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2015年9月17日 (木)

悲しき劇作家⑨

/つまらぬ仕事などはないのだ、いったんやり出したならば。それは人の知るとおりだ。刺繍もはじめの幾針かはあまり楽しくもない。しかし、縫い進むにつれて、その楽しみが加速度的に倍加する。だからほんとうに、信じることが第一の徳であって、期待することは第二の徳にすぎないのだ。なぜなら、何ひとつ期待することなく始めなければならないからだ。/(アラン『幸福論』)

演劇は「面倒くさい」営為だ。これほどリスクの高い営為も他にはナイ。high risk no return.なおかつ、演劇の稽古というものは「面白くナイ」。鹿島茂老子にいわせると、いまの若者は(いやいや、中年も壮年も爺も婆もだ)というか日本人は「面倒くさくて面白くナイこと(もの)」はやんないっ。つまり、この正反対の「面倒くさくなく面白いこと(もの)」しかやんない。それが何故「面倒くさい」のか、それが何故「面白くない」のかと「考える」ことも「面倒だからやんない」。しかし、現にいま演劇をやってる連中もいないワケではナイ。そういう連中は大きく分けると二つになる。一つは演劇というものが、「面倒くさいからこそ面白いのだ」ということに気付いた人々。もう一つは「みんなとワイワイやってアトで一杯やってが楽しい」という、私はこれを「寄り合い芝居」というふうに称することにしたが、つまり、落語の「寄り合い酒」だ。前者は、〈銭がナイなら知恵を出せ、知恵が出ないなら汗をかけ〉という格言に目覚めたといってイイ。確かに銭がナイことは、どうしても確かなのだ。「今回は予算がナイので」というコトバを私は何百回となく聞いた。「今回は予算が潤沢なので」というコトバを聞いたのは、いわゆるバブル日本の数年のあいだの数回だ。何でこうも銭がありさへすれば解決出来ることが多すぎるのか、と泣いているヒマがあったら、では、どうするか「創意」と「工夫」で「考える」しかナイのだ。これが縫い始めの一針二針だが、最もたいせつなものはそこに凝縮されている。と劇作家は経験上、学習している。ところが、現状で知る限りの小劇場劇団系の戦略は、どれもこれも、帝国陸軍のインパール作戦を思わせるものばかりだ。楽しみが加速度的に倍加するどころか、本番が近づくに従って、矛盾、苦渋、ムチャクチャ、綻びどころかズタズタ破れ、姑息、やっつけ、の度合いは増加し、辿り着くのに地獄の思い。それでも、どうにか辿り着いたら、過程は忘却、宴会の酒に流す。こんなことを繰り返していたら、つまらなくなるのは当然じゃないか。不幸になるのはアタリマエじゃナイか。
そこで、編み出される術(すべ)が「面倒くさくない」演劇というヤツだ。鋳型タイプの素麺流しという(ってどんなのか、知らんが、そんなふうな感じがしたから、そう書いた)出来合いのものに、とりあえず、素麺でも流しておけば食えるだろうというモノだ。
ところで、私はオリジナルなものをやれといっているのではナイ。鋳型でもイイ。素麺でもイイ。稽古初日から一週間は、台本検討(正確にいうと戯曲を台本化する作業)にあてるくらいの粘りがあってもイイじゃないか。さすがに商業演劇は稽古時間が短いので、そうもイカンけど(商業演劇の初演初日を観に行くとオモシロイぞ。弟子や裏方のプロンプやカンペ看板がやたらと目につく。とはいえ、老舗の新劇なんかでも、巡回公演する場合は、まず地方公演から始めて、東京公演を迎える頃に出来上がるなんてことをしてたんだからな)。台本化検討たって、まだ台本(戯曲)がでけてへんねん。たいてい耳にするのはこれだ。締め切り遅れは商業演劇なら違約金だぞ。小説雑誌(マンガも含む)なら、たとえ落ちても(間に合わなくても)編集者の血と涙の徹夜の努力で、本にはなるが、演劇はそうはいかない。スタッフも役者も、仏頂面をひきつる笑顔に隠し、ただ、本書きの御仁だけが、「それがどうしたってんだ。稽古しながら、創っていくっていう手もあるんだぜ」と、何処吹く風の柳の枝だ。
締め切りを守るのと、そうでナイ劇作家を分かつ理由は一つしかナイ。要するに「舞台の本を書くこと」で食ってるかどうかという、生活経済だけだ。独り身ならまだしも、家族(妻子)があればなおさらだ。(まあ、なんつうか、妻のほうが〈お水〉とかやってくれてりゃ、楽でしょうけど、そんな劇作家は劇作家(私)は軽蔑する)。例外なのを一つだけ知っているが、つまり妻の家が富豪なのだ。そういうのは、その劇作家にとって運が悪かった(良かったワケがナイ)だけだ。
私もかつて劇団をやっていて、運が良かったことに役者がすべて下手だった。それを名古屋から、本場の東京に持っていったのだから、戦略は当然必要になるのだが、私の場合はそんなに難しい戦略などではナイ。単純に「東京にはナイ芝居を創ろう」と考えただけだ。これは寺山修司センセが、最後まで東京人になることを拒絶したのとはチガウ。また、名古屋方言芝居てのを、大発明かのようにやった劇団の方法論ともまったくチガウ。
私が戦術的(戦略ではナイ)にやったことは、最初の一針のために、本を早く提出して、下手な役者が本を読める時間をなるべく長くしようとしたことだ。現場百遍、本百遍。いくら下手でも、それだけやれば、何とかナルんだ。唐十郎さんは、いまでは大ベテランの演出家(兼、劇作家・役者)に自分の戯曲を書き下ろして手渡すさい、「百回読みなさい。それから稽古を始めなさい」と述べたのは有名(でもナイけど)なエピソードだ。

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