DVD感想『マグニフィセント・セブン』
黒澤明『七人の侍』のリメイク、というよりトリビュート。主役のデンゼル・ワシントン演じるチム・チザム(このひとがリーダー)、リベンジを依頼するヒロインのエマ・カレン(ヘイリー・ベネットが演じる)は、復讐を目的としていることがハッキリしているが、チザムについていく六人の目的は報奨でも、名誉でも、ナイ。ガンマンとしての正義の遂行という大義名分はあるにしても、それが目的というワケではナイ。
要するに〈死に場所〉を求めて、なのだ。それも積極的なものというほどではナイ。「どうせ死ぬなら」程度だ。
劇中チザムは、コマンチ族のレッドと遭遇、一触即発の情況かと思いきや、チザムはレッドにこういう「悪人を退治しにいく。みんな死ぬ」(こんなふう)。これを聞いてレッドは、では自分もと、仲間に入る意志を示す。チザムのコトバを聞いたからには、コマンチ族の誇りとして、黙って立ち去るワケにはいかないからだ。つまり、動機は、みなこんな感触だ。
相手は400人以上のガンマンとガトリング砲。悪党たちというより、傭兵の軍だ。それだけで、同様リメイク映画『荒野の七人』よりもqualityの高いウエスタン・アクションになっている。それはそれで、かなりのオモシロさなのだが、何よりも、私を引きつけるのは、このなんとなくの〈死に場所〉へ向かう妙な気概だな。とくに屹立しているワケでも凛としているワケでもナイ。〈死に場所〉で、まっ、イイか。「男だって虹のように砕けたいのさ」という、潜在的な虚無感。時代は西部劇の時代、アメリカの開拓時代なのだが、充分に〈いま〉の世界の鬱蒼は映画の中に垂れ込めている。
どうしても、私の変なクセで、ガンマンたちが死んでいくところより、最後の晩餐のごとく、ともに飯を食うシーンが印象に残る。それは、黒澤『七人』も同じ。黒澤『七人』はただ、百姓たちの「腹いっぱい白飯を食わす」という条件のみで、侍たちは〈死に場所〉に立った。
いいよね、それで。なんとなく〈死に場所〉で。
こんな夏の息苦しさで死ぬのはゴメンだな。「なんとなく」、rear carを止めて、荒野を観ている。
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