夢幻の函 Phantom share②
ここからはその頃の私が頻繁にみた、ある〈夢〉の話になる。
それがほんとうに夢だったのかどうかについて確信を持っているワケではナイ。それを〈夢〉だと判断しているのは、あまりにもそれが夢のようだったからに過ぎないからで、もしかするとそれは夢と現実の〈係数〉による微分関数の座標、と、いえないこともナイ。ともかくも、発端が突飛過ぎる。最初、私がそこで出逢った人物は、幕末の新撰組副長、五稜郭組の最後の烈士、土方歳三と名乗った。
彼はよくカラダにfitした外套を着込み、幅広の腰のベルトの左右に長刀を下げていた。体躯は小柄で年齢も三十代半ば、私よりもうんと下の、いわゆる青年だ。
「接近戦で斬り抜けていけるのなら、この戦に負けはなかった。現に私自身は一度も敗れてはいない。しかしそんな時代ではナイということは、海を渡る前にワカッテいたことだ。何処から飛んでくるのかわからん鉄砲の弾にはかないませんよ」
彼がみつめていたものは前方に広がる海で、そこが断崖絶壁だということはやがて私にも観てとれた。〔佇待岬〕という表示板にも気がついたが、その地名をどう読めばいいのか、私にはワカラナイ。
「多くの血も吸ったが、刃は骨まで断じたのでボロボロになってしまった。砂糖菓子を食い過ぎた虫歯のようなものだ。さすれば、ヒトなど砂糖菓子に等しいのか」
彼は左右の刀を抜いてみせ、だらりと力なく柄を握ったまま、切っ先と両手を地に垂らして、そう自問した。
自問。そう、自問のように思えたのだが、
「きみはサコイチを食ったことがあるか」
と、いきなり私への問いかけになった。
サコイチ、さて、サコイチとはたぶん砂糖菓子なのだろうが、どういう菓子かイメージもわかない。彼は今度は自嘲してみせて、
「段平に流れる血をみてみると、こびりついた血はサコイチのようだ」
と、片方の長剣に目をやった。
推察すると、サコイチと称された彼のいう砂糖菓子とは、チョコレートのことかも知れない。
「鉾とりて月みるごとにおもうかな、明日はかばねの上に照るかと」
まだ昼間だったが、青空の高いところに月が出ていた。彼はその月をみながら一首呟くと、たぶんそれは辞世の句(歌)なのだろう、刀を二振りとも海に投げ捨てた。
「さらば、兼定」
私の拙い記憶では、土方歳三の愛刀は和泉守兼定。どうしてそんなことを記憶していたのかというと、私の知己に殺陣師がいて、私自身時代劇ファンなものだから、たぶんその彼との茶話の中で耳にしたことがあるからだろう。
ところで、土方歳三自身の遺骸は発見されていない。ここに埋葬されたといわれる場所は幾つかあるが、遺体そのものの記録はなく、死因は「馬上に在るときの流れ弾」が定説とされているが、さっきの〈何処から飛んでくるのかわからん鉄砲の弾にはかないませんよ〉というコトバもなるほど、そういうことかと理が納まる。
しかし、いま私の眼前に在る土方は、私の夢の中の登場人物だから生身というのではナイにせよ、とりあえずは生きている、というか、存在はしている。
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