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2015年5月 8日 (金)

And in the End⑬

アインシュタインの相対性理論や、シュレーディンガーの波動力学を非ニュートン力学だと勘違いしているひとたちは多いが、両方とも私の学問の識知内においてはニュートン力学の範疇に収まるものだ。相対性理論はともかく、波動力学は量子力学のために研究考案されたものだが、シュレーディンガー自身は、この研究において量子力学に疑問を持つようになり、やがて、量子力学からは遠ざかった。それは、アインシュタインと同じような疑義だ。ニールス・ボーアとアインシュタインの論争は理論物理学の歴史に残るものだが、シュレーディンガーとハイゼンベルクの論争もまた、そうなのだ。
要するに、両者の量子力学に対する疑義は量子の運動に対する〈確率〉というコペンハーゲン解釈についてだ。アインシュタインの量子力学に対する疑義は、アインシュタインがボーアに述べた有名なコトバ「神はサイコロを振らない」で知られるが、実はこれにはつづきがある。このアインシュタインに対してボーアはこう応えているのだ。「アインシュタインよ、神が何をなさるかなど、注文をつけるべきではない」(お見事)。アインシュタインのコトバは、スピノザの提唱した世界観(宇宙観)に依拠していることはいうまでもナイ。つまり、目的はナンであるかはワカラナイが、のっけの偶然はナイ、という有神論的なものだ。ボーアはそれに対してやんわりと応じたが、囲碁でいえば相手の打ち過ぎをとがめるようなキビシイ一手だ。
このように両人は「思考実験」において多く論争を繰り返したが、アインシュタイン×ボーアのほう(例えば「二重スリットの思考実験」)は、今回は取り上げない。ここでは、もう一つの有名な思考実験「シュレーディンガーの猫」について取り上げる。(釈迦はどうなったのっ、と慌てんじゃナイの。理論というものは結論は単純だが、そこに到る論理は面倒なのだから。ただし、ことわっておくが、私はここで私の論理を明示しているのではナイ。あくまで私の思考を展開してんだかんね)
余談だが、「二重スリットの思考実験」については、東北大学多元物質科学研究所の上田潔教授、フランスのソレイユシンクロトロン放射光施設のCatalin Miron研究員のグループ、スウェーデン王立工科大学のFaris Gel'mukhanov教授らの合同チームが、酸素分子2個の酸素原子を二重スリットに置き換えることによって実現し、ボーアのアインシュタインに対する反証の正しさを、初めて、実証することに成功している。(どういうことなのか、詳細について私も調べていないことを告白しておくが、この実験は「思考実験」ではナイということだけは確かなことだ。『Nature Photonics』オンライン版[12月1日付け:日本時間12月2日]に掲載されているということなので、興味ある方はそちらを)
さて、「シュレーディンガーの猫」だが、これは別に「猫」が問題なのではナイ。しかし、「ミミズ」や「オケラ」よりは、roman があるという印象は、理論物理学者にはromanticist が多いことをいみじくも露呈しているかのようだ。たしかにロマンだよな。私なんかは、世間がイヤんなると、すぐ、量子力学の書籍を読むことで逃避しちゃうからな。もちろん数式という数学のコトバには苦労する。しかし、それは、音楽記号に苦労するのと同じだし、古代インカ文字が読めないのと同じで、記号の意味さへワカッテいれば、追っていけるものだ。また、そのほうがワカリヤスイことも確かだ。♯と♭のチガイがワカッテいれば、スコアを読むのには役立つ。スコアどおりに読み込んでおぼえた歌は、カラオケでも音をはずすことはナイ。と、では、その「シュレーディンガーの猫」に向かおう。

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