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2017年10月17日 (火)

信念、開けましてオメデたく

石原老人が、ツイッターで、前原(どっかの党首だったひと)を貶し、枝野(立憲民主党の親分)を「男だ」と褒め、(こういう場合は、〈男〉は〈漢〉でありますが)、私も、確かに枝野氏はどんでんだとおもいます。とはいえ、石原老人が「枝野は信念を貫いた」というなら、ここに半畳入れたいのです。信念を貫いたのなら、早くも落ち目が伝え聞かれる小池女史も「リベラルはダメ」という信念は貫いております。報道では、それを「踏み絵」とかいう忌み嫌う表現で使っておりますが、これは報道の「卑怯」でしょう。片一方を「男」にして、片一方を「独裁者・差別者」にイメージ誘導するというのは、どうかとおもうのです。(けれども、感情的には、私は小池女史のやり方はキライです。ありゃあ、ポリティカル・ハラスメントといえなくもナイくらいには受け止めています)。

ここで、自民党が漁夫の利であろうが一歩リードしたというのなら、自民党の強みは、議員が多いというところが、つまりは、その中には「タカ派」も「ハト派」も存在しているという多様性をかろうじて保持しており、全体としては右派ではありますが、右派穏健やら、右派リベラルやら、右派中道やらが派閥としてではありますが、存在しているということではナイでしょうか。

こういうと、誤解を招くかも知れませんが、日本のよいところをなにか、いえ、となると、世界で(通常兵器ではですが)二位の軍事力を保持している自衛隊(まあ、軍隊なんですけど)が、一応は文民管制されているということです。ですから、この「文民」が「国権」を濫用することが、最も危険な遊戯となるということです。

以前にも述べましたが、日本国憲法第九条は、

  1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

というふうになっています。「国権の発動たる」戦争や武力による威嚇、武力の行使、手段を〈放棄〉しております。よろしいですか、「国権の発動たる」です。

で、「そのための」戦力を保持せず、「国」の交戦「権」を認めていないのです。

私は、これで充分だとおもいます。よく、たとえば右傾漫画家(私もファンですが)弘兼憲史さんなどは、どなたもそういう例に用いられるごとく、映画『七人の侍』を例にして、日本は戦いを仕掛けられても、戦えない、というようなマチガッタ認識と表現をされておりますが、九条をどう読んでも、そんなことはありません。日本の軍隊、自衛隊は立派に戦えます。戦えるんですよ。

私は未熟な素人ではありますが、国民として、「国権」に強い権力を持たせるための改憲には反対です。それゆえにリベラルと名指されてもケッコー、コケコッコー。それゆえに、「ごくふつうの、アタリマエのことをしている」枝野氏をいまは〈漢〉と呼んでもイイとおもいます。だって、政治家って、国民のために、ごくふつうのアタリマエのことをしてくれねえんだもの。以上、演説を終わります。

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