おわかれですね お姉さん
夏の日の白い雲が夕陽に焼けてしだいにあかくなっていく
台所から外にぬける裏口の戸をあけはなって
あなたはそこに立っていました
まなざしを田園に向けて 背を向けて
あなたが田圃をみていたのか 夕陽をみつめていたのか
みつめているものなどナニモなく
ただ眼をひらいていただけなのか 風などナイのに吹かれていたのか
あのとき十六歳の わたしには知るスベなどなく
あなたの痩せた背中に 沈黙のことばをつぶやいていただけでした
けれども お姉さん
あなたは 恋に破れたことを負けたと思わず悔やみも憎みも恨みもせず
こういうわかれかたもあるのだと もう泣きもせず
だからよけいに 余命をしらされた カラダの こけた頬だけが痛ましく
二十代の半ばにして 消えていくあなたが悲しくて
わたしは息をすることすら くるしかったのに
あなたの後ろ姿に張りつめたせつなさが それでも冷たくなかったのは
おそらく もうあなたは そこにまぼろしだけを縫いつけて
あなたのたましいは すでにそこにアルのではなく
わたしの心臓をつらぬいて その その 情景を わたしのあらゆる神経と
わたしを流れる すべての血のなかに 溶かしてしまったからだったのですね
あんしんしてください お姉さん
あの日 あのときの あなたのあの絵姿は いまでもじゅうぶんに わたしの涙を誘い
記憶の糸を引けば ほほをつたいます
あなたは わたしのけはいに気がついて
ふりむくと 少しのあいだ わたしをながめ
なにをおもったか やさしい顔をつくって それがわたしには笑顔にみえた
あれから五十年
あなたを棄てたおとこは すでにその眼を奈落に落としています
ことし七十七の喜寿だというのに 喜びも寿(ひでし)こともなく
生きながら亡者でいます
あなたは 勝ったのだと わたしはおもいます
わたしも そんな勝ちかたをしてみたい
ですから お姉さん
きょう あなたと いつものように おわかれをしても
さきほどまでのように もう泣きません
たとえ泣いても 負けません 勝てなくても 負けません
あなたに 笑顔を おかえしいたします
ふりむいて あなたに笑顔を
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