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2016年8月 6日 (土)

途端調風雅②

Bad night 

 

『寿歌・4』では、ラストシーンでゲサクはキョウコと別れ、ゲサクの「柝」がチョーンと入って「はじまり、はじまり」で、終わる。

『寿歌』は私が私に対してした〈予言〉だから、そのとおりにキョウコを演んじていた女優は享年五十八で籍を変え、私は/何がはじまるのか/と、平均余命19年、健康余年ほぼ45年を予想して、やり残したこと、さらにやりたいこと、などを思い浮かべる。

にしても、セロトニン症候群とその離脱症状とのキツさは、なんとか12(一日)まで減薬を続行しているが、あまり変わらない。減らして変わらないということは功を奏しているという証左でもあるのだが、年内は6㎎、来年前半で0、その後、完全に抜けるのに六ヶ月として、来年1年は離脱作用はつづくだろうと覚悟している。

覚悟したって、痛いもんは痛いねん。

昨日は、午前中と午後少し具合が良くて、今日は楽だなとやや浮かれ気味だったが、夕方から左腕の前兆が始まり、あっという間に全身に至り水行陸行、邪馬台国に至る。これは最長不倒距離の記録を抜いて、深夜までつづき、飲むと辛いかなと予想しつつ、しかし、酔わないと痛みを誤魔化せないので、飲むには飲んだが、七転八倒。二度ほど台所に立ったときに貧血で倒れそうになる。このとき心臓はひどくゆっくりとしか拍動がなく、なるほど虚血性心不全というのは、こんなふうに起きるのだなあと、おそらくかの女優もこれで逝っちゃったななどと思いを馳せ、25時就寝するも、4時過ぎには目が覚めて、β-ブロッカー服用。

鎮痛剤が効かないのでアルコールで酔うということで痛みを誤魔化すしかナイのだが、ときにこうして裏目に出て、基本的にうつの疾病だから「自殺念慮」が出て来る。出てきても死にはしないのだが、ここが不思議なのだが、どんなに強い自殺念慮があっても「イヤだね」という反抗のほうが現実的なのだ。「自殺したいのはワカル。しかし、それは出来ない」と心的、精神的に応じている。

そこで、何が自殺を念慮させているのか、その問題点を洗い出すという作業をやってみる。

こういうときは、フツウではナイので、普段は思いもつかなかった潜在にまで観察が及ぶ。いわゆる内観というもので、ここには書けない幾つかの無意識領域の問題点が浮上してくる。そこで、異性に対する愛情(恋情)より、何故、友情のほうが強いのか、あるいは愛というものが、何故、理解出来ないのか、いろいろとワカッテくる。まるで、拷問されて白状しているようなもんですナ。

具体的には書けないが、私にはどうしても「和解出来ない」ものがあるのだ。

和解は出来なくとも、同情くらいは出来るだろうと、これがゆんべの結論。

アト一年と数ヶ月。もう「はじまって」いるのだから、はじまった世界に企投するしか他、出来ることなどはナイ。

 

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