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2015年3月

2015年3月29日 (日)

百億の日常と千億の無常(お報せ)

釈迦=仏(仏陀)について、当方の勉強不足で、大乗仏教と小乗仏教についての錯誤があり、ここんとこ、もう一度やりなおして、再開しますが、それまで開店休業です。

2015年3月28日 (土)

百億の日常と千億の無常⑤

大乗仏教の名経典、とりわけ「空」論の名著といわれている『維摩経』の読みどころは、「空論」も、さることながら「不二の法門」だと思われる。「不二の法門」とは、「本来、二つにしてはいけないこと(分けてはいけないこと)を分別して考えるのはマチガイだ」てなことなんだけど、これは、一休宗純の解題した『般若心経』にも似たようなことが述べられている。ちなみに、そこで、一休は「仏と自分を分けてはイケナイ」と説いているのだが、これは「仏とは、自分と別世界にいるのではなく、自分の中に在るものだ」という論法だ。
ところで、『維摩経』は、大乗仏教経典において、たしかにすぐれたものだと読んだが、その欠点として挙げることが出来るならば、最高綱領であるはずの「不二の法門」を説きながら、「穢土」と「浄土」という「非・ 不二」を設定してしまったことだ。何故、衆生世界、つまり現世が穢土であるのかは、菩薩の修行の必要条件として説明されているが、そうなると、穢土と浄土は、単なる便宜上ではあるにせよ「不二」ではなくなってしまうことになる。
三十一人の菩薩たちが、「不二」についてそれぞれの見解を述べるくだりがあるが、「穢土と浄土を不二と為す」とは、誰一人述べていない。穢土というものがあり、浄土というものがあるということは説かれているのだが、それでは「不二」ではナイ。そこで、私たちは、穢土と浄土について、その「不二」について考えなければならなくなってくる。これは、『維摩経』を離脱する営為に成りかねないが、やらねば仕方がない。
「穢土に浄土あり」とはいえる。論理としては超越論理でも形式論理でもそういえる。弁証法としてもそういえる。カント・カテゴリーにおいても可能だろう。しかし、「浄土に穢土あり」というのは、集合論としてしかいえないことだ(穢土⊆浄土・・・かな、集合論はあまり詳しくナイのだが、穢土は浄土の部分集合、もしくは、等しい)。つまり穢土というのは、浄土の一部ですよということなのだが、「不二の法門」においては、それは通用しない。「不二の法門」は集合論で捉えるものではナイ。たしかにこれだと論理的には「分けてはいけない」ので分けてはいないのだから、それでイイように眩まされるが、「不二の法門」は、そういう「法」=「経」ではナイ。これを認めると、「不二の法門」は、単純な集合論に化してしまう。誤謬をおそれずにいってみれば共存だ。従って「不二の法門」の「不二」を共存だといってしまえば、それですむことなのだが、私はあくまで、ここは「対立物の相互浸透」として「不二」を設定しないかぎり、『維摩経』としての特異な法門にはならない気がする。三十一人の菩薩たちの述べていることは、集合論の超越的展開ではなく、対立物は矛盾しないという超越的展開だからだ。そうすると「不二の法門」をいうならば、「浄土も穢土も、空である」という「空論」に持ち込むしかナイ。これは『維摩経』の真髄としてはアタリマエの結論なのだが、それをいってしまうと、ドラマツルギーが破綻をきたす。つまり、劇作家の視点からいえば、『維摩経』という戯曲は、浄土と穢土を持ち出したことによって(たとえそれが、大きな譬えであっても)、三幕十四場の戯曲としては、大風呂敷に過ぎて、ここだけは失敗しているといえなくもナイのだ。この発想は『維摩経』の作者の油断、書き過ぎ、勇み足、蛇足、馬脚、としかいいようがナイ。菩薩の修行の場として穢土を設定したのなら、衆生からはエライ迷惑な話で、ここだけは大乗が小乗に引っくり返ってしまっている。わざわざ「修行の場」などを設けたというところにおいて、そうなる。大乗においては、そのような特殊な(小乗に在るような)「修行の場」は存在しないのが前提だ。何故、世界が穢土なのか、それは方便だとするなら、方便というより詭弁に近い。「浄土も穢土も、空である」などともっともらしいことは、べつにいわなくてもイイことで、単に「浄土や穢土というものはナイ」といい切ったほうが、潔かった。しかし、そうすると『維摩経』は解体してしまうんだけどナ。「空」の本質は「ナイ」ということではナイからニャ。いまんところ、ここは瑕だなあ。

2015年3月27日 (金)

