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2016年4月

2016年4月26日 (火)

突発勝負

彼女の死については、何か書かねばならないかも知れないが、現状、うまくまとめることが出来ず、とはいえ、こういうことは時間をおくと間が抜けてしまうので、書くには書くが、ほんの思いつき程度にしかならないことはご容赦願う。
死の一報をいち早く受けたとき、私の第一声は「死因は」だったと記憶する。それで「急性心不全」とワカリ、とりあえず「自裁」めいたものでナイことで、やや一息。
こういう死は、いわばボデイブローで、効力というか影響はじんわりとアトからやってくる。その具体、詳細については、私事もあり、述べることはナイが、母親の介護での過労が心不全の原因といってしまえば、それ以外はナイ。とはいえ、私は「事故死」ではないかという懸念も払拭出来ていないでいる。
彼女が通院先から、どのような投薬を受けていたかは、先方の守秘義務があるのでワカラナイが、私の経験的観測からすれば、精神安定剤、睡眠導入剤、ひょっとすると、筋肉緩和剤があったかも知れない(種類はワカルが薬名までは当然ワカラナイ)。これに、彼女の日常的な飲酒を加えると、心不全を起こしやすくする材料は揃ったことになる。
睡眠導入剤というものは、飲酒すると効力がなくなる場合が多い(よって、私は導入剤は使わずに、major tranquilizer を2,5グラム服用している。これで、中途覚醒なしに朝まで6~7時間眠れる。現状、抗鬱剤がうまく作用しない状況で、このクスリはありがたい)。睡眠導入剤が効かないので、増量して、他の向精神薬と同時に飲酒となると、心不全への危険度もまた増す。
私や彼女のえんげきの時代を知るものは、私にとって「ショック」ではないかと、いろいろと心配してくれているらしいが、私の気分は(気分なのだが)、背中にドスンと何か乗せられたようで、重苦しいといったところだ。
私のような渡世とチガッテ、彼女はカタギとしての行き場があったはずなのだが、ひとは他人ゆえ、余所のことはワカラナイ。
私はゴールを過ぎてなお、走っているトンマでしかナイが、彼女はついに夢ならず、虚構のレースを走って、褒められずもせず、認められもせず、逝ったというワケだろう。
〈憐憫〉、がふさわしい、永いお別れのコトバだ。

2016年4月17日 (日)

悲しみ勝負

ネアンデルタールもクロマニヨンも 泣いている 亡んでしまって なにが かなしい

花と風 雪を歩いて 番傘さして いまごろ何処までいったやら

知らぬまに逝ってしまったともたちよおいてけぼりは何をすればいい

2016年4月11日 (月)

背負って勝負

私の祖母の生まれは京都
ひとにはいえぬところで ございます
隠し通した 出自の因は そこんところにあるんでしょう
それからマレーに逃げまして 馬賊の賄い 務めました
ほとぼり冷めて 日本に戻り 始めた商売 アイスクリン屋
昭和の初めでございます
妾奉公 西向きャ 紅屋 赤い花緒の下駄はいて
子供背負って ジャムパン 一缶
土曜の花会 短冊散らし 更けゆく夜の 勢多の唐橋
母の名を呼ぶ ボートの子らが
聞いた鐘の音 いまはむかしの 哀歌であります
もらい湯の 北斗の星の 帰りの坂道
我は星のこ 不知火の
そうそう 大火事ありまして 学校全焼 焼け棒杭
憶えております 祖母の背中は やっぱり燃えて 
大縁側には 火がいっぱい とんとんとんと 肩たたき
すこうし 地平が傾いて シャボン玉に 丸髷の
くずすくずすは 口説きのもんく
ビィードロ ホッペン おちょぼ口
長患いで 亡くなりましたと ディスクジョッキー いいましたね
悔い改めなさいと 神に談判
したのはこっちだ お門違いのボンズはつんぼ
いちかけ にかけ さんかけまする
このあたりからでしょう 罪とやらを 背負ったのは
背負われて 背負って拝む 石地蔵
ちょうど時間と おかみさん
行きな 黒塀 神輿でワッショイ あとの祭りの盆踊り

