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2015年1月12日 (月)

襤褸の叛旗

ひとは老いると、ある程度ゆるやかな、癒される日常がおくれるのではないかと思っていたが、これはまったくの錯誤だったことを、老いていま、私自身が身をもって識ることになった。
老いることは、この人生の地獄の、一つ下の下層に落とされることだ。(仏教の地獄は八層になっている)。とはいえ、人生というのはシーシュポスの刑罰だと、高校生の頃から「カッコヨク」覚悟していたので、特に、それならそれで、イイ。生きて、死んでみせればヨシ。で、いいのだが、なるほど、さすが刑罰だけのことはあって、左膝の半月板断裂は三年以上前の古傷だが、ここにきて、座骨神経痛の発症の影響で、ぶり返してしまった。こういう場合はテーピングも効果的だが、簡単なのは、「動かないでおく」のではなく、「動いても痛くないように動く」なのだそうだ。動こうとは思うが、宿痾の鬱病を去年から引きずっているので、なかなか気力がいる。最近は、両腕(特に左手)の痺れ、だるさと、指関節の痛みとあいまって、半身半分不随てなふうになっている。
以上の状況より深刻なのが、眼精疲労というもので、眼科医は「老化だから」と諦念を促すのだが、こちとら読み書きが仕事だから、仕事が出来ないのが辛い。休み休みやっているのだが、次第にモニターも、キイボードも読みにくくなってきて、焦燥感だけが増加する。映画もなるたけDVDで間に合わせているが、100分が限度で、字幕が読めなくなってくる。目薬の減り方だけがすさまじい。困ったのは、これが舞台を観ているときも同様にあって、小劇場でも、1時間をこえたあたりで、役者の顔がピンボケになってくる。
一晩ねむっても視力がもどらないのだが、ともかく抵抗的に昼寝をして、目を休ませてはいる。
ピンボケになるくらいならまだマシなのだが、ここに目眩が加わる。コメカミからの鈍痛で、歩いているとややふらつく。つまり、足と眼の壊れ具合で、バランスを崩すことがある。これが、「動いたほうがイイ」を阻害している。
ただ、精神というか、感受性というは、十代の頃と変わっていない。(性的な好奇心はかなり減衰はしているが)、まだ、好奇心は損なわれていないようだ。
雪が観たいと思う。『寿歌』を書いたときも、そう思ったのを記憶している。初夏だったと思う。
劇団員が稽古後、終電の時間まで切り続けた数万枚の紙の雪。あの雪は生涯、世界で観た最も美しい雪だったと自負している。
今朝は自殺念慮が強いので、「雪の中で死にたい」などと妄想したりしたが、『シン・シティ』でも観に行くことにする。
ともかく、動く。動けるうちは動く。自ら鞭打っても、動く。動くことにはナンの意味もナイが、動くことによって起こる「作用」には意味があるのだ。
カラダ動け、ココロ動かせ。

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