百億の日常と千億の無常④

国会で、某、元女優議員が「八紘一宇」というコトバを発したことが、マスコミの話題になった。こういう言葉尻を捉えるのって、好きだよなマスコミ。けど、そりゃあ、マスコミのほんとうの仕事ではないんじゃねえの。各マスコミ関係、関連に訊ねたいのは、目下のところ、「あんたら、沖縄県の味方、政府の味方っ、んっ」だ。
仏教を勉強しなおしてみると、当然のことなのだろうが、宮沢賢治の方向にベクトルが向かう。賢治は法華だったから、『法華経』は読んでいたにチガイナイが(というより、法華経の作者は賢治自身だというのが、私の虚構だが)、当時のさまざまな経典にも目を通しているはずだ。賢治のことだからネ。では、賢治は『般若心経』をどう読んだのだろうか。おそらく殆ど興味を持たなかったと思う。賢治にとっては「色即是空」など、なんの意味も持たなかった。いいかえれば、「それが空であろうが、なかろうが」どうでもイイことだったと思われる。賢治にとっては、仏教とは、目前の現実(情況)と、それを変革するための指針でなければならなかった。「空」がどうだこうだより、むしろ「八紘一宇」というsloganにココロひかれていたにチガイナイ。「八紘」とは「世界」を意味する。そうして「一宇」は「一つ屋根の下」とでもいえばイイ。
鈴木安蔵(マルクス主義憲法学者)は『政治・文化の新理念』(利根書房)で「今日占領しつつある諸地方に限らず、今後、全東亜は言うまでもなく、八紘為宇の大理想が今や単なる目標ではなくして、その実現の前夜にある…東亜共栄圏と言い、八紘為宇と言うのは、わが指導権の範囲が一億同胞にとどまらず、全東亜、いな全世界におよぼすべき目標と使命と有する…」と記している。しかしながら、
蓑田胸喜(反共思想家)も「学術維新」(昭和16)で「肇国の始めより『いつくしみ』『八紘為宇』の人道的精神を含蓄する日本精神は其世界文化史的使命に於いて、単に欧州的地方文化に制約された『民族主義だけの民族主義』を原理としてチェコ合併やポーランド分割の如きによって、直ちにその『一民族・一国家・一指導者』の国家原理に思想的破綻を来す如きナチス精神とは比倫を絶するものである。個人が人倫道徳に於いて超個人性を具現すべきが如く、民族国家も亦その思想精神に超民族性超国家性を含蓄啓示せねばならぬ」と述べている。共産主義者、反共主義者ともに、共鳴はしているワケだ。
無頼派と呼ばれた作家の坂口安吾は『安吾巷談-野坂中尉と中西伍長-』(昭和25年)文藝春秋第3号で、「私は日本映画社というところの嘱託をしていたが、そこの人たちは、軍人よりも好戦的で、八紘一宇的だとしか思われなかった。ところが、敗戦と同時に、サッと共産党的に塗り変ったハシリの一つがこの会社だから、笑わせるのである。今日出海を殴った新聞記者も、案外、今ごろは共産党かも知れないが、それはそれでいいだろうと私は思う。我々庶民が時流に動くのは自然で、いつまでも八紘一宇の方がどうかしている。八紘一宇というバカげた神話にくらべれば、マルクス・レーニン主義がズッと理にかなっているのは当然で、こういう素朴な転向の素地も軍部がつくっておいたようなものだ。シベリヤで、八紘一宇のバカ話から、マルクス・レーニン主義へすり替った彼らは、むしろ素直だと云っていゝだろう」と書く。
賢治もまた夢みたにチガイナイ「八紘一宇」だが、それは『農民芸術概論綱要』においても「永久の未完成これ完成である」と、「永久革命論」へ移行していく。この辺りは、仏教思想の菩薩行が強く出ているところだ。(ただし、賢治は農民を読み違えている、ということについては以前、書いたことがある。そのため、彼の主要詩集『春と修羅』は次第に暗澹たるものに変容していかざるを得ないことになった)
仏教(釈迦入滅後)は、さまざまな浄土を虚構し、この世を穢土としたが、そうして、この世が穢土であることについて理由づけ(ちと、我田引水のご都合主義だが)をしているが、大穢土八百八町を嘆いてもしょうがナイ。行者が何千日修行することも好き好きだと否定はしないが、末期ガン患者が、朝目覚めて、死なずにすんだ、今日も一日、とにかく生きよう。とする意思、姿勢は、修行一劫年に匹敵するはずだ。

2015年3月25日 (水)

