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2015年6月25日 (木)

And in the End⑭

「シュレーディンガーの猫」から私はナニを求めようとしているのか。もちろん、釈迦が「デタラメ」と喝破した宇宙(世界)とはどんなものだったのか、という、その〈感覚的識知〉でもイイし〈直観的論理〉でもイイ。前述したように、釈迦は「宇宙は混沌を常としている」というインドの恒常的認識を発展させて、「しかし、それは静止、停止しているのではなく。たえず運動している。その運動は秩序のあるものではなく、いわば、ゆらいで動いているといったものだ」ということを考案した。もちろん、当時に物理学的用語はなかったので、釈迦は「それが因縁というものだ」と考えた。因縁は結果ではナイ。結果を導くものだ。「その因縁の運動が結果として現象するものが、ある〈秩序〉と呼ばれる」。従ってそれは偶然の結果ではあるが、偶然ではナイ。何故なら、数多の偶然のうち、何らかの必然的な偶然が生む〈秩序〉なのだ。これは、現代のコペンハーゲン解釈のコトバでいうと「固有値」というものだ。しかし、それはあくまで現象であるから、また消えてなくなるものだ。(これはおそらく〈空〉の思想に関連づけられる)。「ほんとうは、そのように宇宙は存在する」という、「混沌(カオス)」から〈空〉へと、宇宙の姿を「デタラメから生じる秩序という現象の生滅の繰り返し」と捉えた。だから、私たちは、この「デタラメ」がどんなものかという領域に入っていけばイイ。察しのイイ読者は気付いているだろうが、それは「確率」というものだ。それには「シュレーディンガーの猫」という、シュレーディンガーの突き付けた「確率」に対する疑義の検討が適しているのではないかと思われた。
「シュレーディンガーの猫」を具体的に記すと(例によってウィキペディアからひろったものだけど)以下のようるになる。
/まず、蓋のある箱を用意して、この中に猫を一匹入れる。箱の中には猫の他に、放射性物質を一定量と、ガイガーカウンターを1台、青酸ガスの発生装置を1台入れておく。もし、箱の中にある放射性物質が崩壊して粒子を出すと、これをガイガーカウンターが感知して、青酸ガスの発生装置が作動し青酸ガスを放出する。必ず猫は死ぬ。しかし、放射性物質が崩壊せず粒子が出なければ、青酸ガスの発生装置は作動せず、猫は生き残る。一定時間経過後、果たして猫は生きているか死んでいるか。
この系(システム)において、猫の生死は粒子が放出、青酸ガスが出たかどうかのみにより決定すると仮定する。そして、粒子は原子核の崩壊にともなって放出される。このとき、例えば箱に入れた放射性物質が1時間以内に崩壊して粒子が放出される確率は50%だとする。この箱の蓋を閉めてから1時間後に蓋を開けて観測したとき、猫が生きている確率は50%、死んでいる確率も50%である。したがって、この猫は、生きている状態と死んでいる状態が1:1だと解釈しなければならない/。
猫が生きているか死んでいるかは蓋を開けたときにしかワカラナイ。なら、ナンなの、これはナンの実験なのと思うのは当然で、私も最初これを読んだときは、ナンのことだかさっぱりワカラナカッタ記憶がある。当初、私はこれを〈確率〉の問題だと考えた。蓋を開けるまで、箱の中の猫は「半分生きていて、半分死んでいる」という状態に置かれているということになるからだ。しかし、
/量子力学(コペンハーゲン解釈)において粒子は、様々な状態が「重なりあった状態」で存在しうる/
この粒子がいわゆる「猫」なのだが、つまり、量子力学的表現としては「半分生きていて、半分死んでいる」という非決定的なものにならざるを得ない。ここが量子力学のクセモノたる所以だ。
/「重なりあった状態」は、観測機器によって粒子を観測することで、いずれかの状態に収束すると考える。また、シュレーディンガー方程式は、原子の位置を一定の範囲に広がった確率分布(波動関数)として与えるが、観測されると、ある位置にあることが確定する。この実験で猫の生死を決定する粒子も同様である/。
「原子の位置を一定の範囲に広がった確率分布(波動関数)として与える」、の広がっているところは、複素数平面のことをいう。数式を用いずに波動関数についていうと、
/座標表示や運動量表示したシュレーディンガー方程式は単純な代数方程式ではなく、線型偏微分方程式である/
偏微分とは多変数の関数に対して、その変数を一旦固定して定数と見なし、一つの成分のみを変数として動かして、その成分方向への瞬間の増分を与える微分法をいう。微分は関数から得られる二つの成分の「比」(これを係数という)なのだが、ここでは、上記のように一つの成分を定数とみなしている。線型というのはグラフでみれば直線だということになる。
/シュレーディンガー方程式を適用するには、系を構成する粒子の運動エネルギーと位置エネルギーの和をとったハミルトニアン(エネルギーに対応する物理量)を、シュレーディンガー方程式に代入する。得られた偏微分方程式を解くことで系の時間変化についての情報を含んだ波動関数が得られる/
要するに波動関数というのは微分方程式の一種だ。微分方程式というのは、ニュートン力学(古典力学)の武器だ。猫の生死は、波動関数による粒子の位置の確定によって(要するに線型偏微分方程式として)「ワカッテ」いなければならない。「いずれかに収束する」ではなく、「いずれに収束する」かが、決定されて然るべきなのだ。(シュレーディンガーの波動力学は、ニュートン力学の範疇にあると記したのは、このことをいいたかったからだ)。
猫が生きているか死んでいるかが〈確率〉の問題となる(つまり「重なり合った状態」が、どんな「固有値」を持つかは確率でしか求められない)量子力学に、シュレーディンガーが反発したのは当然のことだといえる。(と、私は考えた)
私たちは経験上、猫が生きている状態と猫が死んでいる状態という二つの状態を認識することができるが、このような重なりあった状態(半分生きていて半分死んでいる猫)を認識することはない。これが科学的に問題となるのは、例え実際に妥当な手法を用いて実験を行ったとしても、観測して得られた実験結果は既に出た結果であり、本当に知りたいことである「重なりあった状態」ではないため、検証のしようがない。従って実験そのものには意味がないということになってしまう。
ここで、私も行き詰まった。おそらく私の思考の何処かが錯動している。んでもって、もっぺん、やんなおし、ということにしたのだが。そこで、やっとこ理解出来たのは、量子力学を素人学問でやり始めた頃からつきまとっていた疑念と、「シュレーディンガーの猫」がナンの観測実験かという、実に単純な答えだ。

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