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2015年10月11日 (日)

可笑しき劇作家①

/江戸の人たちは概して楽に生きて、楽に死んでいったような人が多いですね。つまり、普段、頑張っていないんです。/(「一冊の本」2003年、杉浦日向子・『粋に暮らす言葉』所収)
とはいいながら、日向子さんは、少し斜に目を向けて、
/源内の、この世はデタラメなことだらけで確かなのは人が死ぬということだけだという諧謔には、笑うに笑えない実感があっただろうと思います。/(「江戸へようこそ」・『粋に暮らす言葉』所収)
と、彼女のダークな面をちょっとちらつかせ、
/江戸は手強い。が、惚れたら地獄、だ。/私に言わせれば、江戸は情夫だ。学んだり手本になるもんじゃない。/「うつくしく やさしく おろかなり」・『粋に暮らす言葉』所収)
と、トリックスター (英: trickster 、神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を引っかき回すいたずら好きとして描かれる人物のこと。善と悪、破壊と生産、賢者と愚者など、全く異なる二面性を併せ持つのが特徴)となって、剣を投げ入れるのだ。
イエス・キリストもまた、そういう二面性があった。マチウ福音10章34節~39節を引用すると「地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、剣を投げ込むためにきたのである。 わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。 そして家の者が、その人の敵となるであろう。 わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。 また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。 自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう」というふうだ。
この世がデタラメだということに最初に気付いたのは、このブログの『And in the End』でも述べたが、仏陀(釈迦)だ。しかし、平賀源内のような(キチガイと紙一重の)天才もまた、それには気付いていた。劇作家も気付いたんだけど、笑ってなきゃしょうがねえなと、劇作家はそう、思う、のだ。
ちょっと日向子さんのコトバを書き直せば劇作家にとっては、アタリマエだがこうなる。
/演劇は手強い。が、惚れたら地獄、だ。/私に言わせれば、演劇は情婦だ。学んだり手本になるもんじゃない。/
しかし、日向子さんの、こういう刹那の狂気(凶気)ってのは、またイイねえ。好きだなあ、こういうの。男には絶対ワカンナイから。日向子さん「江戸と寝てる」から。江戸は男だし、お床だから。編集者の諫言をよくきいて、口説かなかったのは正解でした。そうして悔恨です。悔やみつつ、線香燻らしておきましょう。

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