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2015年4月12日 (日)

And in the End③

「釈迦の思想とはなにか」から始めて、かなりの誤読と迷妄、錯誤はしながらだが、オレはオレなりに一所懸命にはやってると、思ってんだ。だから三振しているときもあるが、ホームランに近い大ファールくらいは打ってる。たまにはポテン(テキサス)・ヒットくらいはあると思う。「腑に落ちない」ところを掘り起こしながらの学問、勉強だから、まともに仏教を学ばれた諸師にはかなわないが、教条主義仏教(略して教条仏教。大乗仏教と小乗仏教の境界が曖昧ないま、この名付け方、呼称は私の造語だが、ワリとイイところを突いてんじないかと確信している)。つまり、そこいらにいる数多の「偉いひとのありがたいお話に感じ入って、ぎょうさん、銭払いながら信者になった、出家した」疑似僧、疑似比丘、疑似比丘尼、よりは、まだ、在家修行人のオレのほうが、菩薩の道を正しく歩んでいると自負してるのだ。「戒」はあっても「律」はナイ。「仏」と「法」には帰依しても、「僧」には帰依しない。つまり二帰依の「戒」だ。(ことわっておくが、帰依しても、というのは、帰依したところでという意味で帰依したのではナイのだが、「仏」の「法」を学んでいくこと自体を「帰依」というのなら、それでもカマワナイ。ただ、真面目に帰依しているひとの同類と思われて迷惑じゃないかと思って、「修行人」と自称しているのだ。遠慮してんだヨ。深謀遠慮ヨ。
さて、以上のことを「自燈明(自帰依)」という。と、私は勝手にカテゴライズ(categorize・…を分類する、類別する、或いは概念化する、こと)しておく。
釈尊入滅間近のとき、弟子の阿難(このとき、彼は、いわゆる当時の最高の地位である阿羅漢ではナイ。そうさせなかったのは釈迦の深い配慮なのだが、それについては、さちや老師の『釈迦』(春秋社)に詳しいので、省略する)。
「自燈明、法燈明」、そこんところを前述した『マハーバリニッパーナ・スッタンタ』の増谷文雄老師訳で引用してみる。「されば、アーナンダ(阿難のことで、何なんだではナイ。想:注)よ、なんじらはただみずからを燈明として、他を依拠とすることなくして住するがよい」。この 「自燈明、法燈明」については、いろんな仏教学者、文献学者、からはじまって、教条仏教の疑似坊主の説法まで、さまざまな説がある。さちや老師の場合は、さすがのさっちゃんというべきで、この「自燈明、法燈明」の順序について疑問符を挟み、さらに何故「法燈明」だけではいけないのかについて、快刀乱麻を断つ如くの解説がある(同、前書)。私も同じ「腑に落ちない」ところがそこんところだったので、これには首肯するのだが、もう一つ、私は、前回の「梵天勘請」で、三度目に釈迦が、布教を決意、覚悟するところにもどってみたい。
このとき、梵天がいったのか、釈迦が思ったのか、文献に口ナシで断定は出来ないのだが、何れにせよ、梵天の誘いに含まれていたと思える誘惑に〈利他〉という営為があったはずだ。いうとくけど仏教(というか、あらゆる宗教は)は、弱いもんの味方やナイとアカンのや。拝観料と、お布施で脱税しててはアカン。この〈利他〉の営為に拠って、釈迦は布教を決意、覚悟したのだ。だが、しかし、この〈利他〉という営為はひどく難儀なものなのだ。そのごとく、自身のためでなく他者の利益のための営為ではあるのだが、以前、パンとバターと少女と画家志望の青年、の例でも書いたが、「他者のためによかれと思ってしたことが、その他者に禍を招く」ことが、多いのが世間というものだ。それは、釈迦には充分ワカッテいたことだ。だから、私は何度も「覚悟した」と記している。釈迦の悟りには、世界認識としての「縁」というものがある。その悟りに従うとするならば、いくら〈利他〉的営利であっても、必ずしも利他とならないことは頻発する。つまり、釈迦は、この営為が自身の悟りと論理矛盾するということは了解していた。布教を決意したときに、先のことはもうperspectiveしていたと思われる。よって、入滅間近のとき、ある文献によると、アーナンダ(阿難)が「私たちは、世尊亡きあと、どうすればよいのでしょう」と質したというふうにもなっているのだが、そのアーナンダに遺したコトバが、前述の「自燈明、法燈明」(なんじらはただみずからを燈明として、他を依拠とすることなく)ということになる。順序として、自燈明が先に来るのは、「法」を擬制として「律」を唱える外道に用心せねばならぬぞえ、ちゅうこっちゃ。事実、釈迦入滅後、その弟子の多くが「結集」てなことをやって、小乗仏教を立ち上げ、ほんらい「待(対)機説法」「応病与薬」だった、釈迦の「法」を崩壊させてしまったのは、さちや老師の書にも詳しい。また、現今の教条仏教も、みな、それだと私は断定しまっさ。
うっとこのベランダに、時折、日向ぼっこにいらっしゃる大阿闍梨に、のべ14年(『千日行』は一回やるのに7年かかる)の修行をやり遂げて、どんな気持ちになられましたかと、問うたことがあるが、頭を掻きながら、「わしゃ、業が深いんでなぁ。二回もやらにゃならんかった。出来れば、あんなことはせんにこしたことはナイわ」と、苦笑されていた。(こういうことを書くと、教条仏教派から猛反発(比丘尼からは大ヒステリー)をくらいそうだが、擬制未だ終焉せず、なんだからしょうがない。こっちは荒野をリヤカー牽いて歩いているだけの修行人だ。そんな不逞の輩なんか放っておいてもらいたい)

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