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2015年3月24日 (火)

百億の日常と千億の無常②

「腑に落ちない」、ただそういうmotivationだけで、アマチュア、衆生、有情、在家、の観点、立脚点から私はこの「釈迦」と「仏教」いう錯綜した「人間の思想」に踏み込んでブログを立ち上げているのだが、まともに学問したいひとには、『佛教入門』(岩本裕・中公新書 1964年)を読むことを薦める。岩本さんはもう故人だが、仏教学者としては極めて該博、碩学な方で、世界的に著名な方だ。そのうえかなり舌鋒鋭く「岩本はウソをつかない」と(毀誉褒貶の両義において)評されたようだ。そのせいか、『佛教入門』も、卑近なコトバでいうなら「ズケズケ」と書かれており(のっけから、つまり目次の前の「はじめに」において、すでに真宗大谷派の金子大栄師や臨済宗の山田無文老師に対して遠慮なく一撃をくわえてらっしゃる)、かつ「入門書」としては、私のような素人にとってはかなり難しい。ひろさちやさんのように、衆生(大衆)にやさしく語ってくれるというふうではナイ。私は、ひろさちやさんの、平易だが力強い信念のある著書とも併読しながら、岩本さんの著書との格闘もやるべきだと考える。
これは、量子力学を学んでいるとき、いったい何十冊の関係書籍を読んだのか、ともかく「腑に落ちない」がつづいて、やっと、町田茂さんの『量子力学のふしぎな世界』(新日本新書)と遭遇し、タイトルのやさしさとは裏腹の数式満載の、私にとっては難しい書籍だったが、「腑に落ちた」のとよく似ている。(学問に王道はありませんよ。でも戯曲を書くのに近道くらいならあるので、戯曲、演劇に興味のおありの方は、伊丹の私の私塾にいらっあしゃあ~い)。
何が「腑に落ちない」のかというと、釈迦の思想(いわゆる悟り、解脱)は、後世の仏教において、釈迦の独占特許のように、つまり釈迦如来として崇め奉られているようになったことについての異論、隔靴掻痒というふうにしか、いいようはナイのだが、岩本さんはこの辺りのことも(入門書ゆえに)さらりと「釈迦とて時代の子であった」と一行で喝破されているのだから、ギャフンとならざるを得ないのだが、「一人の釈迦が創られるのには、他に多くの存在が必要だったはずだ」という、仏教ふうにいうなら「因縁」、いまふうにいうなら「関係性としての-時間性と空間性」がなければならず、入滅後の「結集」においても、これすべて「如是我聞」なのだから、「そう聞いた」ひとの「聞き方」が諸々に混入しているのはアタリマエで、釈迦の入滅年代が不確かではあるが、経典は早いものでも入滅数百年後に書かれているところから、さらに、サンスクリット語、パーリ語、チベット語、漢語訳と、著者を経て錯綜しているところから、釈迦の思想に立ち返るのはかなり難儀なこととはいえ、その客観性はどうあれ、私なりに腑に落ちたいのだ。たしかに釈迦、ゴータマ・シッダールタは、端緒の門の扉は開いたのだと思う。私たちと同じようなことに苦悩し、考えたのだと思う。私のブログ展開など妄言に近いのだろうが、そのあたりのことは、「現実と虚構について」で、一応、自分なりに決着はつけてあることだから、問題にしない。
話題を吹っ飛ばすが、何がそうさせるのか、独り暮らしを始めると、「エホバの証人」の方々がよくいらっしゃるようになる。かなり以前のことだが、その、ある方の「イエスさまはこうおっしゃってます」というコトバに、虫のいどころ悪く噛みついて「イエスは何もいってませんよ」といいかえした。えっという顔のその方に「聖書というのは、イエスのいったコトバが書かれているのではなく、誰だかが、イエスから聞いたコトバが書かれているんです。ですから公認の福音書だけでも四つもあるんです。おそらく未公認の福音書など探せば五万とあって、仏教経典の数と大差ナイと思いますよ」と一蹴した記憶がある。若気の至りといえば、そうなんだろうけど、私の満身創痍の反抗心は、還暦を過ぎて三年目になっても、まだ若気の至りから進歩していないのだ。よって、このブログは、仏教の勉強にも修行の足しにもならないだろうが、私自身の仏教(釈迦の思想)についての虚構の彷徨として読むには、それなりにエンタメると、そう思って頂きたい。

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