百億の日常と千億の無常③

「無常」というコトバと似たように用いられる仏教用語に「空」というのがある。あくまで似たようにだから、概念、意味、価値、としてカテゴライズすれば、チガッテはくるのだが、ここはまあ、似たようなで進めていくことにする。方便として。(方便というのは「嘘も方便」というような稚拙に使われるコトバではなく、仏教語としては、真理に向かう道程ということになってんの)。
私はかつて「すべてが空なら『般若心経』も空ではナイのか、それは矛盾だろう」とブログで述べたことがあるが、ここは、ちょいとマチガイを認めて訂正する。
「空」の本質については、後述にゆずるとして、「般若心経は空である」ということはいえるのだが(何故なら色即是空であって、般若心経も「色」なのだから)、それを突き詰めて「空も空である」「空は空である」とはいえない。これは、形式論理や超越論理などの問題ではなく、単純な数式における「等号→=、イコール」の用い方、ひいては認識の誤りからきている。「空は空である」は「空=空」(『維摩経』)と記せるのだが、これは「なにもいっていないことに等しい」、つまり、自同律(伝統的には〈AはAである〉という形の命題を意味するが,現在では,命題pに対して〈pならば,p〉の形で表現されることが多い・・・『世界大百科事典』より)になる、自同律は哲学用語なので、くだいていえば循環論だ。チガウふうにいえば、「写像(の形態)を写像することは出来ない」(f→fn)という写像は出来るが、(f→fn)→(f→fn)という写像は出来ない。
もう少し解説する。
「等号→ =」というものにも、ちゃんと定義(ルール)があるのだ。幾つあるかつうと、これが10もある。一つひとつは面倒だから、簡単で必要なものだけをいう。
①3+2=5       
②5=3+2
この①と②の等式は、計算上はどこにもマチガイはナイ。しかし、①は納得出来るとして、②のちょっと変だぞは、すぐにワカル。だって5=4+1だっていえるワケだから、この「5」というのを命題に置き換えれば、同じ命題についてチガウ論理展開を「等しい・同じだ」といっていることになる。もっとワカリヤスクいえば、①は3人の男と2人の女性がいて、みんなで5人といっているのだが、②はみんなで5人とは、男3人と女2人のことであるといっていることになる。オカシイ。男4人と女1人でも、みんなで5人だからだ。これは数の「量的」なものと「質的」なものを文字通り勘定に入れていないから起こってくるマチガイなのだ。(ここからは「集合論」になるので、これ以上は勘弁ね)。
このように「等号」の用い方から考えれば、「般若心経=空」とはいえても、「空=空」は、マチガイというより、「なにもいっていないのと同じ」なのだ。
では「無常もまた空である」はどうか。「無常=空」だ。これは、マチガイではナイ。この「無常=空」を翻訳すれば「無常というものも、あるようでナイ、ナイようである」ということになる。えらく曖昧だなと思うなら、「無常は在るが、ナイ。ナイが在る。なぜなら空だからだ」とまで翻訳すればイイ。
仏教の経典は、超越論理(非アリストテレス論理)が多いけれど、数学だって同じくらい非アリストテレス論理が多いのだ。「無限を数える」なんてことも数学はヤルるんだからナ。

2015年3月24日 (火)

百億の日常と千億の無常②

「腑に落ちない」、ただそういうmotivationだけで、アマチュア、衆生、有情、在家、の観点、立脚点から私はこの「釈迦」と「仏教」いう錯綜した「人間の思想」に踏み込んでブログを立ち上げているのだが、まともに学問したいひとには、『佛教入門』(岩本裕・中公新書 1964年)を読むことを薦める。岩本さんはもう故人だが、仏教学者としては極めて該博、碩学な方で、世界的に著名な方だ。そのうえかなり舌鋒鋭く「岩本はウソをつかない」と(毀誉褒貶の両義において)評されたようだ。そのせいか、『佛教入門』も、卑近なコトバでいうなら「ズケズケ」と書かれており(のっけから、つまり目次の前の「はじめに」において、すでに真宗大谷派の金子大栄師や臨済宗の山田無文老師に対して遠慮なく一撃をくわえてらっしゃる)、かつ「入門書」としては、私のような素人にとってはかなり難しい。ひろさちやさんのように、衆生(大衆)にやさしく語ってくれるというふうではナイ。私は、ひろさちやさんの、平易だが力強い信念のある著書とも併読しながら、岩本さんの著書との格闘もやるべきだと考える。
これは、量子力学を学んでいるとき、いったい何十冊の関係書籍を読んだのか、ともかく「腑に落ちない」がつづいて、やっと、町田茂さんの『量子力学のふしぎな世界』(新日本新書)と遭遇し、タイトルのやさしさとは裏腹の数式満載の、私にとっては難しい書籍だったが、「腑に落ちた」のとよく似ている。(学問に王道はありませんよ。でも戯曲を書くのに近道くらいならあるので、戯曲、演劇に興味のおありの方は、伊丹の私の私塾にいらっあしゃあ~い)。
何が「腑に落ちない」のかというと、釈迦の思想(いわゆる悟り、解脱)は、後世の仏教において、釈迦の独占特許のように、つまり釈迦如来として崇め奉られているようになったことについての異論、隔靴掻痒というふうにしか、いいようはナイのだが、岩本さんはこの辺りのことも(入門書ゆえに)さらりと「釈迦とて時代の子であった」と一行で喝破されているのだから、ギャフンとならざるを得ないのだが、「一人の釈迦が創られるのには、他に多くの存在が必要だったはずだ」という、仏教ふうにいうなら「因縁」、いまふうにいうなら「関係性としての-時間性と空間性」がなければならず、入滅後の「結集」においても、これすべて「如是我聞」なのだから、「そう聞いた」ひとの「聞き方」が諸々に混入しているのはアタリマエで、釈迦の入滅年代が不確かではあるが、経典は早いものでも入滅数百年後に書かれているところから、さらに、サンスクリット語、パーリ語、チベット語、漢語訳と、著者を経て錯綜しているところから、釈迦の思想に立ち返るのはかなり難儀なこととはいえ、その客観性はどうあれ、私なりに腑に落ちたいのだ。たしかに釈迦、ゴータマ・シッダールタは、端緒の門の扉は開いたのだと思う。私たちと同じようなことに苦悩し、考えたのだと思う。私のブログ展開など妄言に近いのだろうが、そのあたりのことは、「現実と虚構について」で、一応、自分なりに決着はつけてあることだから、問題にしない。
話題を吹っ飛ばすが、何がそうさせるのか、独り暮らしを始めると、「エホバの証人」の方々がよくいらっしゃるようになる。かなり以前のことだが、その、ある方の「イエスさまはこうおっしゃってます」というコトバに、虫のいどころ悪く噛みついて「イエスは何もいってませんよ」といいかえした。えっという顔のその方に「聖書というのは、イエスのいったコトバが書かれているのではなく、誰だかが、イエスから聞いたコトバが書かれているんです。ですから公認の福音書だけでも四つもあるんです。おそらく未公認の福音書など探せば五万とあって、仏教経典の数と大差ナイと思いますよ」と一蹴した記憶がある。若気の至りといえば、そうなんだろうけど、私の満身創痍の反抗心は、還暦を過ぎて三年目になっても、まだ若気の至りから進歩していないのだ。よって、このブログは、仏教の勉強にも修行の足しにもならないだろうが、私自身の仏教(釈迦の思想)についての虚構の彷徨として読むには、それなりにエンタメると、そう思って頂きたい。

