涙、壊れているけれど⑲
死ぬことに平等などナイ
第24回参院選があって、与党が勝って、権力は磐石、つまり「アベノミクス」は正しかったらしく、にしては、なんだかいろいろな矢を、安倍総理は何本か射たらしいけど、で、当初は庶民大衆にその成果による影響が出始めるのはしばらくアトで、時間がかかるというようなことをニュースやバラエティなんかで耳にしたけど、だいぶ時間は経ってると思うんだけど、特に変わったことはなく、不況で貧乏で、失業者いっぱいで、仕事なくて、けど、与党が勝ったんだから、「アベノミクス」は正しいと有権者は判断したんだろうし、これからは「積極的平和主義」になって、現政権による改憲はマチガイなくあるだろうし、それにも有権者は賛成したんだから、そうすると、私は政治には素人だけど、こういう芝居なら創れるなと思ったことをいうと、この不況とか、貧乏人を救済するには、「積極的平和主義」といのは都合がイイので、食い詰めたひとは、みな、自衛隊に入れるようにすればイイ。徴兵というのではナイ。貧困救済だ。自衛隊マルヒ部隊。このマルヒは秘密の「ヒ」なのではなくて、もちろん「貧困」の「ヒ」だ。もちろん、「弾除け部隊」だから、さほどの訓練など必要ナイ。「囮部隊」だから、カッコだけつけとけばイイ。とはいえ、貧乏人の中にも頭脳明晰、あるいは体技優秀なのもいるだろうから、そういうのは選抜して、まともに訓練して、適材適所。そうすると、いろいろと経済問題も解決するだろうし、というのは、戦争というのは銭になるのだ。銭になるから、世界のあちこちでやってんですよ。正義とか主義主張とか思想とかは、アトヅケでよろしい。武器は売れる。瓦解した町を建築しなおすのに、土木産業が必要になる。葬儀屋は儲かる。兵隊さんたちのためにフーゾクも必要だろうから、そのての店もハンジョウする。兵隊さん飯食うから、食材産業も潤う。情報科学戦争だから、そのてのIT産業も金回りがよくなる。なるほど「アベノミクス」というのは「積極的平和主義」とガッチリ手を組んでの戦略だったか、それなら有権者も賛同するよな。
「しかし、ひとが死ぬんですよ」ひとなんて、毎日死んでるし、誰だっていつかは死にますよ。「あなた、あなたの入れた一票に責任持てますか」「あのね、日本国憲法第三章、国民の権利及び義務、第十五条4項読んでごらん。一票にはなんの責任もナイってこと、ワカルから」「つまり、貧乏人は死ねというのっ」「チガウ、チガウ、死ねなんて誰もいえないよ。死ぬしかねえなあ、と、そう思うだけよ」
まあ、オレなんか、余命を考えたら、別にどうってことないんだけど、これからの若い人はちょっと気の毒だとは思うね。
と、そういう芝居、ね。でも、オレは創らないよ、こんな誰もがかんがえつきそうで、誰でも創れそうな芝居なんて。
なんだかなあ、老い始めてから、地獄みなきゃなんないのかよ。後味悪いねえ。もちっと頑張ろうかなぁ。せめて犬死にしないように。
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