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2015年9月26日 (土)

悲しき劇作家⑪

若い劇作家に未来がナイことは、つらいことだ。六十を過ぎてビンボーするよりなおツライ。劇作家(私)は六十年以上生きたんだから、もう、明日などどうでもヨロシイ。しかし明日来るひとの明日がナイのは、昨日を過ごした身に、ただ哀しい。
五十代を過ぎると、口から出るコトバは、「愚痴」か「説教」だとよくいわれるが、それなら文学など、その多くは愚痴か説教の延長にあるといわねばならない。その伝でいえば、「哲学」ってのは「居直り」かね。「宗教」、こいつは「無い物ねだり」と。
安全保障法案の是非がどうであれ、劇作家が観たのは、政治家の反吐が出そうなほどの狡猾さで、あれよあれよ、どれよっ、んっ、てなことを思っているうちに、憲法9条を素通りして、自衛隊の海外派兵を可能にしてしまった。出来るんだナァ。
公明党常任役員会代表山口那津男ってのはアレだな、目の表情がまったくカワンナイ。こないだ報道番組で、学会員が集めた学会員の法案反対署名9000人分を手渡そうと、呼びかけ人代表が、雨の中、何日も党本部の玄関前に佇んでいるのを、これ以上は国民の反感につながると判断して受け取ったときのひとことが「党規約にはナイので」とかなんとか、なんだか、なんやね、なんやわからん、こというてたな。そういう党はアカンな。
自民党が、もはや公明党を員数として必要としないのに、与党のままにしておくのは、もちろんそれ相応の弱みを握られているからにはチガイナイのだが、公明党にいわせれば、「汚れ仕事はみな、うちがやってきたんだからナ」と北叟笑んで(北叟とは、北方の老人をいうが、全体の意味としては、「人間万事塞翁が馬」(「淮南子」)だと笑ってる、てなことになる)いればイイだけのこと。これまた、政治の裏表の恐ろしさだ。
安保法案に関しては、「よくワカラナイ」が国民多数の常套句のようになっているが、つまるところ、その〈根拠〉が判然としないということだとしか思えない。これについての安倍ソーリの常套句は「国民の安全と幸せな生活を守るため」で、何度も何度も聞かされたもんで、納戸に入りきらなくなっているくらいだが、国民がいま「どんな危機」にさられれているかは、秘密保護法案によって、情報が出てくることはナイだろうし、というか、秘密保護法案というのは、日本国家、政治、政権の秘密ではなく、合衆国から入ってくる情報の漏洩を防ぐための法案だということくらいは、知っておいたほうがイイ。従って、日本の「危機」「危険度」は、自衛隊の情報機関より、合衆国のほうが、よくご存知なのであります。具体的にいえば、いいんだろうけどね「日本はこんだけ危ないんです」と。まあ、アメリカが、早いとこ法案つくれ、といってきたので、すぐにヤリマス、ということになったと。こんなところですね。だから〈根拠〉などワカルわけがナイのはアタリマエですわ。「幸せな生活」ってところで、いつも劇作家は、愕然とする。慄然とする。呆然とする。アホになる。日本国民で安倍ソーリのいうところの「幸せな生活」とはなんやワカランから。とりあえず公務員は銭の心配せんでエエからそのぶんは「幸せ」かも知れない。この国にほんとうに格差があるとしたら、公務員と一般国民の生活格差だけだナ。100田さんが、「格差というなら、時間的にはもっと酷い時代は歴史を遡ればいっぱいあった。空間的には世界の多くの国で超格差のビンボー人は大勢いる。それに比すれば、日本に格差などナイ」と、いうてんねんけど、このひと、エエこといっぱいいうて、イイ小説も書いてんのに、こういう思想のナイこというから信用されへんねん。絶望と落胆にはもう厭きた。100田さんに足らんのは、たぶん、絶望やと思うワ。曰く、お気楽。やっぱ大阪のテレビマンはそれくらいやないとナ。
と、本日の劇作家のモーソーでした。

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