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2015年9月27日 (日)

悲しき劇作家⑫

四十代の後半くらいか、それとも五十を過ぎてからか、「隠遁」てな暮らしにちょっと憧れたりした。で、いまは六十三で、半分は自然に隠遁みたいなことになっていて、演劇屋という種類のにんげんは、東京にいないと忘却されるんだな。東京にいても忘却される者は仕方ないけど。地方(東京以外)にいると、なんか「その他」みたいなことになって、小劇場演劇というのも、いまでは「アマチュア演劇」というふうにコードされているし、演劇も、時代によって変わらぬもの変わったもの、ありますワ。まあ、大阪が「地方都市」といわれる時代ですから。橋本がジタバタすんのも、ワカランでもナイ。でも、あのひとジタバタして、日照りつづきに埃をたてているだけみたいだけど。
隠遁も「淫遁」とかになると、「隠れ花園」「秘密の花園」みたいで、ちょっとした小ハーレムみたいで、まさに江戸川乱歩ワールドなんだろけど、隠遁でも銭がかかるのに、よほど銭に余裕がナイと、そういうのは無理ムリ。銭に余裕があるのか、何かシュー・キンペーがどっかマチガッテいるのか、渡航費まで出して中国人が日本製の「使い捨て紙おむつ」を爆買いとかしてると、マスコミいうてるけど、立地のエエところの億ション買い漁ってるのも中国人でっせ。もちろん、直接にではナイと思いますが。直接にそんなことしてバレたら、「虎も蠅も」のどっちかで叩かれるからな。しかし、いくら叩いても中国四千年の賄賂政治が、今更、良くなるとは思えんな。
話かわって、若い劇作家はいったい何を考えて(具体的にいうと、どういう明日を思い描いて)演劇やってんだろうネ。映画『イヴの総て』で描かれていた時代も懐かしく感じるご時世だ。その点、音楽屋は歳とっても、独り、渚というか浜辺でペット吹いてたり、公園でギター爪弾いていたりしても、哀愁あってヨロシな。駅前はなあ、あんまり好きではナイです。「売り込みィ~」つう感じが強いんで。インディーズもそれなりにタイヘンでしょうが、プロ歌手はタイヘンですよね。10年、20年前ならホールで1000人単位の客、いまじゃライブハウスで80人。年中ドサ回り。それはそれでエエ道楽だと思うんですけど。だいたい、歌みたいなもんが、被災者を慰めるてなこと、被災者のほうに余裕がナイとでけしまへん。被災地(というところを勝手に決めて)に出かけて、そら、あんた宣伝でんがな。やっぱり被災地が待ってるのは杉良太郎さんのほうですな。(このへん、100田さんは正しいと思う)。何事も衣食足りてですから(住もそうです)。
あるひとがですね、社長になって、着ぐるみ(当時はぬいぐるみといいました)のショーイベント始めたのは、そのイベントで稼いで食っていけるようにして、好きな芝居の舞台の一つもやれるようにというのが目的でした。私も創設メンバーで、寂れた駅に近い六畳のアパート(最初の事務所)で電話番してました。やがて事務所は大きくなりました。東京と神戸にも事務所を持つようになりました。とはいえ、そのひとが舞台に立つ姿を観たことはありません。ここにも時代は押し寄せて、いまは殆ど仕事はありません。劇作家は事務所全盛の頃、着ぐるみも被りましたが、10分の着ぐるみ劇を何本も書きました。これがいまの劇作家の基(もと)です。
ずっと仕事を〈労働〉としてやってきました。いまは仕事を〈道楽〉だと思ってやってます。とはいえ、労働のときは木刀でやってたのに、道楽にしてからは真剣を抜くようになりました。オカシナもんだと思われましょうが、真剣勝負、活殺(生き死に)が係った立ち合いがイチバン面白い道楽になります。斬っても斬られても、血が流れます。

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