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2015年4月

2015年4月24日 (金)

And in the End⑩

「現世だけが絶対だと思うな」。コトバを変えれば「現世にしがみつくな」と、これを卑近にいえばこうなる「あのな、この、現在の世間なんてものは、いずれ滅びるんやで。こんなもん、たいしたことナイんや」・・・と、こういうふうに書けば、現世を否定して来世に・・などと釈迦は考えてなんかいなかったことはハッキリするだろう。
さて、次に釈迦は青年ヤシャに『四諦』を説法する。これは「四つの真理」という意味だ。
1、苦諦・・私たちの生存は苦である
2、集諦・・何故、生存は苦なのかというと、混沌から生じたさまざまな縁は寄り集まって苦をつくる、てなふうにこの宇宙はそういうふうになっているからだ。なってるんだからしょうがない
3、滅諦・・では、その苦しみを軽減させてつくる理想とはどんなものなのか
4、道諦・・その理想の状態にどうすれば、達することが出来るか、その方法。
ここから「四苦八苦」が説かれ、そうしてあの「八正道」が説かれる。
とまあ、そういう順序なんだけど、「四苦(生病老死)」をちょいと覗いてみると、「生」は「生きること」ではなく「この世に生まれてしまったこと」と解するのが正しい。原語ではそうなっている。だって生きていれば「楽しいこと」だってあるからな。「病」は、釈迦の時代と現代ではずいぶんとチガッテきている。医学の進歩がある。(そのワリには、能無しの医師が増えてもいるけど)。「老」も、アンチ・エイジングやら六十代はまだ老いとはいわない世の中になってきて、「七×(70%)をカケタ数が実年だといわれている。60歳なら、×0,7でだいたい半世紀前の42歳)。「死」は、誰だって死ぬ。古今東西死ななかったひとはいない。
そこで、これを乗り切る「道諦」だが、それが「八正道」なんだけど、その前に、そもそも「苦」とは何なのか。さちや老師はこれを「思うがままにならない」ことと、サンスクリット、パーリ語の原語訳からひっぱってくる。 で、「苦諦」はその答えも含んでいる。つまり「苦にするな」だ。思い通りにならないことを思い通りにしようとするな。そんなことをすると苦しむぞ。だから、そんなことをやめて「苦にするな」だ。とはいえだ、ここは、私としては半畳入れたい。私にいわせれば「苦にすると、苦しむことはチガウ」。つまり「苦しむことを苦にするな」とは論理的にいえない、というより、何もいっていないの同じだ。これを思い通りにならないことに執着(しゅうじゃく)するなというふうにいいなおせば、たとえば、私などの鬱病患者は、あるときは悶えるように心身(精神も苦しいが身体的な痛みもキツイのだ)に苦痛を感じる。これに対して「執着するな」といわれても、ちと困る。というより、それは「明らか」にマチガイだ。何故なら「執着する」は〈意識過程〉だが「苦痛」は〈自然過程〉にカテゴライズ(概念・・カテゴリー・・をふり分け)されるべきものだからだ。「執着」と「苦痛」とは、飯が食いたい(意識過程)と、腹がへった(自然過程)、のチガイがあるのだ。さらに「執着する」は述語だから、主語によって意味や関係、了解や価値がチガッテくる。だが、「苦痛」は名詞だし、「痛い」なら自動詞、他動詞、形容詞、副詞など、さまざまに変容する。「ココロが痛くなる」なら副詞的だし、「痛いココロ」なら形容詞だ。「あなたのコトバに傷ついてココロが痛い」というなら他動詞的な副詞的表現だ。まあ、こういう形式文法はとくにどうでもイイとして、私の提起するのは、あくまで「執着する」は〈意識過程〉で「述語」だということ、だ。私はこの命題を「初期設定」とする。
そこで「道諦」にこたえたものが「八正道」なのだが、(「八正道」における「正しく」というのは、後々の編纂者がカッコイイのでそう記したのだろうけど、これが錯誤のもとになっている)。「正しく」といわれると、何か「これっ」という答がありそうな気がするからだ。ところが、そんな答はナイ。そんな答はナイと、釈迦はまさにそこを悟った(目覚めた)のだ。では「正しく」と後に記された、釈迦の説いた「その苦しみを軽減させてつくる理想」とはナンなのか。

2015年4月23日 (木)

DVD鑑賞感想『太秦ライムライト』

(監督・落合賢、脚本・大野裕之、福本清三主演)2014年6月14日公開。同年のファンタジア国際映画祭で、シュバル・ノワール賞(最優秀作品賞)と、日本人初の最優秀主演男優賞を受賞。
んで、始まってから30分、泣き通しで、いったん観るのをヤメ。んで、しばらくおいてから観て、また泣き通し。
福本さんの著書(聞き書き)『どこかで誰かが見ていてくれる ―日本一の斬られ役・福本清三』集英社文庫を読んだ頃、あの頃はまだチャンバラ時代劇があった(と、思う)。こないだ、いまのチャンバラはどないやろと思うて、なんかコミック原作の三部作のうち二本借りて観た。フェンシングみたいやったな。
もう数年もせずに、あの頃はまだ小劇場演劇があったなあ、という時代が来る。と、だれどにいうたら、「アホかっ、もう来てるワ」と一喝された。

2015年4月22日 (水)