2015年3月23日 (月)

百億の日常と千億の無常・・「釈迦の思想について」(改題)

修行とはナニカという問いの、大雑把で俗っぽい答だが、前述した「修行は苦(仏教でいう苦とは思い通りにならないこと)からの解脱です」というのがある。この「思い通りにはならないこと」というのを、スコップ一杯、掘り起こしてみる。「金持ちになりたい」「美人になりたい」・・・こういうのは、たしかに思い通りにならないことのほうが多い。「宝くじの一等に当たりたい」、ここまでくると、思い通りなど神頼みでも実現不可能に近い。で、仏教の説話にならって、たとえ話でもしてみる。
外国の話になってるが、日本でもイイ。ある小さなパン屋があった。まだ少女と呼んでも差し支えない若い女性店員がいた。毎日、そのパン屋に、パンの耳を買いに来る青年がいた。みるからに貧乏そうな風体で、痩せて、不健康そうな様相だった。「きっと、まともな食事もしていないんだわ」、少女は憐れに思い、せめてにと、ある日、青年が買ったパンに内緒でバターをぬってあげた。少しでも栄養をつけなくっちゃね。少女の良心、思いやりだ。その数時間後。青年が、おそろしく激しい調子で表のドアを開け、睨むような形相で、少女にこういった。「何てことをしてくれたんだ。どうしてバターをぬった。きみのおかげで、ボクのカンバスは台無しになってしまった」そういと、青年は今度は、へこたれた様子で首を垂れた。彼は画家を目指して修業している最中で、パンの耳は、カンバスの消しゴムの代わりに使う用途で用いていたのだ。それは画家のあいだでは常識だったが、あいにく、少女にはそんなことは見当もつかない。少女はただ悲しかった。
「思い通りにはならないこと」というのは、スコップ一杯掘って考えるに、「良かれと思ってしたことが仇になる」ということだ。
この逸話を読んだとき、我が身を思った。「良かれと思ってしたことが仇になる」。私が六十余年生きて成してきたことの多くがそれなんだよナ。「無常」というのは、時の流れだけをいうのではナイ。「常態」ではナイ状況もまた、無常なのだ。これを「業(今日では、一般的にこの語を使う場合は、(因縁・因果による)行為で生じる罪悪を意味したり(例えば「業が深い」)宿命的な行為という意味で使ったりすることが多い」などという説法にに私は与しない。だいたい、因縁と因果では意味がチガウ。因縁は「因」と「縁」の合成語だし、因果は原因とその結果からどんな結果にも原因があるというものだ。因果律は、物理学的には、ラプラスの悪魔と同義だが、これは量子力学で否定されている。では、因縁というのは、たとえば(ほんとにたとえ話が多くて困惑するが)「因」というのは自分が男か、女か、という、カント哲学の概念においては先験的なcategoryだと思っておけばイイ。「縁」は「関係」だ。従って、「因」より「縁」のほうが数多くある。世間てのは、この関係の錯綜だといってもイイ。
私は「現実」と「虚構」との関係を理論化はした(『恋愛的演劇論』)。現在は、この「関係」てのを追って探求している力学系が『カオス理論』だろう。(だろうというのは、この辺りはしっかり勉強していないので)。この理論でpopularなのは「ブラジルで1匹の蝶がはばたくとテキサスで竜巻が起こる」という初期値設定の鋭敏なこと(ここではそれは「因」に該るが)と、観測精度の限界(これが「縁」だ)を述べている。(ちなみに量子力学の「不確定性原理」は観測精度は一切問題にならない。観測とは無関係の本質的なものだ)。つまり微分方程式によって運動が決定出来ないということだ。これは確率論でもナイらしい(と、勉強不足だから、らしいとしかいえない、残念)。
「思い通りにはならない」ことはエビデンスが在るのだ。だから、それを「苦」にしてもどうしようもナイ。というか、「苦」にやむ必要など何もナイ。よって、修行したからといって解脱(解放と離脱の合成語)出来るものなどではナイ。では、釈迦はそこんとこをどう考えたのだろう。

