夢幻の函 Phantom share⑱
「ここから奥の山へ行くと、熊が出没します。最近は出没の回数が多いそうです。やはり開発で山の食物が少なくなったんでしょうね」
と、ハルちゃんはその場にしゃがみ込んで、泣いた。
「熊、かわいそうです」
ふつうは泣かないよな。しかし、何事もふつうではナイのだ。これは夢なのだから。
私たちは、鮭を熊のように手掴みで捕らえ、焚き火をして焼いて食べた。かなり大きな鮭だったので、一匹で満腹になった。
いつの間にか星空だ。焚き火と私とハルちゃんと、熊。二人と一匹は焚き火を囲み、星の渦に抱かれながら、えっ、熊っ、熊は余計なんじゃナイの。じっとしてよっと。
じっとしていなかったのは、ハルちゃんのほうで、10センチばかり腰を浮かし、30センチばかり焚き火から離れた。熊を警戒しているのかと思ったが、
「ヤバイですよ。こういうロマンチックな雰囲気、~さん、私のパンツ脱がそうなんて考えてるでしょ。」
冗談ではナイ。こういう場合、女性のほうから「お誘い」されているというのがいわゆるいうところの「心理」とやらなのだが、何しろ熊がいるのだ。
「むかしね、高校生のときだな。夏休みに無届けキャンプ、つまりキャンプなんかするときは予め学校に届け出なきゃイケナイんだけど、面倒だから、悪友四人で行っちゃったんだ。湖畔でね、夜だ。こんな星空だったな。寝そべった。そうしたら、みんな黙ってしまって、私は妙なことだけど、始まったばかりの夏休みが今夜でオワリになるような、そんな気がしてきた。そうしたら、だ。四人のうちのひとりが、そういったんだ。なんだか、夏休みがオワルみたいやな、と。そうすると、他のものも異口同音に同じことを考えていたと吐露した。不思議だったな」
「寝そべるんですか」
「いや、そんなことをしたら風邪ひいちゃうからな」
「寝そべってる私に覆い被さってきても、パンツ脱ぎませんよ」
こういうのはいわゆる「心理」として、そうしろといっていることくらいはワカルが、熊がいるんだよ、ハルちゃん。
「私、ジーンズ脱ぎますけど、パンツはダメですよ」
いや、それはマズイよ。熊が。
しかし、ハルちゃんはジーンズを脱いでしまった。純白の下着が目前にあって、早く早くといっているようだったが、熊が。
しかし、据え膳食わぬは(ほんとうは据え膳とは本妻のことをいうのだが)、私はもうほんとうに仕方なく立ち上がった。と、熊が。
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