And in the End⑨

私は五人の修行僧が「悟り」の道程に入ったアト、ごく普通の青年に説かれた三論、「施論・戒論・生天論」のほうに興味がある。釈迦はこの青年(ヤシャ)には、まずこの三輪を説いた。そのアトで四諦に入った。ここでも、釈迦の説法が待(対)機説法だということがすでに描かれている。何故ならアシャは修行僧、沙門ではナイ、一般人だ。「施論」というのは「布施」のことだ。さちや老師は、その最も優れた解釈として曹洞宗道元の記した『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を引いている。簡約すると「布施とはむさぼらないことであり、むさぼらないというのは、へつらわないということだ」。さちや老師はこれを簡単に「ちょっとくらい損をしてもいいではないか、というのがそのココロだ」と、さらに解釈を入れる。これは「余裕」のココロだ。私などは、ここで損をしても、どっかで帳尻があうさ、と、欲張ったことを考えてしまうが。さらに、さちや老師は、こんなパラドキシーな論理展開をする。「われわれは、この世の中を馬鹿にしたほうがいい。ほんのちょっと軽視したほうがいい。いや、世の中の一般人のようにあまり世間を重視しなさんな」。世間の奴隷になるな、社会に隷属するな、ということだ。こういうの好きだね。まるで談志家元みたいでさ。
「戒論」は戒律のことではナイ。サンスクリット語に「悟り」というコトバはナイと前述したが、実はこの「戒律」というコトバもサンスクリット語には存在しない。おそらく漢語訳されるときに、つくられたものだろう。ほんらいは「戒」と「律」は独立したコトバで、「戒」は「習慣性(ここでは善い習慣性)」を、「律」は罰則規定を表す。在家信者には「戒」しかナイ。基本的にそれは五つあって、「殺すな、嘘をつくな、盗むな、あんまり淫らなオメコをするな、酒は飲むな」なんだが、これは、簡単にみえて難しい。酒を飲むな、くらいなら、肝臓を悪くして医者に止められるとか、まあ、そういうことでヤメルことも出来そうだが、医学的には、ドラッグ(たとえば覚醒剤)をやめることより、酒をやめることのほうが難しい。アルコール依存症がなかなか治せないのはそのせいだ。だって、そこいら中に売ってるからなぁ。この五戒はシナイ山のモーゼの十戒とよく似ている。どこがかというと、「やんなっ、ちゅうても、どうしても[本人の意思ではなく]やってしまうことが多いから」だ。淫らなオメコがアカンなら、正常位以外はアカンのかなあと思いつつ、バックスタイルもエエわ、と、そういうところが人間、衆生、有情だからなあ。つまり、五戒も十戒も、ひとにはなかなか出来ないことなのだ。従って、やってしもたら、反省すればエエと、釈迦は教えた。これを懺悔(仏教ではサンゲと読む)という。この考えはイスラム教でも似たようなことをいっている。(イスラムの場合は神さんにスンマセンというのだけれど)。
「生転論」は「輪廻転生」からきている。どうしたら天界に生まれることが出来るか、だが、釈迦が来世(あの世)の存在など信じていたかどうか、私は輪廻転生すら、釈迦は否定してしまっていて(つまり、そんなものはナイと断じた)、とはいえ、一般人の青年に対しては、そのごとく説いたのだと思う(対機説法だからね)。このとき、釈迦が青年ヤシャに説いたのは、さちや老師によると「現世だけが絶対だと思うな」だ。コトバを変えれば「現世にしがみつくな」。さらにもっといえば、「世俗なんかに束縛されるな」だ。これは、自身と世間(世界)の関係をどういう姿勢で生き抜くかという「覚悟論」だ。何も難解なところはナイ。しかし、青年に説法するには、みごとに的を射ている。

2015年4月21日 (火)

And in the End⑧

古代インド人の宇宙観は「混沌(chaos)」だった。この宇宙の捉え方は、古代ギリシャの宇宙観「秩序(cosmos)」の正反対だ。(いまふうのコトバでいうなら真逆だが、これはほんとうは「まさか」と読むのが正しい)。インド人は宇宙は「混沌」でイイと思っていた。釈迦に閃いた「デタラメ」とはちょっと、いやかなりチガウ。釈迦の「デタラメ」は前述したが、繰り返すと「宇宙は混沌を常としている。しかし、静止、停止しているのではナイ。たえずゆらいで動いている。それが縁というものだ。その縁が運動の結果として、ある秩序を現象させる。それは偶然にではあるが、偶然ではナイ。いわば必然的に偶然なのだ。それはあくまで現象であるから、また消えてなくなるものだ。(これはおそらく〈空〉の思想に関連づけられる)。ほんとうは、そのように宇宙は存在する」という、「混沌(カオス)」から〈空〉へと、宇宙の姿を「デタラメから生じる秩序という現象の生滅の繰り返し」と、したのだから、やはりずいぶんチガウ。
いわゆる梵天勘請を請けて釈迦を説法行にうごかしたのは、〈利他〉だった。ここで、多くのもの(仏教学者、文献学者などの専門家、仏教者・・とくに教条仏教者などの僧職の人々から修行中の学僧まで)は錯誤してしまう。釈迦が〈利他〉それ自体を目的にして説法活動を始めたと、釈迦の説法活動、行脚を倫理的な営為としてカテゴライズしてしまうのだが、ほんとうはそうではナイ。たしかに〈利他〉という人々の行ないが、釈迦のmotivationだったことはマチガイナイのだが、また、その逆の〈自利・利己〉に対してにしても同じ思いだったことも、単に、metaとParaのチガイなのだが、それはこれからアトの釈迦の初転法輪においてよくワカルはずだ。
釈迦は、かつての仲間の五人の修行僧とカーシー国で出会った。そこはインド最古の宗教都市だったから、この出会いは至極当然だったろうと、さちや老師も述べている。この都市の郊外、鹿野苑(ろくやおん)で、釈迦の「転法輪」は幕をきって落とす。
岩本老師の文献(『仏教入門』)では、先に五人の仲間たちのほうが一緒にいて、釈迦を目にし、「あの堕落者をからかってやろう」と近寄ってきたとあるが、それはそれで、作者(岩本老師のことではナイ。のちの経典作者のことだ)が違えばどんなふうにも書ける。ただ、さすがに修行を積んだ者たちだ。釈迦の物腰、表情、そのコトバ使いには圧倒される何かを感じたようだ。もちろん、釈迦に前述した弁論術があったのかも知れない。
ここで、岩本老師の文献では釈迦はその「悟り」を披露したことになっているが、私はさちや老師の説のほう、「悟りに到る方法を伝授した」に賛意する(『律蔵』の『マハーヴャッガ』にはそう記されてあるのをさちや老師はエビデンスとしている)。
釈迦は、まず手にしたサリー(魔法使いの少女ではナイ)を五人の前に差し出した。サリーの名はサンスクリットの(śāṭī、シャーティー)に由来し、「細長い布」を意味する。インドの織機、機織り産業は古くから有名だ。ここで、五人の修行僧は首を傾げる。釈迦はそのサリーの織物については何の説明、解釈、御託も述べない。数々の仏典によると、ここで、例の「四、八、十二」が説法されたとあるが、まず、釈迦は『サンユータ・ニカーヤ』(『増一阿含経』)から話に入ったのが順序だろう。『サンユータ・ニカーヤ』には釈迦が沙門ガゥタマだったときの修行の日々のことが記されてある。で、「四、八、十二」だが、私自身は『四諦』はなるほどと思うが、「八、十二」は、それほど重視してはいない。どうも、後の経典作者がありがたそうに書いたのではないかというふうにさへ思っている。