2015年3月20日 (金)

(幕間)捕筆

酒井大阿闍梨が、まだ帰らずに日向ぼっこをしてらっしゃったので、一緒に私も日向ぼっこをしながら、「どうも失礼なことを書いてしまいました」というと、照れ笑いされた。そこで、千日行てのはどうでした、と訊ねたら、「あんまり楽しいもんじゃないな」と笑っておられた。「健さんはどんなひとでしたか」と訊いたら、「ステキな男だったな」と仰った。私は理路がナイと動けないところがあるのだが、大阿闍梨には、それがナイ。実にいいひとだなと思った。
「いまの世の中はどうですか」と気楽に訊ねたら、「嘘つきが多いな。政界や宗教界に、多いな」と、残念そうな顔をされた。何か、私にもコトバを下さいよとせがんだら、
「修行即是仏」と仰った。「修行とは」と不埒に質したら、「発心即菩薩」と仰って、消えるでもなく、在るでもなくなられた。

(幕間)「人生の80%は錯覚である」

「人生の80%は錯覚である」、そういったのは、近年他界されたあの名優、高倉健さんだ。健さんと「人生の80%は錯覚である」は、ナンダか結びつかないなあ、と思われる方も多いだろう。健さんほど、迷妄なく自分の信ずるところにおいて、輪郭のはっきりした生き方をしたひとはいないような気がするからだ。
健さんの座右の銘は『行く道は精進にして忍びて終わり悔いなし』だとされている。これは、健さんが尊敬してやまなかった、酒井雄哉さん(天台宗の僧侶で比叡山延暦寺の千日回峰行を2度満行した行者として知られている。天台宗北嶺大行満、大阿闍梨にして、大僧正、比叡山一山 飯室不動堂長寿院住職を務める。ラーメン屋、鉄工所など様々な職を転々として39歳の時に仏教修行に入る。 2013年(平成25年)9月23日87歳で没)のコトバだ。
私は千日行の意義などまるで、眼中にナイものだが(というか、よくも、そんなつまらんことを二回もやったなと呆れる側の、いうなれば修行者というひとびとからは総攻撃をくらうような人間だけど、私の後ろで酒井大阿闍梨が大笑いされてるから、いいんじゃないのかな、ということにしておく)、この大阿闍梨のことは、健さんは次回作の映画として撮りたかったことは聞いている。ここで、ちょっと大阿闍梨、酒井雄哉さんの残した「名言」というのを適当に羅列してみる。
/一歩ふみだすために どうしたらいいかって? どうしようかと思うこと自体が おかしいんだよ。 やりたいことがあるなら やればいい。/
/「失敗したらどうしよう」 なんて、やる気がないから そういうことを考えるんだ。 最初からうまくいくわけが ないんだよ。 失敗を繰り返しながら 続けていくものなんだから/
/今の人たちは 利口すぎるんだよな。 子どもの時から 一生懸命勉強をして、 頭の中が知識で満タンになってる。 問題はなんのために 勉強するかってことだよ/
/余計なことを考えず、 今、目の前にあることを 一生懸命やるという気持ちだけを もっていればいい。 そしてひとつ道を見つけたら、 生涯それで生きていくと決める。 腹をくくっていれば 動揺したり迷ったりすることはない/
/今までこれだというものを 見つけられなかった人は、 今からでも「これをやろう」と決めて進んでいけばいい。 大事なのは年齢じゃなくて、 決めたことをやり続けること//今日の自分は今日でおしまい。 明日の自分は 今日の自分とは違うんだ。 「一日が一生だ」と 僕は言うんだけれど、 どんなときも一日一日を 真剣に生きていくしかないんだよ/
どれも優れたコトバだと思う。思うけど、玉石混淆で、この程度のことは、書店の適当な人生訓本にも似たようなことは山ほど書かれてあるし、テレビのコメンティーターでもいいそうなコトバだ。(と、こういうことを書く、あるいはいうと、大阿闍梨はほんとうはもっと高邁な真理を悟っているのだが、無学蒙昧な衆生のためにあえて、平明で、ありふれたコトバで語ってらっしゃるだけなんです、という半畳が入る)。健さんは大阿闍梨に何度かお逢いして、話し込んだりしたから、その真理のほうをいろいろと聞いたのかも知れない。そうでもナイのかも知れない。とはいえ「人生の80%は錯覚である」は、大阿闍梨酒井雄哉さんとの対話や、日本全国のさまざまな土地、さらに世界のあちこちを(ある時は壇一雄のアトを追うようにして)歩き回った健さんの、偽らざる世界観、人生観にチガイナイ。
ちょっとオモシロイscene(あるいはsequence)を妄想してみよう。殴り込みをかけた健さんが、諸肌脱いで、唐獅子牡丹も鮮やかに、ドスをかざし、悪行深い仇方の親分に、死んでもらうぜというかわりに「人生の80%は錯覚なんだぜ」と啖呵をきったら、斬られる側の親分は、「えっ、ええっっ」と、ナニガなんだか、目ん玉ひんむいて、もんどりうつだろう。そんな映画は『網走番外地』シリーズのの石井輝男監督くらいしか撮らないだろうけど、ネ。

