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2016年1月21日 (木)

♡~17

機械というものは、正確に間違う。人間はスピノザにいわせると「もともとマチガッテいる」ので・・・そういうふうにはいっていないが、そういうふうなことはいった。・・・最近は気候が変だとか、日本(人)は平和ボケしているとか、正しそうにマチガッタことをいってる。気候というのは〈自然〉なのだから、間違ったりしない。自ら然りあるがごとくに振る舞っているだけで、それは「振る」「舞う」だから、じっと突っ立っている人間にしてみれば〈変〉にみえるだけだ。「平和」でボケたひとなど私に限っていえば観たことはナイ。ひとは「戦争」によって気が変になるのだ。アタリマエじゃないか。つまり、論理に従っていえば「平和ボケしている」といってるひとが惚けているだけだ。平気でひとの首をナイフで斬って落せるのも、戦争で気が変になっているからじゃないのか。そういう連中を「とにかく駆逐、殺せっ」と、ヒステリックになっている民主主義、あるいは共和主義国家の為政者も、要するに「オカシイ」。違うかっ。
日本人ほど臆病な人種はいない。おそらく、イチバン濃くホモ・サピエンスの血(いまふうにいえば遺伝子・・・遺伝子とDNAとはチガウ・・・)を受け継いでいるのとちがうか。ホモ・サピエンスは、臆病だったので、一所懸命に「考えた」。何をかというと、生き抜く方法、生き延びる手だてを。だから、ネアンデルタールやホモ・エレクトスが滅亡したあとも、幾つかの氷河期を生き残った。
40歳から45歳になる心身の変容と、六十歳からの1年ごとの心身の変容は、まったくチガウ。還暦を過ぎると、ひとは、未知の体験ゾーンに入るらしい。これは、穴居時代の人類にはなかったことだ。何故なら彼らはそんなに長命ではナイ。もちろん、縄文人にもなかった。縄文人の推定平均寿命は5~10歳だそうだ。せいぜい長生きしても三十歳の人間しか、その時代にはいなかったから、彼らは、六十年生きるなどという経験値を遺伝子に残してくれなかったようだ。     
「いま、世界中の人間に平等に食料を分配したら、世界中の人間は数日で総て餓死する」と、ブラック・ジョークだか、あるいはほんとうのことだかをいった御仁がいて、袋叩きにされたそうだが、殴ったり蹴ったりしているほうも、「待てよ、ひょっとすると」てな気になってきて、「ちょっと待て、まあ、一杯やろう」と、共にしみじみ飲んだ、というニュースを何処かで読んだ。これは、私は良いニュースだと思う。

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