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2016年9月21日 (水)

百姓日記①

まず

 

過去の栄光、現在の名誉、そんなものは私にはありません。

私にあるのは、バランスの崩れそうな二本の足で踏ん張って歩く未来だけです。

 

これから、出無精、閉じ籠もりの私は〈旅〉をします。

まず、陸前高田を経由して、下北恐山。

浮世の地獄は観厭きたから、レプリカでも。

 

次は佐渡島。

日本でイチバン、能舞台の多いところです。

何故なら、世阿弥はここに流刑になったから。

流刑になってもなお、能舞台を遺した。

「完全なカタチ」を彼はみつけた。

それは無限の彼方にある。そこに行く方法だけをみつけた。

うんと身近にあるもので、それを知ることは出来る。

私たちは風を感じることは出来るが掴むことは出来ない。

花は、その風に揺られることが出来る。

それによって、私たちは、風と花のカタチを知る。

『風姿花伝』(花伝書)とはよくぞ名付けた。

 

日本のいろんなところの「風と花」観にでかけます。

百姓とは、農民のことではありません。

「百」の「姓」です。

「汝、隣人を愛するのではなく、隣人となる人を愛せよ」

「死ぬ順番などナイ。生き残る順番があるだけ」

「ワカラナクなったら、やりなおせばイイのだ」

「臨機傲慢」

「時間は分散できる」

「旅の重さ、とは、旅の重力のことだ」

 

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