2015年3月15日 (日)

釈迦の思想について③

「修行」というのは何なのだ。何のためにスルのだ。私がまだ若僧の頃、つまり仏教や宗教一般に対して、さほど興味もなかった頃、知り合った「修行中」のひとたちにもっとも訊いてみたかったのが、そのての質問だ。その頃、ナンダか山中の森深き寺で修行しているとかいう「修行中」のひとびとに対して、私が半ば反証のように抱いていたのが、ニンゲンが生きているのは、町やら村やら街やら、ともかく世間なんだから、そういう深山の寺という、隔絶された場所で得た技術だか、思念とか、方法が、この世間で如何ほどの役に立つのか、という疑念だ。
とりあえず、無作為に、修行について書かれてあるガイドラインのような文献にアタッテみて、その答えを羅列してみる。
○「修行は苦(仏教でいう苦とは思い通りにならないこと)からの解脱です」
○「解脱と悟り――。その瞬間、すべての苦は滅し、生と死の壁は破られ、あらゆる束縛から解放され魂は自由となる」
○「人と世の真実を見極めようとすることが、修行そのものである」
○「『どんなものにも波立たない落ち着いた心』と『つらいことに対する忍耐をつくること』。いつの時代でも、どこにおいてでも、人は修行といえばこの二つだけやればいいのです。もしも修行がしたければ、まあこの二つだけやってみてください、とお釈迦さまはおっしゃっているのです」
仏伝(仏教伝記文学)は「ジャータカ(日本語訳すると「本生・ほんじょう」)は釈迦入滅後、数百年を経て編纂されたものだが、要するに釈迦の過去世(かこぜ)、が記されている。文学だから、物語なので、実際の話ではナイのはアタリマエとして、ここで、釈迦はこの現世に生まれる以前に四阿僧祇功十万功の時間をかけて修行を積んだということになっている(出典・『日本人が知らないブッダの話』、アルボムッレ・スマナサーラ著、学研)。
阿僧祇(あそうぎ)とは漢字文化圏における数の単位の一つで、阿僧祇がいくつを示すかは時代や地域により異なり、また、現在でも人により解釈が分かれるのだが、日本では一般的に10の56乗を指す。和数の単位でみていくと、
一 ·十 ·百 ·千 ·万 ·億 ·兆 ·京 ·垓(秭)·穣 ·溝 ·澗 ·正 ·載 ·極 ·恒河沙 ·阿僧祇 ·那由他 ·不可思議 ·無量大数。
と、単位が並ぶ。ちなみにワカリヤスイのは恒河沙で、恒河というのは、ガンジス川のことだから「ガンジス川にある無数の砂」の数という意味だ。阿僧祇は、その上の数になる。
そこに前述した「功」がつくのだから、いちおう「無限」ではナイが、とてつもなく長い時間にはチガイナイ。それだけ修行して「どんなものにも波立たない落ち着いた心」と、「つらいことに対する忍耐をつくること」を得たのだとすると、逆ににいえば、「どんなものにも波立たない落ち着いた心」と、「つらいことに対する忍耐をつくる」には、それだけの時間がかかるということになる。ということは、論理的には、「どんなものにも波立たない落ち着いた心」と、「つらいことに対する忍耐をつくる」のは、衆生には無理だといってるのと同じだ。衆生には百年が精一杯だもんな。
「人と世の真実を見極めようとすることが、修行そのものである」のなら、私のような衆生が、いま、ここで(この一連のブログで)やっております。私の場合は「演劇の真実を見極めよう」として『恋愛的演劇論』を書いたが、三十年かかったワ。
で、いま「釈迦の思想について」をやってるのは、仏教関連の書籍を読んで、興味を持ったというからでは、けっして、ナイ(んだぞ)。理由は①のとりあえずの命題に示した。まさに阿僧祇の数ほど在る経典(と、皮肉っていうが)に書かれている(といわれる)釈迦の教義(思想)は、ほんとうにそうなのかという、この世間に生きて、世間を観て、の疑問に対峙するためだ。(そういうことをするほど、仕事がナイけど、時間は余生が数年あるからナ。ナンかやってナイと、退屈で死んでしまう。このまま、宿痾に倒れて死ぬのも癪だからナ)。
つまり、私は親鸞聖人の教義には驚いたし、一休禅師の生き方には共鳴するし、何よりも釈迦(シッダールタ、シッダッタ)のことが好きなのだ。旱(ひでり)で干からびた田畑を観て、「神を雨をふらせたまえ」と祈った、ふつうの釈迦が好きなのだ。「苦行なんかに意味ねえな」と、修行をやめた彼が好きなのだ。菩提樹の下で座し、ふとみあげた夜空に流れ星を観て、「ああ、そうか、なんだ、あれか」と悟った釈迦が。(つづく)