2015年4月20日 (月)

And in the End⑦

「デタラメではナイのか」と、ふと、いや、ハッと目覚めたように釈迦(シッダールタ)は目を開けた。いわゆる「悟り」の瞬間は、こんな感じだったと推測される。やや冷静になってみて、そんなはずはナイとも思ったが、その「答え」が、もっとも正しいように思えた。「世界、宇宙、その因縁の運動は〈デタラメ〉ではナイのか」物事の現象には、原因があり、さまざまな縁があり、それが織物のようになって結果をもたらす。そこには、「何か秩序があるはずだ」「宇宙には真理があって然るべきだ」という、思い込みがコペルニクス的に引っくり返った。「真理が混沌そのものだ」などとは、思いもしなかった。再度、釈迦は確認するように沈考した。「あるいは」と頭上の菩提樹をみあげ、今日、この木の枯れ葉が何枚散って落ちるかということなど、決まっているワケはナイ。つまり「何も、決まっていることなどはナイ」。しかし、幾枚かは落ちるということは確実なことだ。それだけが決まっている。この「決まっている」ことと「決まっていない」ことが、どれだけ「決まっている」かということもまた「決まっていない」。それにいちいち煩っていても、仕方がない。つまりどうしようもナイ。で、あるならば、どうすればイイ。「在るがまま、成るがまま」の渦中に自身は在るしかナイ。では、そんな存在(自身)に「出来る」こととは、何なのか。放埒、自棄というものでもナイ。自在でも、確信でもナイ。「苦-無明」からの解脱は不可能なのか。いや、そうではナイのだ。と、ここが閃きなのだが、「そうかっ、そうなのか。そうなんだ。そんなことか」と釈迦は笑った。「アキラメがつく、ということか」。この場合の「アキラメ」は「諦め」ではナイ。「明きらめ」というふうな意味合いだ。つまり「明らかになる」ということだが、それはもちろん「無明からの解脱(解き、脱けだす)」という意味合いからきている。いいなおせば「苦しみの根源の、明らかでない(無明)ものから解き放たれて脱した」ということだ。「悟り」とは、おそらく、そのようなところから出発した。出発したというのは、スタートしたということだ。だから、どんなゴールに辿り着くかは、ワカラナイ。あくまで悟りとはスタートなのだ。そうして、すべては道程に過ぎないが、辿る道筋はマチガッテはいない。何故なら「明らか」なのだから。「宇宙は混沌を常としている。しかし、静止、停止しているのではナイ。たえずゆらいで動いている。それが縁というものだ。その縁が運動の結果として、ある秩序を現象させる。それは偶然にではあるが、偶然ではナイ。いわば必然的に偶然なのだ。それはあくまで現象であるから、また消えてなくなるものだ。(これはおそらく〈空〉の思想に関連づけられる)。ほんとうは、そのように宇宙は存在する。人間がそれを知り得ないのは、それが「デタラメ」だからだ。」この「デタラメから生じる秩序」が後に「燈明」と称されるものとなった。つまり、「自燈明、法燈明」において、「自」や「法」よりも重点が置かれるべきは「燈明」そのもののほうだ。「法燈明」は、〈デタラメ〉の宇宙の運動だが、「燈明」こそは「確かな明かり」だ。そうしてそれはそれぞれの者が、それぞれの観方をするだろう。それを「自燈明」としよう。そうすると、なんだかてんでバラバラにそれは存在するように印象されるが、しかし、この根本原理の(「デタラメから生じる秩序」)さへ自覚できていれば、そのものたちが観る「確かな明かり=燈明」は、根本原理としては同じはずだ。釈迦はこうして「目覚めた」。
てなふうに、あたしゃ虚構したのだが、これをかつての五人の修行僧に説法しても、まず笑い飛ばされるだけだ。修行は宇宙の絶対真理を求めている。その真理が「デタラメから生じる秩序」てなふうに説けるワケがナイ。では、どうしろというのだ、どう生きろというのだ、と、逆に疑義質問されても、答えようはナイ。では、どうするか。どう説法すればイイのか。

2015年4月19日 (日)

