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2016年8月 2日 (火)

途端調風雅①

怪談

 

夏なので「怪談」の一つもやってみる。

名古屋に出てきて数年の頃、たつきを立てるために、私はあるタレント事務所に所属しながら雑多なタレント仕事をなんでもかんでも引き受けていた。当然だが、ラジオCMの仕事もあった。(奇妙なことでもナンデモナイのだが、この頃のギャラと、現在のギャラは殆ど変化がナイ。これはこれで怪談ともいえるのだが、理由をいえば簡単なことで、ベテランと称されるタレント諸氏が、その頃のギャラでいまも仕事を引き受けているだけのことだ)

怪談といっても、幽霊、心霊の類はでてこない。だいたい私はそのての怪談はまるっと信じてナイので。しかし、私なりに心底ゾッとしたことはあるのだ。

ラジオCMは、語るほうがボックス(金魚鉢とスラングでいわれる)に入り、カフ(on offのスイッチ)とマイクのあるデスクに座る。窓一枚で隔たれた調整室では、ディレクターやらクライアントが私の語りを聞いていて、注文を出す。これは、スピーカーを通じてか、イアホンを通じて、私に聞こえるようになっている。

たいていのCMは15秒、30秒、60秒、とこの三種類だが、ときには一発芸のような5秒というものもある。もちろん、その長さで読み切れる原稿を読むワケなのだが、その日手渡されたのは、ざっとみて800字ほどあったろうか。これは長いなあと思いつつ、出来るだけ間違えないように、テイクを少なくやんなきゃなあと緊張もしつつ、ボックスに入った。ラジオCMの難しさは、15秒なら1秒の狂いもなく15秒で、30秒なら30秒で、原稿をキチンと読まねばならないところだ。時計を睨みながらやるワケではナイので、そこはだいたいの勘というもので、読み切る。

さて、怪談の始まり。

ディレクターのほうからスピーカーを通じて指示がきた。

「えーと、30秒CMなので、よろしく」

・・・この長いのを30秒、こりゃ猛烈に速く読まないと、いや、それでもちょっと・・・

「はい、どうぞ」

私は、これ以上の速さは無理というくらいの速さで読み始めた。すると、途中で、

「ストップッ、速いよ、そんな早口で読んじゃダメだよ」

・・・・「わかりました」・・・

私は速度をちょっと落とした。

「ストップ、まだ速い。ふつうの速さで」

・・・・「あの、これ30秒ですよね」・・・3分のマチガイじゃナイよなあ。・・・・

私は、ふつうの速度で読んだ。と、しばらくして、

「速さはそれでいいんだけど、2分以上かかってるよ。30秒だよ30秒」

これは技術の問題ではナイと、私は思った。何か勘違いしてんじゃナイだろうか。もちろん、ディレクターのほうがだ。

・・・・「あの、原稿はあってますよね」・・・・

「うん、」と、いったまま、原稿に目を通して口を動かしているディレクター。自分で読んでどれくらいかかるか、ストップ・ウォッチを片手にしている。やがて、

「ちょっと、原稿が長すぎるので、カットするワ」

アタリマエだろ。で、10分ほど休憩して、ディレクターはカットした原稿を私に差し出した。なるほど、カットされている。三行ほど。

で、この怪談の結末がどうなったのか、それを述べる。原稿のカットは繰り返されたが、一行、二行というカットの仕方で、30秒に近づけるのには、ほど遠く、けっきょく貸しスタジオの時間が切れて、録音は延期になった。その後、誰にこの仕事がまわされたのか私は知らない。

私はこういう人間に出会うと、心底、ゾッとする。

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