あんまりひとにやさしくするもんじゃナイ。我慢にも限度、堪忍袋の緒だって磨り減れば自ずとキレル。意地でささえる夢さへなくなって、莫迦にだけはならないように、コトバの鍛練をしているけれど、和剃刀の研ぎ方も忘れないように心がけている。

ああっ斬りたいな、切りたいな、喉元スパッとやりたいな。

あんたの、だよっ。

2016年4月10日 (日)

でたとこ勝負

ちょいとどこまで お出かけで
月面着陸失敗しまして 女がひとり 泣いております
落とし物はUSB 私の世界のデータです
さがしものなら 隅田川
仕掛け花火の 火の粉をあびて
まぶしいったら ありゃしない
宅配きました 飴のご褒美 ええ いつものように
現世に未練はござんせんと いうんですなあ その
豆苗の小さな花です 道端でひろった娘です
いつもの水割り ドアの把っ手に引っ掛けまして
時間計れぬ 砂時計
ああ 悔しいったら ありゃしない
これでは いつ何処で 死んだらいいのか 困ってしまって
ココロは荒野を 駈けております
ごめんなすって 急いでおります
いいえ 浮いたことなどしちゃいません
振り返れば 出刃包丁
誘っておいて 知らぬ顔
いつものことです もう懲りましたので
潜ってみせましょ 夏まで待てりゃ
それが証拠に 裸足は 人魚の成れの果て
地の果て 氷の海の底
獄(ひとや)に収監されております
あれから 一年 ふた月 三月
律儀に生きてまいりましたが
世間はすっかり 亡んだようで
きょうも 町内会の役員さんが
路頭に迷っておいでです

私は、いままで学んだことをすっかり忘れてしまい、遠いむかしに生きている。
分単位で、相転移して、情緒も思想もはっきりせずになるものだから、こうして、かろうじて、生存の証を刻んでいる。

2016年4月 5日 (火)

♡~39

如何なるものも歴史には遺らない。何故なら、歴史それ自体が消滅してしまうからだ。

演劇は、今後は、文学としての戯曲(書かれた劇)としての発展、生成、が、いずれ「読まれる劇」という文学として、新しき分野を確立するだろう。

「演じられる劇」は、「観るもの」としては、次第にその必要性を希薄にしていく。何故なら、観手にとって「私は何をみせられているのだろう」という〈不充分〉な隷属性の支配が拡張されていくからだ。簡便、端的にいえば、観劇の多くは、観手にとって、「手応えが無い」という感想につきる。

「読むことが出来、観て、手応えのある〈芝居〉を創造していかなくては」
ひじょうに、単純なことだが、演劇、舞台、芝居、は、「観客」が観ることによって成立する。これは、観客にシンパシーを求めたり、観客サービスに腐心せよといっているのではナイ、ことは、いうまでもナイ。むしろ、100人中、一人の観客の心身を震撼させることが出来れば、残りの99人はどうでもイイ。(実は、これは、手塚治虫さんの70年代のコトバで、もちろん、手塚さんはマンガについて語っている)

2016年4月 3日 (日)

♡~38

なんだか、もう終わっているのに無理ヤリ生きようとしている。そんな気がしてならないのは、風邪で寝込んで世界観が厭世しているからではナイような気がする。
遺跡が好きなのは、「すでに終わってしまったものの優越」を感じるからなのだが、ほんとうの生きる目的もナイのに、goal地点を延ばしているのは、何故なのか、ちょっとワカラナクなってきた。

車走る道の真ん中を歩いてみたい遠くをみながら

御神籤の恋愛に「ためらわず告白せよ」とあり 穢れなき神のいたずら

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