And in the End⑥

時系列は無視しているので、ここで、シッダールタが菩提樹の下の禅定で「悟り」を開いたところ、その時まで遡る。
ところで、そもそも「悟り」というのは何なのか。それについてちょっと素人(これは未体験者という意味も含んでいると思ってもらってイイ)なりに述べてみると、
たとえば私たちは「孤独」というものについて説明(解説)するとき、それを〈状態〉としていうのか〈状況〉としていうのか、あるいは〈認識〉としていうのか、まるでカント哲学のような御託をいうワケではナイが、「概念-category」「意味-meaning」「価値-worth」の何で述べるかで、「それ自体」の〈内容〉が変わる。「孤独感」であれば一種の感覚だから感性の部類になることは歴然としているが、状況的に「孤独」だというのならば、「たった独りだ」という副詞的とでもいえばイイようなものになる。「たった独りの闘い」てなふうに、その心情をいうとワカリヤスイかも知れない。これを対他的に捉えて、他のひとの中にいて独りだ、から、他のひとがいなくても「たった独りだ」と〈認識〉するのなら、対自的だ。「孤高」というふうにこれを上向きに変容させてみると、それがもっとよくワカル。他にひとがいようが、いまいが「たった独りだ」と「孤高に」に〈認識〉するのなら、これは感性というよりも「理性」の範疇になる。それはつまり「孤独」というものを状況や状態や認識ではなく〈表現〉として述べているからで、そうなると「孤独」「孤高」は「価値-worth」としてもイイ。
では「悟り」というものは〈状態〉なのか〈状況〉なのか、あるいは〈認識〉なのか。また、「概念-category」「意味-meaning」「価値-worth」の何れなのか。
そのまえに、とりあえず、いつもお世話になってる(銭払ってるけど)「Wikipedia」さんから抜き書きしてみる。すると「サンスクリットでは日本の仏教用語として多用される動詞の「悟る」、もしくはその連用形である「悟り」に相応する単語は存在しない」とあり、さらに「漢訳も対応しきれなかった」とあり、「日本の仏教で多用される「悟る」もしくはその連用形「悟り」という、曖昧かつ自動詞的な意味で用いられていることはまずない」とあり、「日本の仏教では、何故「悟る」や「悟り」という言葉が多用されるようになったのか、それは中国の禅宗が「悟」という用語を多用したことが要因の一つとして推定される」とある。で、信者の率直な質問に対し、応じて答えた、かの法華経の巨大檀家組織の偉いひとのオコトバもついでにあげてとくと(長いので端的に記す)「煩悩こそ悟りなんです」ときた。まあエエでしょう。そういうことはいろんな宗派のいろんなひとがいってる。前述した禅宗の一休禅師などは「悟ったものなど誰もおらぬ、釈迦も達磨も悟ってなどおらぬ」と、恋人の森女(しんじょ、旅芸人)が家出して「私がいては修行の妨げになると思いましたから」というコトバに一喝している(『一休伝』水上勉)。「悟りのための修行より、おまえとのオメコのほうがエエ」ともいってる(ような気がするけど、たぶん、いってるヨ)。
閑話休題。さて、では、このなんやワカラン、いろいろとああだこうだといわれているものに対して、消去法的に考えてみる。「孤独」のときに用いたように、一種の感覚=感性ではナイ。もちろん「悟ったみたいな気分」と副詞的に用いることは出来るが、あくまでそれは修飾としての用い方だ。対他的とするなら「オレなんか悟ってるほうだぜ」という比較に近い、これも修飾の一種だ。対自的な〈認識〉なら、「理性」の範疇になる。「概念-category」として腑分け出来ることが可能なのかどうか、と考察すると、けして先験的なものではナイが、悟性(経験則)で得られるような類でもナイ。つまり、「概念-category」と呼べるようなものではナイ。「意味-meaning」とするなら「悟りとは悟ること」てな自同律(「AはAである」)の循環を抜け出せそうにナイ。単純に右辺の「いい方」が変わるだけ、「いい換え」にしかならないということだ。もちろん、述語として考えるなら、こんどは左辺が変わるだけになる。
ではもう少し迫り方を変えてみよう。「悟り」、それは「現実」に存在するものなのか。という一手。つまり、よくいわれる「悟りを得る」というふうに述べると、「悟り」というもの「それ自体」が存在しなければならないが、そんなもの「意識」と同じで、これがそうです、と手に乗せてみせられるシロモノではナイ。そうすると「悟り」というものは、どこかに存在するものとして存在するもの、ではナイ、ということくらいは見当がつく。従って「悟りを得る」というのは、何か「それ自体」を外部から得るのではなく、自身が何かに〈到達〉することを示していると解したほうがイイ。つまり、「悟り(る)」は、歴然とした「自動詞」だ。この〈到達〉は、場所、地点ではナイ(空間的なものではナイ)。でナイならば、この〈到達〉は、むしろ時間的なものに含まれるんじゃないかと、目星くらいはつく。そうすると論理的帰着として、自分自身が自分自身に、ということになる。自分自身はどうしたって自分自身なので、自分自身が自分自身ではナイところから自分自身になっちゃうんだから、おそらく時間的なものが空間性に変容するところにミソがありそうだ。ミソがあるなら、ドやレもファもラやシもあるにチガイナイ。これをたとえでいうと、いままで「眠っていた自分」が「目を醒ました自分」になることだといえばどうか。おそらく「悟り」というものは、そういうふうに「自分が目覚める」ことだといって、そう遠くはナイ。(えらく巡り巡って、持って回って、ごたごた述べたくせに、そんなことアタリマエではナイか、と、教条仏教者の声がするが、そういうのをコロンブスの卵というのだ)。
ともかく、言語化不可能なもの(釈迦もまた、梵天に「語り得ない」と答えている)。というシロモノを、私たちのようなコトバをウリにしているものは、そういうウィトゲンシュタインふうな言語限界に甘んじてはいられない。だから、たとえそれが近似的だろうと、言語化する努力くらいはしてみたのだ。
ここから、やっと、本筋に入っていける。

2015年4月18日 (土)

映画感想『イニシエーション・ラブ』

(監督・堤 幸彦、脚本・井上テテ、原作・乾くるみ)です。久しぶりに東宝の試写室で鑑賞しました。堤さんの『悼む人』は観逃したので(どうも、鬱病の具合が悪いときは外に出られません)、これくらいは観ておかないと、と。
で、これ、ラブストーリーではなく、ミステリらしいんで、映画館で観たいひとは、ここからは読まないように。


