私想的生活-03
「めずらしいもん屋」てのがあるそうなんですがね、ほんとなのかね。ほんと、ほんと。何売ってるの。だから、めずらしいもん、よ。たとえば。髑髏、頭蓋骨なんかあるね。そんなものは、めずらしくナイじゃない。いや、その中でもめずらしいのが、たとえば〈織田信長の十六歳のときの頭蓋骨〉とか。そりゃあり得ない。あり得ないのでめずらしいんですよ。じゃあ、その店でイチバンめずらしいものってのは、何なの。それは〈ちっともめずらしくナイ〉ってのがあって、それがイチバンめずらしい。なるほどね、「めずらしいもん屋」なのにめずらしくもナイものが在ると、それは、イチバンめずらしいということか。そういうことですよ、旦那。
〈織田信長の十六歳のときの頭蓋骨〉というのが存在するということを、哲学で説いたのが、ボードリヤールだ。ボードリヤールについてちびっとだけ解説しておくと、/『消費社会の神話と構造』(1970年にフランスで刊行)が代表的な著書で、本書では、大量消費時代における「モノの価値」とは、モノそのものの使用価値、あるいは生産に利用された労働の集約度にあるのではなく、商品に付与された記号にあるとされる。たとえば、ブランド品が高価であるのは、その商品を生産するのにコストがかかっているからでも、他の商品に比べ特別な機能が有るからでもない。その商品そのものの持つ特別なコードによるのである。つまり、商品としての価値は、他の商品の持つコードとの差異によって生まれるのである。現代の高度消費社会とは、そういった商品のもつコードの構造的な差異の体系である。高級車には高級車の、コンパクトカーにはコンパクトカーの持つ記号がそれぞれ存在し、それらを自ら個性として消費するのである。こうした「記号」という商品の価値が、本来の使用価値や生産価値以上に効力を持つ社会を「消費社会」と本書ではよんでいる。この思想の背景にはマルクスの価値形態論とソシュールの記号論が控えており、こうした分析を、生産物に限らずあらゆる社会事象や文化に援用したのが本書の特徴である/と、これは『ウィキペディア』の解説なのだが、要するに「マルクスの価値形態論とソシュールの記号論」からサンプリングしてきたものをリミックスしたものだと思えばイイのではないかな。「コード」とか「差異」が、交換価値となるというのは、商品というのは無機的なものではなく、有機的な〈表現〉という価値を有していて、同じ価格のドレスを、ある女性(消費者)が選択するときに、どちらの〈表現〉を気に入るか、ということだ。と、私の脳のテンプレートにはファイルされている。ポスト構造主義の書籍の中では、比較的ワカリヤスイ本だったという記憶がある。(といってもワカルところ、興味のあるところしか読まないのは、私の読書術なんだけど)。
というワケで、〈織田信長の十六歳のときの頭蓋骨〉は、ボードリヤールふうにいうと、〈シミュラークル〉ということになるのだが、〈シミュラークル〉というのは、ボードリヤールの展開した哲学における彼自身の「造語」で、似たものにシミュレーションてのがあるが、簡単にチガイをいえば、シミュレーションは「模倣」「複製」、いわゆるコピー、レプリカのことだから、元ネタが存在するのに対し〈シミュラークル〉には元ネタはナイ。似たモノに火のナイところに煙をたてる「流言蜚語」「噂」の類があるが、ボードリヤールは、消費者は、そういう類に踊らされやすく、いまの社会の消費ってのは、そういう神話的なもんだよという、警鐘、啓蒙というのをやったんだと思う。
たとえば、関東大震災(1932年-大正12年-9月1日11時58分32秒、関東にて発生)の際、「朝鮮人が井戸に毒をまいた」という流言蜚語、噂、が飛び交って、朝鮮人が大虐殺された、ここには二重の〈シミュラークル〉が現出している。まず、「朝鮮人が井戸に毒をまいた」というのは「噂」であって、元ネタがナイ。〈織田信長の十六歳のときの頭蓋骨〉と何のかわりもナイ。さらに、朝鮮人大虐殺では、ロンドンのナショナル・アーカイブスで朝鮮独立運動派が諸外国の外交官にばら撒(ま)いた謀略宣伝用小冊子に書かれた数字はなんと2万3059人の朝鮮人が殺されたことになっているが、当時東京に何人の朝鮮人がいたのかというと、政府統計によると約9千人だから、近県の朝鮮人在住者近県に 約3千人をたとえ加えても、1万を少しこえるだけで、これもまた〈シミュラークル〉なのだ。ボードリヤールふうにいえば、なんだけど。
しかしながら、私はこの〈シミュラークル〉という概念を、なるほどそうですかと認めているワケではナイ。(続く)
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