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2017年1月15日 (日)

夢幻の函 Phantom share⑩

そんなに驚くほどdrasticな発言ではナイ。法然や親鸞が悟った話など聞いたことはナイ。しかし、彼らにも信念はあった。その信念は何処からきていたのだろうか。信念の根拠。確信の確信。信念おめでとう。ただのドクサ(思い込み)なんじゃねえのぉっ。兵法、剣法じゃないんだからさ、悟りの目録、免許皆伝なんてものはいくらなんでも(ソレがあったらしい)。あんたは悟った、という「御免状」は、室町、鎌倉の時代には発行されていたのだ。さっきからすれ違う車の運転席に座っているのが総て坊主で、デコちんにスタンプで「免」と捺印されていたことはワカッテいる。そんなことを観逃す夢ではナイ。

「しかしね、曹洞宗の道元によれば、というか、これはもう臨済宗でもそうなんだけど、悟りというのは、自分の外にあるものではナイので、悟りというのは、どっかから得るものではなくて、自らの何かを、ナニカ〈が〉かな、つまり、開かれるという、というか、気がつくのかなあ、姿三四郎だって、泥沼の杭につかまって、蓮の花が咲いたとき、柔道とは何かを悟った、てなふうになってますから」

「でも、修行している坊さんは、悟るまでに死ぬ方のほうが多いんでしょ」

 そういわれれば、そうだナ。人間の寿命って100年程度だろ、長生きしても。

「私、法華のひとに聞いたんですけど、というのも北海道はホッケが美味しいからなんですけど、仏陀になったシッダールタとかスッターモンダだったかだって、如来になるまでには天文学的な時間の修行をしてるんでしょ、何十億年の何十億倍の、そのまた何十億倍だって、そのホッケの方がいってましたよ。悟りを開く前にホッケのヒラキ」

「そんなふうに仏典、教典には書かれてますね」

「そんな時間、生きていられたということは、すでにもうその時点で、ソレって人間じゃナイんじゃナイですか。人間わずか五十年は信長でしたっけ。でもいまは精一杯で百年としても、そんな短時間で如来やその前の菩薩にもなれないんじゃナイですか。弥勒菩薩って五十七億年くらいアトに、悟りを開いて人類を救済に来るっていわれてますが、五十億年生きていることが出来るんですか、ソレ。ソレってナンなんですか、その方たち。そんなに生きてるのに、まだ如来じゃなくて、菩薩ですよ。で、やっと悟って何番目かの如来になるんでしょ。どうなってんでしょうね。つまるところ、悟りも成仏も、時間的に常識で考えればヒトには無理なんじゃナイのかなあ」

 drasticだ。というより、ハルちゃんはどうしてそんなに急に頭が良くなったのか。もちろん、それはこれが夢だからだろうけど。

「そこで、ですね、法華経という経文、教典が創られるワケですよ」

「というと、」

「法華経においては、ヒトも菩薩も男も女もみんな仏、如来になれますよと、書かれてあるんです」

「そんな虎の巻というか、アンチョコみたいなお経があるんですか」

 如来(仏)の定義なんてのは、宗派によてチガウからなあ。上座(小乗)では釈迦牟尼仏しか信仰しない。であるのに、他の如来も認めてはいる。

「ほんとうはね、法華経は、小乗だ大乗だ男だ女だ出家だ在家だ菩薩だ声聞だ、と、ごちゃごちゃいってるのに終止符を打つために創られたもののようですね。ところが、これがサンスクリット原典から漢語に訳され、さらに日本語に訳されている間に、その本質はおおかた挫折、頓挫したようです。何故、翻訳されている途上でそんなことになたかというとね、サンスクリット語が読める当時のエライ坊さんが、弟子に口述で法華経を筆記させるんですが、このエライ坊さんも、けっこうな年寄りだったので、記憶が曖昧で、そのうえ、思い出すときに、うーんとか、ああっととか、ええととか、声にするワケです。さらに痰を切るための咳払いやらもオアッとか、ゲロッやらケッやらとかやるでしょ、その音も弟子たちは、何とか漢字にして書き写したんです。で、どうも繋ぎが変だなあという部分は無理やりの意味付けをしたもんだから、すでに漢語訳のところで原典が減点になっちゃったのね」

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