チラシに「これを読んでいるあなたは、すでに騙されています」とキャッチが入ってますが、これは、このタイトルそのものがトリックだということです。誰もが通過する儀礼の恋、と直訳できますが、そういうラブストーリーだと思って観ると、ふーん、そうなの。ということになります。(たぶん)
で、やっぱり堤監督の仕事だねえ、と、いつもながら感心しました。(職人の賃仕事としてですが)。私も職人の賃仕事は多くやってきましたから。quality を落とさずに、観客が適度に突っ込み入れられるように、エンタってます。こういうの創るのって、単純そうで、難しいんです。
原作の場合は、「最後の二行でくつがえり」、映画は「最後の5分で覆す」ということでしたから、私はミステリは miss direction に騙されるのが好きで読んだり観たりする種類なもんで、そうしようかとも思いましたけど、途中で、「ああ、これは時系列の操作かな」とか、「ヒロインには別に男がいるよね」とか、「おそらくパラレル・ワールドに想を得たってとこか」とか、「sideAとsideBのヒーローをあまりに在り得ない配役にしたのは逆に意味あるよなあ」とか、「作中に『レベッカ』と泡坂さんの手品ミステリ本が出てきたのはヒントか引っ掛けだよな」と、ポツポツとは思考してしまったんですが、アインシュタインを出してきたのは、合点がいきませんでした。これは、作者の理論物理学に対する無知なのか、そうでなくて、これを意図的に miss direction として用いているとしたら、ちと卑怯(ミステリとしてのルール違反)な気もしました。「相対性理論」は時間の相対性を扱いますが、こういう「相対性」とは、ちとチガウと思います。作品は「相対性」というより、ニールス・ボーアの「相補性」なんじゃナイでしょうか。まあ、私の単なる思い込みにしか過ぎませんけど、も。
とはいえ、この映画はひとりで観るより、girl・boy friend と一緒に観るとけっこう楽しめると思います。男同士で行くのもよろしい。「あんな女いねえよ」派と「ああいう女っているんだよな」派に分かれて、喧々囂々、侃々諤々、イイんじゃないんでしょうか。 

2015年4月15日 (水)

And in the End⑤

ところで、この「初転法輪」のいわゆる「四・八・十二」だが、「悟りとはこれだ!」てなふうにすると、まるでテレビ・バラエティだ。仏教の勉強をやりなおす以前、かなり前になるが、さまざまな解説書・・(原書なんて読む能力はありません。というふうにいうと、教条仏教者たちは、それみろ、おまえの学問なんて素人の知識、せいぜい門前の小僧だ。と鬼の首でもとったようにいうに決まってんだけど、教条仏教者の学んだ経典や、修行だってかなりアヤシイ代物なんだから、そこんとこ胆に命じておけヨっ)・・で読んだときは、この何処が「悟り」なのっ。と、ついつい小馬鹿にしてしまって、次は「悟りとは何か」を論じた書籍を幾つか読んだりして、ますます混乱した記憶がある。「四・八・十二」について、それぞれ論評を述べられる見識、学問は私にはナイが、たとえば「八正道」についていえば、初心者(当時)の私にはさっぱりワカラナカッタ。どう、サッパリかというと。
「八正道」は「正しく見る・正しく思索する・正しい言葉を用いる・正しい行動をとる・正しい生活をする・正しい努力をする・正しい心を養う・正しい心を定める」(ちょっと意訳してますが)の八つだが、これだとまるで「標語」だ。「良い子はここで遊ばない」とのチガイはぜんぜんナイ。これが「悟り」なのかっ、えっ、んっ。たぶん、かつての私はこの「悟り」というものの追求あたりで、仏教への興味を失くしてしまっている。これならナンにでも「正しく」と付ければ、それでイイことになる。
いま識るに、この「八正道」は釈迦入滅、数百年の後々、経典作者によって編纂されたものだ。そこで、おそらく釈迦は、八つくらいではなく、「正しく寝る」とか「正しく食べる」とか、もっと数多くの「正しく」を述べて、元仲間の修行者を煙に巻いたにチガイナイ。だから、編纂作家は、そこんところはもうカットしちゃえってことにしたのだ。cancer
つまり、むかしの仲間に対する説法は、一日やそこらで終わらなかったと思われる。
議論(や、それに類するもの)をスルとき、テクニックとしては、相手のいうことに答えるのではなく、まず、相手の考えに疑問を持たせる、次に怒らせる。そうすると、たいていの相手は本音や本性というものを口にスル。これは上級にあたるが、こういうテクニックは使わないほうがほんとうはイイ。ほんとうは共に真摯に考えるのがイチバンなのだ。
ただ、叩きのめさないと仕方のナイ族や、慈悲をもってマチガイを指摘せずにはおかないものに対しては、これに、ソクラテスの「問答法」とチェスタートンの「パラドクス的応答(応対)」を付加する。なんでこれが上級にあたるのかというと、それなりの智慧と知識と、口舌(タンカ)が必要だからだ。
ともかくは、釈迦、タンカをきった。
元仲間の行者たちは、最初は釈迦の頭が変になったのかと思ったが、次第に自分たちの修行が「意味ナシ」と否定されていくことに腹が立ってきた。そうなると、釈迦の思うつぼということだ。
「八正道」でほんとうに「問題になる」のは〈正しい〉というコトバだけなのだ。この〈正しい〉をどう解するか。と、同時に釈迦の初転法輪は、釈迦の悟りそのものを述べているのではナイ。では、何を述べているのか。
「よう、聴きや。きみたちの修行の方法はマチガイなんや。そやから、私がほんとうの修行の方法、その方法を教えたる。ええか、それは〈テクニック〉というものではあらへんで。それはいうなれば「戒」や。道標みたいなもんや。さっちゃんは「羅針盤」やというてはる。さっちゃんて、誰て、それはまあ、ひ、み、つということにしとくワ。それと、私が教えるのは、到達すべき「悟り」という星の観つけ方や」
この「戒」こそは、釈迦のいう「自燈明」だ。では「法燈明」とは何だろう。ここで、時間を少し遡ることにする。

2015年4月13日 (月)

