右近、こちらは左近。位ならば、こちらが上」
「なるほど」
座したものは頷いたが、総じて首肯したというふうではナイ。
天平元年におかれた近衛府という役所では、左近衛府と右近衛府とがあり、それぞれに一名大将が存在したが、位は左近衛府の大将が上であった。しかし、そのような時代背景を持ち出されても、剣技とはいささかの関係もナイ。
「して、鍔鳴りとは、如何なる剣法でござるか」
そう、座したものが訊ねた。
「拙者の技をご覧にいれてもよいが、そのほうも、命が惜しかろう」
「と、申されると、もし、それがしがそれをこの場で観れば」
「そのときは、死ぬときと心得よ」
いいつつ一文字、眉ひとつ動かさずに座したものを観た。
ところは変わる。こちらは、卍組の巣窟から、しばらくの距離を経た、俗に海道と呼ばれる海沿いの道、或いは海沿いの道に沿った地を臨む浜辺。波の音が、終わらぬ時を刻んでいるかのように聞こえる。
楠木右近は、間もなくそこに姿をあらわすだろう。
その前に、ドロドロと鳴り物入りで出て参りし、五人の衆がある。これを、〈薩摩 白波五人衆〉という。いずれ、一癖ある強者だ。まるで、歌舞伎の「稲瀬川勢揃いの場」よろしくの登場で、口上まで述べていく。
のだが、
「問われず名乗るもおこがましいが、生まれは薩摩、隼人の在。十四(じゅうし)の年から親に捨てられ、身の生業も白波の中、盗みもしなけりゃ非道もせず、人に情を掛川の金谷に在りし道場で、習い覚えた鎖鎌。ただ、鍛練の毎日に、危ねえその身の境涯も、もはや、四十になりにしは、ひとの定めは五十年、六十余州に隠れのねえ、賊徒の首領、団 衣紋とは俺のこと」
「知らざあ、いって聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が、歌に残せし盗人(ぬすびと)の、種は尽きねえ桜島、噴火をしたら止まらない、忍びに五遁ありとても、須べからく隠遁の法。森羅万象使い分け、姿を消して忍び寄り、相手の喉元切り裂いて、気配もみせずに去っていく。誰が名付けた、無人影(むじんえい)。月光仮面も驚きの、菊間 佐野介とは俺のこと」
「つづいて次に控えしは、月が出たでた炭鉱育ち、ガキの頃から手先が器用、目を付けられての忍法修行、そこで鍛えた槍術は、敵が懐、飛び込む前に、すでに串刺しあの世いき。おそるべし、おそるべし、その名も只飲理兵」
「またその次に列なるは、以前は武家の中小姓、今牛若丸と名も高く、身の軽さから忍びの仲間となりたるが、今日ぞ命の明け方に消ゆる間近き星月夜、その名も赤ぁ~星」
「さて、どんじりに控えしは、仁義の道も白川の花船へ乗り込む船育ち。波にきらめく稲妻の白刃に脅す人殺し、背負って立たれぬ罪科は、その身に重き虎が石、悪事千里というけれど、しかし、哀れは身に知らぬ、赤星とそろって編み出した、二人念仏殺しの達人の、その名も南郷霧丸」
あの忍びの頭目と手下が、波打ち際で彼らを凝視している。
「お頭さま、あやつら、ナニモノなんです」
と、手下が問うた。
「忍びがいつも雇われてばかりとは限らぬ。忍びが手練を雇うというのがご時世よ」
「雇ったんですか、あの変ナノを」
「おう、いずれ、食いはぐれの多い巷だ。まとめて雇って、名付けた名前が、〈薩摩 白波五人衆〉よ」
「鎖鎌と、槍はわかるんですが、アトの三人の武器はナンです」
「秘剣鍔鳴り、さて、鎖鎌とどう闘う。天下無双の槍をどうかわす。それが出来ても、姿を消したものをどう扱う。さらには、二人一組の念仏殺し。これはわしも未だに観たことはナイ」
「うっわあっ、強敵ですね」
「おまえが喜んで、どうする」
「面白そうなもんで」
「遊びでやってんじゃナイぞ」
「もう、右近なんか、絶対、ヤラレちゃいますね」
手下のハシャギように、頭目は黙しているだけだ。
「お頭、黙り込んでどうしたんですか。それって、アラカンの当たり役のむっつり、え~と、むっつり助平マネですか」。
頭目は黙ったまま手下を殴った。

