夢幻の函 Phantom share⑦
「売春しているのが多いのは、たいてい音大の女子大生。音大ってお金かかるんですよ。といって、ふつうのバイトに時間とられてたら楽器の練習出来ないし、1時間くらいで5万円にはなる仕事が手っとり早いんです。私の知ってるコなんかは、一週間のうち丸一日をArbeit dayにして、一日で50万稼ぎますよ」
そりゃあ、もう、慰安婦がどうのこうのの世界じゃないな。しかし、アルバイトがドイツ語だとは知らなかった。(Arbeitと、頭文字が大文字になるのよね)
けれどもよ、戦後、日本に返還だか変換だかされるまでの沖縄の、女性の売春経験率は八割近くあったそうで、これは全女性の80%ということだから、乳幼児や老婦を除外すると、殆どの女性は売って食っての生活だったということになる。夢の中とはいえ、これは事実なのだ。
しかし、夢なんだから、悪夢はもうイイよ。その大沼湖はまだなのかな。なんでこんな霧が出てんのかな。霧は摩周湖だろ。レイちゃんはいくらで買えるのかな。
車が急カーブをきって登り道に入ると、霧がはれるとともに視界もはれ、とたんにブリキで、大沼湖が眼前に現れた。カナダかここは、と、行ったこともない外国の風景を突きつけられた。自然の人工湖という、けったいな表現がピッタリな、巨きな庭園に造成されたような湖で、前方にみえる山は頂上付近が欠け飛んでいる。つまりあの欠け飛んだ部分が地上に落下して、そこに雨水や伏流水が流れ込み、この景観が魔法使いの棒を振る瞬間にして、出来上がったというワケだ。
国定公園。観光地。ゾンビではないけれど、hystericな外国語を日常会話する観光客。ここはもうイイんじゃないの。と、
「そうですよね。じゃあ、噴火山に行きましょう。あの山の裏側です」
意を察してレイさんはトイレに行った。トイレに目的地の噴火山があるワケではナイ。単純に生理的欲求だ。私もそうしようかと思ったが、夢の中でオシッコなどすると、寝小便になるおそれがあるので、ヤメ。
くねりくねりと車は山の舗装路を登りつつ、
「あっちにみえる山は山伏の修行の山だそうです」
たしかに、森林のところどころに祠らしきものが姿をみせている。
「函館に修験道の霊山ありか。何でもアリだな」
「ええ、左の方向には、3万年くらい前に落下したらしい隕石のクレーターもあります」
「UFOの基地は何処にあるんですか」
「それは、反対方向にみえる、」
そうだよね、あるのね、やっぱり。
「ここが、頂上の展望駐車場です。振り向いてみて下さい」
一台も車の停まっていないだだっ広い駐車場に車を停めた彼女は、前髪を風にまかせて上着を着込むと、私の肩越しに、それを観た。
私もいわれたとおりにそれを観た。
噴火山。
巨大なセット、いやいまならCG合成かと思えるような、茶色と白と赤色の山肌に、硫黄の煙が数カ所から吹き上がっている、なるほど、噴火山といわれればそのimageのほうがピッタリの風景が出現した。
出現といっても突然現れたワケではナイのはもちろんだが、忽然として、と、くらいはいってもイイんじゃなかろうか。
「これ、いつからこんなふうに在るんですか」
「さあ、たぶん函館開港以前だと思いますけど」
そりゃまあそうだろう。しかし、これだけのめずらしい景観が、函館のどんな観光マップにも紹介されることないのは何でなんだろ。その全体を遮蔽物なく展望出来る場所があって、かくのごとく百台は駐車出来る駐車場まであり(それ以外は何もナイんだけど)、噴煙にも似た硫黄の煙を吹き上げている、まるで火星に生命体が発生した年代とも思われる光景(があったかどうかはとりあえず論外として)は、おそらくここ以外、日本ではお目にかかれないものにチガイナイ。
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