And in the End④

嫁さんが親不知で、私は「口腔外科」に行ったほうがイイと勧めたのでそうした。CTスキャンを撮った。ふつう開業医はそんなことはしない。口腔外科といのは、ほんらいは口腔の腫瘍(癌)手術を専門にしているのだが、親不知の手術もする。私の知る限り(私は二本抜いたのだが)抜歯のアト縫合してくれたのは口腔外科だけだ。しかも、ふつうの歯科医だと、行ったその日に抜歯ということになるが、口腔外科では、3~4回通った。抜糸をいれるともう一回ということになる。つまり、かなり慎重で丁寧なのだ。また外科医だから手術も上手い。抜歯手術のとき、まったく痛みを感じなかったし、出血も殆どなかった。ところで、嫁さんの親不知は、ちょっとひねくれた生えかたをしているので、CTスキャンの結果をみなければワカラナイが、手術にはリスクが伴うということを説明された。抜くか抜かぬかは嫁さんが決めねばならないが、抜くとなると、術後に確率的に良くないナンカがあるらしい。それもスキャンの結果をみなければワカラナイ。しかし、抜かないとなると、三ヶ月に一度くらいは腫れて痛むので、また、抗生剤と鎮痛剤のお世話にならねばならない。要するに歯は成長するから、抜きやすい(リスクのナイ)ところまで待たねばならない。とはいえ、痛みはそれまで我慢しなければならない。
「我慢してはイケナイ」とはよく聞くが、このコトバ一つとっても、こういう諫言のコトバは難しいものだ。たとえば、最近のことだが、とある知己の比丘尼(出家している女性のこと)が、私とのメールのやりとりで、「執着(しゅうじゃく)してはいけない」てなことを諫言してきた。たしかにそのとおりで、「苦」というものは「執着することから始まる」のは、釈迦の「初転法輪」で述べられている。(釈迦は五人のむかしの修行仲間に「四諦(したい)」「八正道(はっしょうどう)」「十二縁起」を最初の説法として説いたとされている。これを初転法輪という)。
ところで、岩本裕老師は『仏教入門』(中公新書)の中で「八正道」について、こう述べられている。「ここに八項目の実践を列挙していることは、これまた当時のバラモンに見られる分類癖あるいは列挙主義にならったものものといえよう」よって、「釈迦とて時代の子であった」というワケだが、なるほど、釈迦とて時代の子だったことに異論はナイ。「生・病・老・死」という四苦にしても、生や死についてはいまも変わらぬことだが、「病気」と「老化」については、当時のインドと現代とでは、かなり事情がチガッテいる。その点においては「時代の子」であってもしょうがナイ。ただ、岩本老師のおっしゃるように、釈迦がそのように、分類、列挙して、説法したということについて、私はずうう~っと、疑問に思ってきた。「腑に落ちなかった」のだ。何が「腑に落ちない」のか。それは具体的にどうこうではなく、「釈迦が、そんなふうにいうのはオカシイ」とだけ、思ってきたのだ。なんで、オカシイのか。まず、整理され過ぎている。ここがウソ臭い。さらにこれは、対機説法でも応病与薬でもナイ。まるで「修行僧の道徳の時間の教義」のようで、さらに胡散臭い。ウソ臭いも胡散臭いも、「臭い」という「嗅ぎ分け」だが、だいたい人間の嗅覚というのは、「観分け」と連動して、ものの善し悪しを「分ける」のだ。
で、最近やっとワカッタのだが、この「四・八・十二」の分類、列挙というのは、釈迦入滅後、数百年を経て、小乗仏教の経典の作者が、そういうふうにお経(経典)に書きまとめたものなのだ。釈迦は「初転法輪」において「四・八・十二」みたいなふうに、自身の悟りを述べたりしてはいない。
とはいえ、「苦」は「執着する」ことから起こるというようなことは説法したろう。しかし、コトバというのは必ず矛盾を孕んでいる。「執着してはいけない」ということを目指して修行するということは、「執着してはいけない」ということに「執着する」ことになる。それにや、なんぼ、執着せんとこと思うても、我慢せんとこと思うても、親不知は痛いのや。痛いもんは痛い。凡人だろうが、偉い聖人だろうが、大阿闍梨だろうが、親不知の痛さにかわりはナイ。痛いもんは痛いに決まってるやんけ。
と、そう思うことのほうが、「正しくみること」「正しく考えること」(八正道の一と二だ)ではナイのか。そこで、私はナイ智慧をしぼって考えて、その比丘尼にメールを返信した。「執着する、というのは〈述語〉です。大事なのは主語ではナイでしょうか。何に〈執着する〉のが正しくナイのかをいわねば、「執着してはいけない」といコトバは何の意味もありません」。
いま、ここに重病人がいるとする。苦しんでいるんだ。そうしたら、医者は徹底的にその病人を治療することに「執着すべき」だ。つまり、八正道において、大事なのは、執着を棄てる修行ではなくて、何が「正しく」なのかを修行することだ。ちゃうんか。痛いもんは痛い。鬱病は精神的に弱いメンタルなひとが罹病する病気ではナイ。(極論、ではあるが)脳内物質の分泌が乱れることによって生ずる、耐えがたい身体的苦痛のある疾病なのだ。ここんとこを世間のひとはマチガッテまへんか。

2015年4月12日 (日)

