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2016年9月

2016年9月22日 (木)

百姓日記②

 

やからやからな

 

「姓」というのは「やから」だ。関西弁では「やくざもん」でんな。

「旅をします」なんて、たいした旅でもなく、ほんとうに歩けるうちに目がみえるうちにと、そう思い立ったワケ。常人よりもバランス感覚と運動神経はかなりイイほうで、若い頃などは、ふいに頭で何かを避けてから、ふと振り向くと、工事中の囲い壁から角材が歩道に飛び出ていて、ふつうならぶつかっているところだった、てなこともあった。

それが、このあいだ、自転車置き場から自転車を出して、跨がったところで横転した。打ち身で済んだが、こりゃあ、明日、負荷のかかったところが痛むぞと覚悟していたが、あちこち、痛みましたね。

こんなことは初めてだったので、なるほど加齢とはこういうことでもあるのかと、笑い話に、精神科の主治医に話したら、「それは、・・・のせいですよ」と、依存だけで服用している二種の向精神薬の名前をいわれた。「あれは、足の筋肉にくるんですよ」「なるほど、そういうことか」

一種は、前の主治医が、セロトニン症候群を更年期障害とマチガエテ処方して、それで依存になった。もう一種も依存で、こいつは向精神薬の中でも依存患者が最も多い。つい先日、知り合いの薬剤師からその話は聞いた。理由は、内科の医師が、頭痛薬の代わりに(頭痛薬の効果の少ない患者に向けて)、あるいは、不眠症の患者に底無しに処方していたからで、いまでも、1000錠の手持ちがあっという間に空箱になるという。最近やっと、そのスジのほうから厳重注意のお触れが出たそうだ、が、遅いわっ。精神科の主治医に「・・の依存患者、多いらしいね」とふってみたら「多いんですよ、これが、ものすごい」とため息していた。

つまり、薬害だけが、私のいまの障害ということになる。目も、向精神薬全般において、ダメにするということは覚悟していたが、映画館にも試写会場、劇場にも行くことはナイ。海外ドラマは45分以内に一話なので助かるが、この前『シビル・ウォー』を観るのに4回休みをとった。眼鏡屋さんは、眼鏡で矯正するのはこれが限界というところまでやってくれているので、以前よりうんと楽ではあるが、1時間が精一杯。ふつう、一本観るのに二回休む。舞台は、観るというより聴いている。ときどき、ここはというところだけ、舞台に視線をやる。

まあ、そういうことなので、歩けるうち、みえるうち、ということですワ。

セロトニン症候群とその離脱症状との具合は、湿度が上がると、ちょっとキツクなるが、現状3㎎まで落とした。十月で0、そこから半年は離脱症状との取り組みということになる。

それでも、もう鬱々と、自宅にいるのもイヤになったし、いろいろとダンシャリ(私の場合はモノを棄てるのではなく、人間の関係を解消する)して、平均余命19年、こいつは無理だから、平均健康余命5年のうち3年は、お分けする。今日は二件、旅する費用と同じ額をカードで寄付して、お分けさせて頂いた。5秒に一人、子供が死んでいる。それが、世界の実情だ。

私は神のことはどうでもイイと思っているが、宗教は、必ず権力として語らねばならなくなる。それはフーコーから学んだことだ。有神論はとどのつまりは権力論にならざるを得ない。これがたしか、フーコーのいいぶんだったような気がする。

宗教以前、神格化以前の釈迦の思想が、最もヨロシイ。いまは、牛歩で、かつ鶏頭でだが、法華経が何故、後世に影響を与えたのか、お勉強しております。

2016年9月21日 (水)

百姓日記①

まず

 

過去の栄光、現在の名誉、そんなものは私にはありません。

私にあるのは、バランスの崩れそうな二本の足で踏ん張って歩く未来だけです。

 

これから、出無精、閉じ籠もりの私は〈旅〉をします。

まず、陸前高田を経由して、下北恐山。

浮世の地獄は観厭きたから、レプリカでも。

 

次は佐渡島。

日本でイチバン、能舞台の多いところです。

何故なら、世阿弥はここに流刑になったから。

流刑になってもなお、能舞台を遺した。

「完全なカタチ」を彼はみつけた。

それは無限の彼方にある。そこに行く方法だけをみつけた。

うんと身近にあるもので、それを知ることは出来る。

私たちは風を感じることは出来るが掴むことは出来ない。

花は、その風に揺られることが出来る。

それによって、私たちは、風と花のカタチを知る。

『風姿花伝』(花伝書)とはよくぞ名付けた。

 

