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2016年1月11日 (月)

♡~7

『眠狂四郎』の生みの親柴田錬三郎さんは松本清張やなんかと同世代なんだけど、『イエスの裔』で直木賞を受賞してからも食えなかった。つまり、文壇への登場が早過ぎた。しかしのちに氏の語るところによると(といっても、虚ろ覚えなんですがね)、その時代にたつき(食い扶持)のためにやった仕事が後々自分の生涯を支えたという。何をしていたかというと、大人向けの中国伝記なんかを少年向け小説に書き直していたのだ。従ってこの頃、殆どの中国文学は読破したらしい。なるほど、いま「ウィキペディア」でみると、直木賞後の著作・出版は少年向け小説の出版社からのホンばかりだ。これはたいへん勉強になったと述べてらっしゃる。中国伝記小説を読むだけでなく、その長ったらしい小説を「わかりやすく、短く」少年小説に書き直すのだから、一種、編集能力も身につく。
私もとある出版社の企画で『ブラウン神父』シリーズを三編ばかり少年向けに書き直したが、編集者がそれを読んで「ああ、こういう話だったのか。すごくオモシロクなってますね」と賞賛。(残念ながら、編集者病いのため、まだこの企画は出版にこぎつけてナイ)。
そのシバレン(柴田錬三郎さんのことを私たちはそう称した)さんに、これほど面白い時代小説は読んだことがナイといわせしめたのが『柳生武芸帳』(五味康祐、作者の死により中断)なんだけど、登場人物のあまりの多さにコンガラガッテくるらしく、映画化された映画を試写で観た作者の五味康祐は「そうか、こういう話だったのか、よくワカッタ」とコメントしたという逸話がある。つまり作者もコンガラガッテいたのだが、映画を創る側も、やっぱりコンガラガッテいて、ひとことでいうと〈無茶苦茶〉な映画。役者(主役は三船敏郎なんだけど)がナニをやっているシーンなのかワカランところが随所にあって、それはそれなりに見どころでもアル。私はリアルタイムではないが観てはいるのだが、一緒に鑑賞した劇団のものに、観終わってから「○◎はありゃあ、ナニをしてんですか」と幾つかワカランsceneを指摘されて、「おそらく、監督も脚本家も役者も、要するに誰もがワカッテナイんじゃナイのかな」と応えた。そんなふうに映画が撮られるのかというと、案外、そういうのは捜せばあるのだ。たとえば『必殺』劇場版の『黄金の血』は、脚本が遅れに遅れ、出来たシーンから撮っていたので、監督も助監督も役者もスタッフも、話の何処のナニを撮っているのかワカラナカッタという。編集で何とかつないだようだが、先述の『柳生武芸帳』は、これよりさらにワカラン。
片岡狂四郎第七話の女優さんは、佐藤万里さん。この女優さんは、現在は引退されてカタギの主婦、57才。主役こそナイが(と、思うんだけど)、たいていのテレビ時代劇のシリーズには必ずといっていいほど、重要なバイプレーヤーとして出演。現代劇でも、しょっちゅう顔をみるので、なんだか顔なじみのお姉さんで、はい、好きですよモチロン。
仇を討ってもらおうと、狂四郎に〈情を乞う〉のだが(あのね、情を乞うって、何のことかワカンナイでしょ。まあ、イイけど)、「女は死ぬために抱かれるのではナイ。生きるために抱かれるのだ」と、諭される。オレなんか、そういう難しいこと抜きで・・・
えーと、晩飯の献立は決まってます。納豆、あおさ汁、玉子焼きです。

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