夢幻の函 Phantom share 22
「止まれ」
という声が聞こえた。恐喝的怒声。
私は無視して歩いた。振り向きもせず。
「これは俺の夢だ」
と、その声はいった。
「俺の夢に侵入するな」
と続けた。
つまり、アリスにおける位置でいえば黒の女王というワケだ。
「誰の夢でもかまわねえ」
と、私は応えた。
私に必要なのは、〈夢みる意志〉だけだ。
夢は砕けて夢と知り
愛は破れて愛と知り
友は別れて友と知る
(『古城の月』・阿久 悠)
「人生なんてのはね、夢の中で夕立にあうようなものだよ」
と、言い遺したのは祖母だ。夕立にあうほうがまだマシだよ。
「純情を生きてごらん。ひとには不可能なことが多過ぎると気付くだろう」
とも、いわれたな。
「聖書を読むよりも、トルストイの『イワンの馬鹿』を読むほうがいいね」
とも。祖母は偉いよ。
「覚有情とは、満身創痍の菩薩行だよ」
いい過ぎだぜ、お祖母さん。
「抱くのなら、女より、虹のほうがイイね」
どうやって、どうすれば、それが出来るっ。
祖母は、京都の被差別部落出身者だ。何かコトがあって日本にはいられなくなり、マレーまで逃避行、そこで馬賊時代のハリマオと行動を共にして、日本にもどってからは、近江の豪商の妾奉公を経て、仲居さんに落ち着いた。よろしきもそうでナイのも隔世遺伝しているナア。
茫漠としているうちに、また後ろからさっきの声がした。
「ここからどうやったら、出られるっ」
と、妙なことを質してきた。振り向くと猟銃を構えた頭陀が立っている。
「誰なんだあんたは」
「俺が誰だかはもう忘れた。眠っているうちに、夢をみていて、その夢が自分の夢ではナイことに気付いたら、迷子になった」
「さっきは、自分の夢だと、そういったじゃないか」
「そうあって欲しいからそういった。これは、ひょっとしておまえの夢か」
なるほど、黒の女王より錯綜している。
「だったら、どうなんだ」
「これで、お前をぶち抜いて、お前の夢が終われば、俺は現実に帰れるかも知れない」
なるほど、理屈だな。
「じゃあ、そうしてみろ」どうせ、夢なんだから。
しかし、夢の中で殺されるというのはどんな気分なんだろ。
いや、気分というか、いったい何がどうなるんだろ。
男はtriggerを引いた。
暴発した。
頭陀は肉片になって飛び散った。
まあ、こんなとこだろう。
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