日本のいろんなところの「風と花」観にでかけます。

百姓とは、農民のことではありません。

「百」の「姓」です。

「汝、隣人を愛するのではなく、隣人となる人を愛せよ」

「死ぬ順番などナイ。生き残る順番があるだけ」

「ワカラナクなったら、やりなおせばイイのだ」

「臨機傲慢」

「時間は分散できる」

「旅の重さ、とは、旅の重力のことだ」

 

2016年9月12日 (月)

途端調風雅⑦

エンサ~こらやっと

 

釈迦はこの世界が何であるのか、考えるのをやめた。たとえ、世界がどんなものであっても、そうでしかナイのだから、仕方がない。これを「不問」にした。来世や死後の世界(Afterlife)も、そうしている。

釈迦が考えたのは、/では、この世界に、人間はどう関係するのが正しいのか/だ。

では人間とは。という当然の問いがやってくる。

そうして、「そういうものなんだ」と、結論した。世界と人間についての答をlinearすると、「そうでしかナイところに、そういうものなんだ」が生きているということになる。

つまり、釈迦は欧米の哲学者たちが畏れたように「虚無」を開述したのではナイ。全肯定したのだ。ともかく認めてしまわないとしょうがナイものは、認めるしかナイ。これは後に「四諦」と称される。そこまでなら、凡人坊主にでも出来る。釈迦は、そうして、そののち、「否定」を始めた。自己と世界を否定していくにはどうすればイイか。ここから彼の真の闘い(修行)が始まる。これは、キルケゴールの説いた「絶望の絶望」や、アルベール・カミュの表現した「反抗」とよく似ている。(似ているだけで、同義というワケではナイ)。

 

現代のこの浮世(せけん)・・・〈社会〉といってもイイけれど、私には人間が〈社会〉などという高尚な(hyperな)システムを共有しているとは思えない・・・をmass communicationでは「閉塞」というコトバで掴もうとしているが、ほんとうにそうか。閉じているか。塞がっているか。否、私にはそうは思えない。そういうふうにいうならば、開き方(開かれ方)がマチガッテいる(マトモではナイ)。そういうふうに開いてはイケナイのに、そう、開いてしまった。そう、開くとどうなるか。おそらく怨嗟(ルサンチマン)が飛び出す。

ニーチェをちょいと持ち出してくることにいたしますけども。

/キリスト教道徳や,そこから生まれた近代市民社会のヒューマニズムや人権の思想は、弱者の強者に対する恨みや復讐心を道徳として表した奴隷の道徳なのである。/(思想の科学研究会「新版哲学・論理用語辞典」)

/また偽りは復讐し得ぬ無力を『善意』に変え、臆病な低劣を『謙虚』に変え、命令者に対する屈従を『従順』(その方が屈従をお命じになると、彼らが言うところの者――彼らはその者を神と呼ばわる――に対する従順)に変える。弱者の歯牙なさが、その目に余る臆病さまでが、戸口に立ち尽くしていること、やむなく待たざるを得ないということが「寛容」などという都合のよい名を冠せられ、また徳でもあると見なされている。復讐し得ないということが復讐を望まないこととされ、おそらくは赦しとまで見なされている/。

/全ての高貴な道徳が、自己自身への勝ち誇った肯定から生じて来るのに対して、奴隷道徳は始めから外部”“他者”“自己でないものに対して否を言う。そしてこの否が奴隷たちの[せめてもの]創造的行為なのである。この価値付与の眼差しの転回  自己自身へと立ち返らずに外部へと向かうこの必然的な方向  はまさにルサンチマンに属するのである。奴隷道徳は成立するためには、いつもまず対立した外部世界を必要とするのであり、生理学的に言うなれば、そもそも行為するためには外的な刺激を必要とするのである。- 彼等の行為は根本的に反応 [反感]なのである/『道徳の系統』

これらは、ニーチェのキリスト教への痛烈な批判なのだが、現代、いまの世情、世間、そのものと酷似してやしないか。

世間は閉塞なんかしてないぞ。「怨嗟でいっぱい」なのだ。キリスト教とは何の関係もナイが、奴隷道徳によって、互いに潜在的な〈反感〉を腹の底に抱えている、という具合だ。

これは、そうなんだから仕方ない。肯定しようではないか。で、さてと、どうやって釈迦のように、この「そうなんだから仕方ない」を〈否定〉すればイイんだろうか。

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