And in the End③

「釈迦の思想とはなにか」から始めて、かなりの誤読と迷妄、錯誤はしながらだが、オレはオレなりに一所懸命にはやってると、思ってんだ。だから三振しているときもあるが、ホームランに近い大ファールくらいは打ってる。たまにはポテン(テキサス)・ヒットくらいはあると思う。「腑に落ちない」ところを掘り起こしながらの学問、勉強だから、まともに仏教を学ばれた諸師にはかなわないが、教条主義仏教(略して教条仏教。大乗仏教と小乗仏教の境界が曖昧ないま、この名付け方、呼称は私の造語だが、ワリとイイところを突いてんじないかと確信している)。つまり、そこいらにいる数多の「偉いひとのありがたいお話に感じ入って、ぎょうさん、銭払いながら信者になった、出家した」疑似僧、疑似比丘、疑似比丘尼、よりは、まだ、在家修行人のオレのほうが、菩薩の道を正しく歩んでいると自負してるのだ。「戒」はあっても「律」はナイ。「仏」と「法」には帰依しても、「僧」には帰依しない。つまり二帰依の「戒」だ。(ことわっておくが、帰依しても、というのは、帰依したところでという意味で帰依したのではナイのだが、「仏」の「法」を学んでいくこと自体を「帰依」というのなら、それでもカマワナイ。ただ、真面目に帰依しているひとの同類と思われて迷惑じゃないかと思って、「修行人」と自称しているのだ。遠慮してんだヨ。深謀遠慮ヨ。
さて、以上のことを「自燈明(自帰依)」という。と、私は勝手にカテゴライズ(categorize・…を分類する、類別する、或いは概念化する、こと)しておく。
釈尊入滅間近のとき、弟子の阿難(このとき、彼は、いわゆる当時の最高の地位である阿羅漢ではナイ。そうさせなかったのは釈迦の深い配慮なのだが、それについては、さちや老師の『釈迦』(春秋社)に詳しいので、省略する)。
「自燈明、法燈明」、そこんところを前述した『マハーバリニッパーナ・スッタンタ』の増谷文雄老師訳で引用してみる。「されば、アーナンダ(阿難のことで、何なんだではナイ。想:注)よ、なんじらはただみずからを燈明として、他を依拠とすることなくして住するがよい」。この 「自燈明、法燈明」については、いろんな仏教学者、文献学者、からはじまって、教条仏教の疑似坊主の説法まで、さまざまな説がある。さちや老師の場合は、さすがのさっちゃんというべきで、この「自燈明、法燈明」の順序について疑問符を挟み、さらに何故「法燈明」だけではいけないのかについて、快刀乱麻を断つ如くの解説がある(同、前書)。私も同じ「腑に落ちない」ところがそこんところだったので、これには首肯するのだが、もう一つ、私は、前回の「梵天勘請」で、三度目に釈迦が、布教を決意、覚悟するところにもどってみたい。
このとき、梵天がいったのか、釈迦が思ったのか、文献に口ナシで断定は出来ないのだが、何れにせよ、梵天の誘いに含まれていたと思える誘惑に〈利他〉という営為があったはずだ。いうとくけど仏教(というか、あらゆる宗教は)は、弱いもんの味方やナイとアカンのや。拝観料と、お布施で脱税しててはアカン。この〈利他〉の営為に拠って、釈迦は布教を決意、覚悟したのだ。だが、しかし、この〈利他〉という営為はひどく難儀なものなのだ。そのごとく、自身のためでなく他者の利益のための営為ではあるのだが、以前、パンとバターと少女と画家志望の青年、の例でも書いたが、「他者のためによかれと思ってしたことが、その他者に禍を招く」ことが、多いのが世間というものだ。それは、釈迦には充分ワカッテいたことだ。だから、私は何度も「覚悟した」と記している。釈迦の悟りには、世界認識としての「縁」というものがある。その悟りに従うとするならば、いくら〈利他〉的営利であっても、必ずしも利他とならないことは頻発する。つまり、釈迦は、この営為が自身の悟りと論理矛盾するということは了解していた。布教を決意したときに、先のことはもうperspectiveしていたと思われる。よって、入滅間近のとき、ある文献によると、アーナンダ(阿難)が「私たちは、世尊亡きあと、どうすればよいのでしょう」と質したというふうにもなっているのだが、そのアーナンダに遺したコトバが、前述の「自燈明、法燈明」(なんじらはただみずからを燈明として、他を依拠とすることなく)ということになる。順序として、自燈明が先に来るのは、「法」を擬制として「律」を唱える外道に用心せねばならぬぞえ、ちゅうこっちゃ。事実、釈迦入滅後、その弟子の多くが「結集」てなことをやって、小乗仏教を立ち上げ、ほんらい「待(対)機説法」「応病与薬」だった、釈迦の「法」を崩壊させてしまったのは、さちや老師の書にも詳しい。また、現今の教条仏教も、みな、それだと私は断定しまっさ。
うっとこのベランダに、時折、日向ぼっこにいらっしゃる大阿闍梨に、のべ14年(『千日行』は一回やるのに7年かかる)の修行をやり遂げて、どんな気持ちになられましたかと、問うたことがあるが、頭を掻きながら、「わしゃ、業が深いんでなぁ。二回もやらにゃならんかった。出来れば、あんなことはせんにこしたことはナイわ」と、苦笑されていた。(こういうことを書くと、教条仏教派から猛反発(比丘尼からは大ヒステリー)をくらいそうだが、擬制未だ終焉せず、なんだからしょうがない。こっちは荒野をリヤカー牽いて歩いているだけの修行人だ。そんな不逞の輩なんか放っておいてもらいたい)

2015年4月11日 (土)

