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2017年3月23日 (木)

遅き夢みし

 

試写会や映画館で映画を観られないものだから(目がイケナイので)、前者からすると、みたい作品を観るのにほぼ1年、後者でなら1年半かかる。つまり、DVDの新作か、旧作で観ているので、「遅ればせながら」になるワケで、旧作の場合は2年以上前のものを観ることもしばしばなのだが、これはこれで、ほうほう、あの頃(もう2~3年前は〈あの頃〉なのだ)はこんなふうな傾向の映画が流行っていたんだなあ、と思い起こせよ梅の花。だから、旧作の邦画を観ると、途中でヤメルことが多い。ああ、そうね、なんとなくドキュメントふうで、ほんで、なんとなく長回しで、そいで、演技してません自然ふうです、で、と、思えば、芸人監督の映画でテンポが悪かったりで、このシーンは長いよ、ここはもう2カットは挟んだほうがイイと思うけど、てなふうで、それなりに勉強になりますが。園子温監督なんかは、何だか人気なんだそうだけど、ふざけ方の下品さと、ハッタリと、過去の遺産(すでにそういうことは、かつての名監督がやっている)の下手な模倣には辟易して、何本か観たけど、もうヤ~メタにした。この監督、たぶんロマン・ポルノで学習したんじゃナイかな。

で、いまツタヤは旧作50円なので、数本いっぺんにレンタルしては、観てるけど、30分でgive upが多いな。作品が悪いとかじゃなくてね、こんな映画はオレには何の価値もナイわ、と思ったらヤメルの。なんしろ、目が悪いもんで、一日に使える時間が貴重なのよ。

さて、最近観た旧作、『凶悪』。これは凶悪というよりは、「正義の醜悪」を描いている作品だけど、監督や脚本のそれなりの力量は認めます。とても素人に出来るワザではナイ。冒頭に「事実に基づいたフィクションである」と出るんだけど、虚構というのはふつう、そういうものなんだから、こういうphraseは、断りではなく、いいわけ、に属するとわたくしはおもいます。多少マズイところがあっても「事実」なもんですから、とcoverしているようなもんだから。で、時系列のmatrixはすごくイイと思いますよ。けれど、どうしても「作り物」なんだよなあ。そりゃあ、fictionは作り物なんでしょうけど、映画は作り物なんでしょうけど、創ったほうが「上手く創った」とコーフンしているさまが伝わってくるようじゃ、観ているほうは肩がコリます。池脇千鶴さんは、田中祐子さんと並んで、このひとが出演しているのなら観ておこう、と、ついつい引っ張られる馴染みのお店みたいな女優さんですから、この程度の演技はアタリマエなんですけど、アタリマエのことなら、べつに池脇さんでなくっても、ねえ。もったいないなあ、と、思わせたら、もう創り手の負けなんだぞっ。もの食うシーン、単純に食事のシーンが数回ありますが、それをみてああ「作り物」だあ、と思いました。この監督は、自分で飯つくって食ったことはナイだろう。小津安二郎監督の映画は、食ってるシーンも多々あるけど、箸をつけてなくても、その料理の味がワカルというオズの魔法がありますから。えーと、テーマは、ジャーナリストの苦悩ですか、ふつうのサラリーマンだって、派遣社員だって、近頃ではアルバイターだって苦悩、苦労、苦吟、苦、苦、苦、苦、苦です。嘘ついても謝ったらOKは、政治の世界だけ。嘘つかないと生きていけない、嘘をうまくつけば生きていける、こんな世間だから、春になっても、いつまでも風が冷たいんだよなあ。韓国映画(ドラマではナイ)に、最近、秀作、佳作が多いのは、韓国の実社会(世間、世相)が暗澹としているから、せめて映画の中だけでもって、そんなベクトルがあるからなのかなあ。日本だってかなり暗澹としているんだけどナア。

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