釈迦の思想について②

その前に、そも、「経典とは何のためにあるのか」という素朴な疑問を解きほぐすことからやってみよう。とはいえ、いっとくけど、私の論説は私論であって、何の普遍性も科学的実証もナイからね。けど、も、だ。打率3割くらいはあるんじゃナイかな。
経典というのは「教え」の書だ。つまり教科書だと考えてあながちハズレてはいない。では、何の教科書かというと一つには「修行のための指針」となる教科書だ(3割くらいは当たってるでしょ)。そうしてもう一つには、衆生に向けた仏教的倫理、道徳の教えだ。
ところが、キリスト教がさまざまな言語に訳されているのとはチガイ、またコーランが訳すことを禁じているのともチガイ、そも、パーリ語(最古の仏教文献は、釈迦の故郷であるマガダ地方の東部方言からパーリ語へ翻訳されたと推定されている。後に、観念的な議論を特徴とする大乗仏教が盛んになると専門性の低いとされたパーリ語は廃れ、教典の言語はサンスクリットに取って代わられることになる)原典は、仏教が中国に渡ったときに漢語に訳されるのだが、ここで、とんでもナイことが起こる。
たとえば、有名な「変成男子(へんじょうなんし)」は、女性は女性のままでは成仏(いくら修行しても仏にはなれない)てのがあるが、中国の経典の漢訳事業は2世紀後半から始まり、11世紀末までほぼ間断なく継続されたのだが、そこにおいては、簡単にいうと、
「龍の女の子が修行して、悟りを開くほんの数秒前の刹那、オチンチンが生えてきて、そしてすぐにオチンチンは引っ込んで、悟りを開く」というワケのワカランことが記されている。
なんでそんな面倒くさい工程を踏む必要があるかというと、中国の思想や 儒教に基づく男尊女卑を混ぜこぜにしてしまったからだ。この辺りはけっこう考慮に値するところだ。何故なら、日本の仏教の初めは、この中国仏教のお持ち帰りだからだ。
次に、では、「修行」というのは、何のためにするのかということも疑問符の中に入れることにする。このさい、その方法については必要以上問わない。演劇の身体訓練も各流派によってさまざまだからだ。
釈迦は仏陀となるのに、六十功年余の修行をしてからこの世に生まれたということになっている。もちろん、そんなことを釈迦自身が語ったことはナイ。一功年という単位は現在時間では計りようがナイ。これも中国の考え(寓話、例え話に近い)になるが一功年とは、一里四方(中国の一里は五百m・・現在、かつては百mだった)の方形の石があり、そこに天女が百年に一度舞い降りて来て、羽衣で石を撫でる。そうして、その石が擦り切れて無くなるまでの時間をいう。
そんな時間、いったい何処でどんな修行をしていたのかは、浅学の私には与り知らぬことだ。ただ、六十余功年といえども、これを光速と同等の速度で行なったのなら、時間としては0ということになる(光は時間を持たない。秒速30万㎞・・地球七周り半・・というのは、静止している者が観測した場合のことで、光そのものの時速をいうのではナイ)。仏教において、釈迦牟尼仏の次に現われる未来仏、弥勒菩薩は仏陀の次仏なることが約束された菩薩(修行者)だが、ゴータマ・シッダールタ(釈迦牟尼・釈迦・仏陀)の入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされているが、ほんならいま、何してはんのかというと、それまでは兜率天(とそつてん、そういう場所があるとされている)で修行(あるいは説法・・・誰にかは私は知らん)しているといわれる。
とはいえ、56億7千万年後となると、もう太陽系は消滅している。これは、どう算術されたのかとうと、弥勒の兜卒天での寿命が4000年、兜卒天の1日は地上の400年に匹敵するという説(あくまで説だから、何処の誰がいったのかは不明)から、下生(げしょう。神仏がこの世に現れること。いわゆる降臨ですわ)までに4000×400×12×30=5億7600万年かかるという計算に由来する。これが、後代になってどういうワケか5億7600万年が56億7000万年に入れ替わったらしい。この辺りの経緯も無学の私は与り知らぬ。(というか、そういうことには興味はナイ)
要するに「遠い遠い未来」と思っておけばイイのだろう。では、何故、弥勒菩薩による救済がそんなに遠いのか、どうして「今でしょっ」ではナイのか、それは、弥勒菩薩の都合と事情としかいい得ない。(だって、イエス・キリストにしても、「私はすぐに来る」と聖書の中でいうてんのやからな)。どうも私たちニンゲン(衆生)とは時間感覚が(というか時間概念が)チガウので、なんともいえない。
ところで、菩薩というのは未だ修行者だという呼称だが、遠い未来の下生の姿を先取りして弥勒如来、弥勒仏と呼ばれることもある。浄土宗系の『無量寿経』(『観無量寿経』ともいう。日本の浄土教の根本聖典の一つで、法然により『仏説無量寿経』(康僧鎧訳)、『仏説阿弥陀経』(鳩摩羅什訳)とともに「浄土三部経」と称されている)には、阿弥陀仏の本願を後世の苦悩の衆生に説き聞かせるようにと、釈迦牟尼仏から弥勒菩薩に付属(仏教語でいう、師が弟子に教えを授け、さらに後世に伝えるよう託すること)されている。この辺りについては、後述出来ると思う(思ってるだけだから、もちろんアテにしなくてイイ)。
この弥勒菩薩、仏典に登場するのはかなり早く、すでに『阿含経』(原始仏教の経典群に入る)に記述がみえる。この経典には、釈迦の言葉と呼ばれているものの中で、かの有名な「毒矢の例え」や、臨終(涅槃)のコトバ「自灯明・法灯明」などが収められている。これも後述出来る予定だ(あくまで予定だからネ)。
ただし、漢訳『阿含経』は一般に意訳も多く、明らかに原語にない言葉が挿入されている場合もあるらしい。このため、漢訳『阿含経』の信頼性はより低いものという説もある。この辺が、中国で訳されたことを考慮すべしと述べた所以だが、パーリ語文献が絶対とも言えない、という説もあるんだから、私たち衆生としては、右往左往するよりも、オカシイな、ヘンだなと、疑問を持ったところを追求していけば、それでイイと考える。(長くなったが、つづく)

