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2018年2月14日 (水)

こころの距離はいつも1センチメンタル・2

(2)

『寒い国から来た男』というのがタイトルだったとおもうが、依頼原稿でけっこう長文を書いた。長文とはいえ、「川島雄三・論」としては短いものだが、今年出版だとか聞いているので、幾つもの優れたエッセイの末席に静かに座っていることだろう。

川島雄三監督の作品との出逢いはご多分にもれず『幕末太陽伝』だが、これは劇場でみている。それが何処だったのか、記憶にナイ。作品についていまさら記すのは愚行なので、ナシにしといて、彼の出自を記せば、青森県下北だ(現在のむつ市)。で、父親が近江商人だったか、その裔だったかで、この辺りは、資料を繰っているときに識ったのだが、私の祖父も近江商人だから、奇妙な縁を意識するのに充分だ。

下北半島まで、特に用事はナイのに遠出をしたのは一昨年の秋だったが、そのときは、川島雄三監督の出自は知らずにいた。これまた、奇妙な縁だ。

川島雄三監督は、当初、松竹でプログラム・ピクチャーを量産していたが、「私はヤワな男だから、こういう生きやすい環境にいると、破滅方に傾いてしまう。だから」という理由で日活に移籍する。その辺りからいわゆる「重喜劇」が創られ始める。

こんなことを書いていると、なんだかウィキを写しているような錯覚に陥るので、またも中止。

ところで、川島雄三監督は『全部精神異常あり』(昭和41215日(1929年。1215日)封切り 、松竹鎌田撮影所の斎藤寅次郎監督による映画、『西部戦線異常なし』アメリカのアカデミー賞映画のタイトルをもじっただけ)は観たにチガイナイ。

シェイクスピアは『ハムレット』を書いたとき、『ドンキホーテ』を読んでいたのかと考えたが、どうもセルバンテスの『ドンキホーテ』のほうが後に書かれているので、それは逆なんだろう。

もちろん、『全部精神異常あり』のフィルムは現存していない。だいたいの内容はウィキペディアを調べればワカル。『西部戦線異常なし』のほうは観たが、たぶん、前者のほうがオモシロイ。

「積極的逃避」などという、川島雄三監督の造語は、『全部精神異常あり』なんてのを観ていないと浮かんでは来ない。(と、おもうんだけどなあ)

「花に嵐のたとえもあるぞ、サヨナラだけが人生だ」が川島雄三監督の座右の銘だったが、これは、世間に向けたカッコツケで、川島雄三監督の「重喜劇」を観ると、「ステキにみんな狂っていたほうがイイ」と、おもうのだ。

そういえば、いにしえの女芸人が「浮世は夢よ、ただ狂え」と歌って踊ったナ。彼女は真っ当だ。真っ当な人間が真っ当に生きようとすると〈喜劇〉になる。それが川島雄三監督の「重喜劇」というもので、『ハムレット』から『ドンキホーテ』までの距離は1センチメンタルしかナイ。

 

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