And in the End②

朝食、本日はジャムトースト・ヨーグルト・野菜ジュース・カフェオレ。掃除は昨日やったので(二日に一度)。そういや、如月小春が生前、い~いっぱい仕事していたとき、売れっ子の真っ最中、NHKのなんだかの仕事で一緒になったことがあって、「私ね、お掃除好きなの」と嬉々として私に語りかけたのを思い出す。本人にしてみれば、単なるインテリ美女という風評を払拭というか、つまり、優等生で本ばかり読んでいるワケではなく主婦業もやっているのよと、私にそういいたかったんだろう。小春も最初出逢ったときの美少女から小夏くらいの美おばさんになって、体型もふっくらと、あの面影が最後だったな。いまでは私のコルクボード仏壇のひとになってる。このコルクボード仏壇には、若くして逝った知己の写真や遺品が貼ってあるが、下のところには、「国境なき医師団」からの感謝状と、フォスター・ペアレントの里子の写真(二人目・三人目)が貼ってある。亡くなったものばかりに涙していても仕方ない。いま生きているものも「供養」しないといけない。
釈迦の思想については、時系列は必要なときにしか用いない。「気になる・ココロに残った」「腑に落ちた」episode を紡いでいく。だから、いきなりだが、こんな逸話。
釈迦(シッダールタ)が菩提樹の下で禅定し、悟りを開いたとき、といっても、その頃、その木の名前は菩提樹ではなかったんだけど。釈迦が悟ったから菩提樹という名前になったのだから、アタリマエなんだが。そのときのおよそ四週間を四種類の木の下で結跏趺坐(けっかふざ・瞑想する際の座法)して瞑想、自身が悟った真理(法)を受楽していた。これを「自受法楽」というのだが、ひろさちや老師(以降、さちや老師と記述)の説では、「真理を悟るといういい方はおかしい。これだと、真理というものがすでに存在していて、それを感得することになる。従ってほんらいは真理の中に溶け込んでいるといったほうがいい。~無言語状態~」さちや老師のいいたいことは、たとえば、意識というものは私たちの外に在るものではなく内なるものだ。真理というのもその如きものだ、ということだと思う。さちや老師はつづける「われわれは悟りを求めるが、そんなのが実体的に在るワケではナイ。つまり、悟りと一体化したとき、われわれは悟ったことになるのである」。まあ、ともかく釈迦は悟ったと。んで、それを嬉々として楽しんでいたと、そういうことネ。
このとき、梵天(インド神話おける宇宙創造の神、ブラフマー)が現れて、「汝が悟った真理を衆生に説くべきだ」と懇願する。「梵天勘請・ぼんてんかんじょう、といわれる)。
しかし、釈迦はこれを拒否。「この真理は言語化することは難しく、この法を理解することは容易ではナイ」というのがその理由だ(『律蔵(マハーヴァッガ)』)。しかし、梵天はアキラメナイ。「あなたがその法を説かないと、この世は滅びる」と、二度目の出現をする。これも釈迦は退ける。理由はこうだ「法を説いても、相手がそれを理解せず、誤解や反論すれば腹が立つ」、あのですね、悟った者がいうことばにしては、ちょっとオカシイんじゃないかと思われるでしょ。でも、そうじゃナイんですワ。それは次第にワカッテきます。あんまり急がずにリヤカー牽いていきましょう。
さて、ここからは私論が半ばだが、この梵天もまた、釈迦を誘惑した「魔」とちゃうんか、だ。事実、そう記されたべつの仏典も存在する(『マハーバリニッパーナ・スッタンタ』)。すったんたなのだ。んで、三度目、梵天はこんなふうことをいう。私の意訳だが「あなたが悟ったように、あなたと同様に能力、資質のある人間がこの世にも存在するかも知れません。そのものに伝えるってのは、どないでしょう」。そこで、釈迦は、「ほなら、やってみっか」と決意するのだが、この決意にも理由がある。なぜなら、釈迦の思想(法・悟り・真理)というのは、もともとから、ある矛盾を孕んでいるのだ。(ここでいう矛盾といのは、発展の源という意味でけして悪い意味ではナイのだが)。釈迦はそのこと自体を知っているし、すでに未来を見通している。自らが衆生に布教、説法するとどうなるのか、ワカッテいるのだ。つまり、その矛盾を覚悟の上の、決意だ。それは、釈迦入滅(涅槃)のときに、私たちにもワカルようになっている。ついでにいうと、釈迦の死に方は消極的ではあるが自死といえるものだ。

2015年4月 9日 (木)

And in the End①

これは「釈迦の思想について」を改題した「百億の日常と千億の無常」をさらに止揚改題したものだ。(てなことにしておく)
この英語の和訳を私なりに意訳すると「つまりはそういうこと」(てなことになる)
仏教(釈迦の思想)を学んでいると、現世(現実というのはちとチガウのだが)というものが、次第にどうでもよくなってくる。これは、厭世というのではナイ。そうなると、単なるnihilismに過ぎなくなる。語弊をおそれずにいってしまうと、「現世なんかどうでもイイくらいにオモシロクなってくる」という感じだ。それくらいに釈迦の思想したことは愉快なのだ。深更、独りでグラスなど傾けながら、内なる釈迦と語り合うのは、至福のひとときになってくる。
私は仏教徒ではナイし、信者ではナイ。では仏教学徒かというと、それでもイイのだが、仏教哲学を学んでいるワケではナイ。釈迦の思想においては在家の修行人(これでも菩薩であることにかわりはナイんだけど)ともいえるから、「徒」という漢字は充当出来ない。なぜなら、旁(つくり、主に漢字の右半分)が「走」だからだ。こちとらは荒野をリヤカー牽いて歩いているのだから「歩」になる。人偏に歩むという漢字があればちょうどイイのだけど、そんなのはみたことないしな。
私の人生の顛末は、『寿歌』でほぼ予言させているから、この数十年、そのように生きてきた。で、And in the End.になるだろう。在家の修行人、私の渡世としては、そんなところの呼称でイイんじゃナイかな。
いっとき真面目に出家でもしようかという気になって、その手のホンを買ったことがあったが、1ページも開いていないのは、縁がなかったんだな。というか、出家などして、偉いクソ坊主や、通俗的(教条的)な聖人の配下になるのは、まったく私の資質、性格、ひねくれ根性、反抗、疾病と相容れないので、やめて良かった。
三人目の嫁は大阪で独り、私を愛したり憎んだり、悦んだり、悲しんだりと忙しい。嫁、女房、奥様というものは、あるときは邪魔くさくなったり、頼もしく思ったり、ほったらかしたり、感謝したり、心配したり心配かけたり、と、たぶん、たいていの亭主、だんな、夫というのは、この「不二」の思いの中にいるもんだ。男と女の関係は、御籤で「凶」や「大吉」を引くよりも、「末吉」「吉」あたりでイイんじゃないの。
And in the End.来世があるなどとは思ってないが、現世(現実という意味ではナイのよ)なんて、固執するほどのもんじゃナイよ。「生病老死」の「生」は、広義には「生きること、つまりは人生」のことと解してもイイが、ほんらいは「生まれてきたこと」を意味する、四苦八苦の筆頭で、なるほど、生まれてさへこなければ良かったことはいっぱいあるもんな。しかし、仏教(釈迦の思想、その法)は、私の学んだ限りにおいては「希望への道標」だ。けして「厭世や虚無の哲学」ではナイ。釈迦の法を、ひろさちや老師は「幸福への指標」とされているが、それもマチガイではナイ。そこは表現のチガイ程度のものだ。
では、take it easy easy.に、修行人、荒野を歩くことにする。
「どこへいっても、どこでもないし、あっちはどっや」(『寿歌』より)

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