2015年3月 8日 (日)

釈迦の思想について①

仏教(つまり、仏の教え)というのではなく、釈迦、そのひとの思想を考えてみる。
のっけからだが、結論めいた命題をひとつ。
「釈迦は観念(の動き)を合理的に捉えている。観念と世界(世界観)、物、との一致。釈迦の思想はここに尽きる。従って、そうでない経典(経)は偽物(偽経、儀典)とカテゴライズしてイイ」
キリスト教には、聖書(Bible,The book)しか教典(聖典)はナイが、仏教には、教典(いわゆるお経ヨ)が、ものすご~く多い。「経」とは梵語の[スートラ]の漢訳で、元来は「糸」を示す。どうして「糸」なのかというと、「糸のように簡潔明瞭、必要最低限のコトバ」が、本来の意味するところだからだ。つまり、ほんとうはワカリヤスイはずなのだ。
ここで、おおまかな分類を素人ながらしておくと、
○律蔵-僧伽(僧団)規則・道徳・生活様相などをまとめたもの
○経蔵-釈迦の説いたとされる教えをまとめたもの
○論蔵-上記の注釈、解釈などを集めたもの
という「三蔵」からなる。(『西遊記』の三蔵法師の名はこからきている)。それらは殆ど、「我は、釈迦から、こう聞いた」(これが如是我聞で、太宰治が最晩年に書いたあれのタイトルはここからとられている)つまり「経」は「釈迦の口説」なのだ。釈迦自身が書き残したものではナイ。(これは当時の筆記具の事情に因る)。
もっとも、『9マイルは遠すぎる』や『○曜日ラビは・・・』シリーズで有名なミステリ作家、ハリィー・ケメルマン(このひとはユダヤ教です)は、キリスト教の聖書は、イエスの辻説法の寄せ集めだから、福音書に矛盾が多いのはそのためだ、てなことをいいつつキリスト教(聖書)批判をしているのだが、辻説法の聞き書きに如是我聞、まあ、似たようなもんですワ。
仏典は、大きく原始仏典と大乗仏典にわかれる。
原始仏典にはパーリ五部および漢訳の阿含経典群があり、その一部は釈尊の言葉を比較的忠実に伝えているといわれる。(代表的な経典としては、般若経、維摩経、涅槃経、華厳経、法華三部経、浄土三部経、金剛頂経など)。大乗仏典は西暦紀元前後以降、大乗仏教教団によってサンスクリット語で編纂されたもので、歴史上の釈尊の説ではないとする説もあり、これを抽象化された非人間的存在としてのブッダの説、すなわち仏説であるとしている。般若経典群、法華経、華厳経その他がこれに含まれる。(『ウィキペディア』は便利だな。何度も書きますが、私、ちゃんと、財団には毎月、銭を支払っている)。
確かに、べつに彼の檀家集団を批判するつもりはナイが、法華経なんかは、大パノラマだもんなあ。
日本においては、浄土真宗の開祖、親鸞著作の『教行信証』、語録の『歎異抄』のほうがお経より有名で、曹洞宗の道元の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』なんかは、ちと難しい。(原書ではとても読めないので、訳書で読んだ限りですけど)。難しいといえば、禅宗(臨済宗)の『無門関』も、それなりに面倒な書だ(オモシロイんだけどネ。悟りに小悟と大悟があったりして、なんでや、と思うねん)。
ついでだから、お経には、どんなことが書いてあるのか、有名なものだけだが、覗いてみよう。(つづく)

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